SPORTS-INNOVATION_岡田監督

スポーツ・イノベーション特別編

岡田武史氏と考えるスポーツ・イノベーション(前編)

2014/12/12
今年11月、元日本代表監督の岡田武史氏がFC今治のオーナーに就任した。FC今治は四国リーグ(5部相当)にすぎないため、岡田氏の挑戦は大きな驚きとともに報じられた。だが、小さいクラブだからこそ、古い常識に捉われず改革をできる。岡田氏はSAP社のスポーツにおける取り組みを知ると、すぐにその先進性を見抜き、SAP社のChief Innovation Officer 馬場渉を訪問。今回は岡田氏の好意によって、NewsPicksにおける特別対談が実現。その前編をお届けする。
12月11日に岡田武史氏(右)がSAP社を訪問。岡田氏の好意により、馬場渉氏(左)との特別対談が実現した(写真:福田俊介)

12月11日に岡田武史氏(右)がSAP社を訪問。岡田氏の好意により、馬場渉氏(左)との特別対談が実現した(写真:福田俊介)

岡田「自分が知っているデータ分析とはレベルが違った」

――まずは2人が出会った経緯を教えてください。

岡田:僕は『デロイト トーマツ コンサルティング』の特任上級顧問をしているんですが、SAPさんとデロイトは一緒に仕事をしてるんだよね。そういう縁もあって、偶然SAPさんの福田(譲)社長がデロイトの社長に「ドイツ代表がブラジルW杯のときに、こんな分析システムを使っていたんですよ」というメールを出して、僕のところにも回ってきた。

それで「おもしろいね」と言ったら、デロイトの社長が福田社長と馬場さんに会う機会をセッティングしてくれた。すると馬場さんの説明が、本当におもしろくてね。

馬場:そのときは時間があまりなかったので、NewsPicksの連載をプリントアウトしたものを渡させていただきました。

岡田:で、記事を読んだらさらに興味が湧いて(笑)。僕は今年11月にFC今治のオーナーになって、これから新しいことをしようとしているところ。何か一緒にできないかと思って、今回SAPさんにお邪魔させていただきました。

SAP社が開発したサッカー分析システム『マッチ・インサイト』。ブラジルW杯では、優勝国のドイツが使用していた(写真:馬場氏提供)

SAP社が開発したサッカー分析システム『マッチ・インサイト』。ブラジルW杯では、優勝国のドイツが使用していた(写真:馬場氏提供)

――今回はどんなミーティングだったんですか?

岡田:今、SAPさんが持っているノウハウを教えてもらいました。こういうことをできますよというのを、すべてデモンストレーションしてもらって。FC今治でどういうことをできるかな、というのをディスカッションさせてもらったという感じです。

馬場:これは僕の不甲斐なさもあるんですけど、普段仕事をしていると、世界で起こっているイノベーションが、まだまだ日本に伝わっていないと感じることが多い。

だからこそ、岡田さんのようにアンテナを張ってくださる方、世の中を変えようとするリーダーを支えたいという思いがあります。今日はドイツ代表の分析システムやホッヘンハイムの育成、49ersのソフトウェア主導型スタジアムなどを含めて、ここまで進んだ取り組みがあるということをお話させていただきました。

岡田武史(おかだ・たけし)58歳。1998年W杯予選中に日本代表のコーチから監督に昇格して、日本を初めてW杯に導いた。2007年に再び日本代表監督に就任し、2010年W杯ではベスト16に進出。今年11月、FC今治のオーナーに就任した(写真:福田俊介)

岡田武史、58歳。1998年W杯予選中に日本代表のコーチから監督に昇格して、日本を初めてW杯に導いた。2007年に再び日本代表監督に就任し、2010年W杯ではベスト16に進出。今年11月、FC今治のオーナーに就任した。(写真:福田俊介)

――馬場さんの話を聞いてどうでしたか?

岡田:正直、驚いたね。僕も監督時代にデータ収集にかなり力を入れていたけれど、ちょっとレベルが違う話だった。僕はデータというのはあくまで数字の羅列であって、新しいものは生まれてこないと思っていた。データというのは選手に説明するときに、プレゼンのミーティングの資料としてものすごく役に立つ。でも、試合後に「こっちのエリアからやられていた」ということを、データで気づくようでは監督をやってられない(笑)。

だけど、今回聞いたのはそういうレベルのデータじゃなかった。いろんなデータから、いろんな結論が出てくるという感じ。これがどういう感じで活用できるんだろうというのが、頭の中でいろんなアイデアが浮かんだけどまだ整理できない。それくらいショックを受けましたね。

――岡田さんは2010年W杯に向けて、大手分析会社の『アミスコ』というシステムを使われていましたよね。それとも全然違ったんでしょうか?

岡田:アミスコなんか、因果関係がわかるじゃん。走行距離を知りたいと言ったら、全員の走行距離が出てくる。でもおそらくSAPさんのデータだと、少年時代の走行距離がシステムに全部入っていて、「今後この選手がどうなっていく」とか、「こういう練習をしたときに週末にどういうコンディションになる」とか、そういう新しい知見を引き出せる可能性がある。今までデータから新しい発想は生まれてこないと思っていたし、状況を説明する資料だと思っていたんだけど、これは新しいものが生まれるという感覚があります。

――FC今治では育成段階からSAPの分析システムを使う計画があるんですか?

岡田:その方がいいけど、そんなすぐに導入できないだろうから。先立つものが必要なんでね。NewsPicksが資金を出してくれる?(笑)。まあそれは冗談として、どうですか馬場さん、僕が言っていることは合っている?

馬場:はい。そう言っていただくと、嬉しさをしみじみ感じるというか。プロフェッショナルな方に追認されて、こちらも勇気づけられます。日本ではスポーツにおいても、ビジネスにおいても、なかなかリーダーが常識に捉われずに判断するのは難しい。

たとえばドイツ代表が利用した分析システムについても、「ドイツ代表だからできたんだ」という反応が少なからずありますから。けれど岡田監督は、すぐに「これはいい。どうやったら自分たちもそうなれるのか?」と認めてくれた。そういう方はそんなにいらっしゃらない。

馬場渉(ばば・わたる)37歳。SAP社のChief Innovation Officer。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場氏に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到中(写真:福田俊介)

馬場渉、37歳。SAP社のChief Innovation Officer。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場氏に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到中(写真:福田俊介)

岡田「今までと同じじゃ意味がない」

岡田:今回、僕がFC今治でやろうとしているプロジェクトは、今までと同じじゃ意味がないと思っているんですよ。サッカーの育成のシステムにしても、クラブのビジネスプランにしても、今までと違うものを提示したいと思っている。僕はJリーグも、日本のサッカーも、危機感を持つべきと考えている。

だからこそ、今までと違うものに対して、とにかく聞いてみたい、見てみたいという欲求がすごく湧いてくるんです。自分の中にも今までと違うアイデアがあるけど、このプロジェクトは僕ひとりではできないというのがわかっているんでね。胸を開いていろんな意見を受け入れて、なかには足を引っ張る人が出るかもしれないけれど、何かしらのプラスには絶対になると思っている。リスクを恐れずに、いろんなものを吸収したいというのが僕のスタンスです。

馬場:すごい覚悟ですね、本当に。先日、岡田さんにお会いしていただいた弊社社長の福田がいますよね。僕は福田と15年くらいの付き合いで、2人とも大学卒業後にこの会社に入ってずっとやってきた。約2年前、当時の社長から20年後の会社のビジョンを作れと言われたんです。そのときに我々の顧客は誰なんだっていうのをとことん考えました。

その結論は「顧客は変わろうとするすべての人」。社会をより良くするために変わろうとする、すべての人が顧客なんだと。言い換えると、現状維持と考える人ではなく、変わるために貪欲な人を支援しようということです。「これだ!」と2人で盛り上がって決めました(笑)。だから岡田さんから「今までと同じじゃ意味がない」と言われると、本当にやりがいを感じますね。

岡田:不確実な時代にこそ、イノベーションを起こさないと。今まではひとつのものを粛々と作っていれば、ある程度、会社は規模を保てたかもしれない。けど、もう持たなくなる。そうなったときに、いかに変化に対してリスクを取る勇気があるかどうか。

この前テレビを見たときに知ったんですが、ふるさと納税ってあるじゃないですか。ある市はふるさと納税の特典を、納税額の1割程度に節約したところ、まったく集まらなかった。一方、隣の市は5割に設定したら、約3億円も集まった。そうすると特典の商品を作る地元の企業も活性化して、いろいろな相乗効果が期待できる。変化に対するリスクを取らないと、これからはやっていけない時代なんじゃないかな。

撮影の合間に、紙版のNewsPicksを読みながら談笑(写真:福田俊介)

撮影の合間に、紙版のNewsPicksを読みながら談笑(写真:福田俊介)

馬場「アナリストの地位を向上させたい」

――12月21日(日)にスポーツのデータアナリストが集まるイベントが開催されます。SAP社が協賛していて、馬場さんも登壇される予定ですね。

馬場:アナリストは、今、欧米ではすごく注目されている職種です。日本にもナショナルチームを変えたいという熱いアナリストがたくさんいて、今回初めてイベントをやることになりました。僕も日本におけるアナリストの地位を上げる必要があると考えて、サポートすることになりました。

岡田:今日の話を聞いて感じたのは、この膨大なデータと、現場をつなぐプロフェッショナルのアナリストが必要ということ。昔からつきあいのある分析担当者がFC今治ではなく他のチームに行くんだけど、引き留めようかなと思ったくらい。あいつがいてくれないと、僕はこれをうまく使えないんじゃないかという気がした。

データをこういうふうに使えますよと提案してくれる人が必要。サッカーを知っていて、データも知っていて、進言してくれる人です。「どんなデータがほしいか言ってください」と要求されても、それがきっちり答えられたら苦労しない。こちらの考えを察して、「こういうのができますよ」と進言してくれるプロが必要だなと。ドイツ代表はクリストファー(クレメンス)がやっているの?

馬場:そうです。

岡田:クリストファーならできるよな。そういう人材がいないと難しい。

馬場:競技の枠を越えて、アナリストという職種が認知されないと、人材が入ってこない。監督や組織のリーダーが「おまえみたいな人材を求めているんだ」という文化にならない限り、優秀な人材が「よしアナリストになろう」とならない。アメリカだと給料も高くて、年俸が1億円を超える人もいるくらいですから。

(撮影:福田俊介、対談進行:木崎伸也)

*後編は12月19日(金)に掲載する予定です。

<編集部よりイベントのお知らせ>

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2014年12月21日に『SAJ2014 -スポーツアナリティクスジャパン2014-』と題し、日本初となるスポーツアナリストを集めたカンファレンスが開催されます。本連載の著者の馬場渉氏も登壇する予定です。詳しくはこちらのアドレス(http://jsaa.org/saj2014/)を参照ください。