テレビイノベーション

大阪から始まるテレビイノベーション(下)

朝日放送の実験が示した「テレビの未来の可能性」

2014/12/11
前編:朝日放送が仕掛ける、ハイブリットキャストの大冒険
中編:朝日放送のハイブリットキャスト実験、結果はいかに

CMでの新しい可能性

朝日放送はCM部分でもハイブリッドキャストを使って、視聴者とのインタラクティブ性を実現した。

今回の実験では、CMでもユーザーのコメントを載せられるようにした。これはハイブリッドキャストでは技術的にはそう難しくない。とはいっても、メーカーや機種によって、スーパーが表示される遅延時間が異なるほか、コメントの流れ方も機種によってはギクシャクするなどの差が出る。

表示の遅延によって、本編部分のコメントがCM部分にズレ込んだり、CMへ付けたコメントが本編に流れ込んだりしたら、大問題になる。下手をすれば放送事故扱いだ。これを解消するのに相当な苦労があったようだ。

またCMの最後に「NECのこのCMに好感はもてましたか?」という質問が表示され、アプリを使えば、「はい」、「いいえ」と答えられる。これまでのCMは、放送しっぱなしの一方通行、CMの広告効果は視聴率という非常に大雑把なデータでしか評価できなかった。

だがハイブリッドキャストを使えば、はるかに多くの種類のデータが取れるようになる。これは巨額な広告費をテレビに投入している広告主にとっても、非常に役に立つはずだ。

さらにCM画面に、インターネット経由で送り込んだデータによる横ロールスーパー方式の情報を載せた。今回はわずか1行のコメントをCM上に流しただけだったが、やろうと思えば、1行でなくもっと大きな全画面の表示も可能だろう。

まだこれはロールスーパーと静止画だけらしいが、いずれ動画でもできるようになるはずだ。ということは、放送波に乗せて送るCMに、通信で送った別のCM動画をかぶせて表示できる、つまりCMを入れ替えられるようになるのではないだろうか。

すると色々な可能性が広がる。全国ネットの番組のCMを、ローカルのCMに差替えられる。例えば、カップラーメンのCMを流す際に、放送エリアに応じて、ご当地仕様のカップラーメンのCMに差替えられる。

さらに視聴ユーザーの属性データがわかれば、化粧品のCMでも男女別に異なるCMを届けられる。視聴ユーザーの年齢によって異なる化粧品のCMを見せることができる。男性に生理用品のCMを見せても何の効果もないし、女性に髭剃りのCMを見せても商品は売れない。この無駄がなくなるのだ。

つまりネットでは当たり前になっているターゲティング広告が、テレビでも可能になる。この元となる技術が今回の実証実験番組でトライアルされたことの意義は、非常に大きい。

録画視聴時にCM内容を差替えできる

今回はこの横ロールスーパーで、NECが関わるあるイベントについての情報を載せていたのだが、そのコメントは、録画視聴時の日付によって変更できるようになっている。

例えば、放送時には、「イベントまであと10日!」と表記していても、翌日に録画視聴した際には「イベントまであと9日!」と変更できるのだ。もしイベント前日に録画視聴したとすると、この表記を「イベントは、いよいよ明日!!!」と表示することができる。

まだ表示方式はロールスーパーと静止画でしかできないらしいが、いずれ動画でもできるようになるだろう。すると録画視聴時にも、録画してあるCMを最新のものに差し替えることができてしまう。また視聴ユーザーの属性に応じた、ターゲティング広告もできるようになってしまう。

この意味は、現在、録画視聴から全くマーケティングができていないテレビ局にとっては決定的に重要といえる。テレビCMにこれまでにない、全く新しい価値が付加されるのだ。

今、テレビ広告のスポンサーは、録画視聴でCMを見られることに価値を認めていないという。「古い時点でのCMでは価値がない。そのタイミングで打ちたいCMは、今、見せたいものと違うからだ。それにCMは飛ばされてしまう。」というのが理由の一つのようだ。

しかしハイブリッドキャストを利用すれば、録画視聴時に、CMを最新のものに差替えることが可能になり、CMの鮮度を保つことができる。しかも個々の視聴ユーザーに適したCMを流せるので、CM飛ばしをされる率は下がるはずだ。

そうすると、録画視聴でのCMにも広告主は価値を認めてくれるようになり、広告費を出してくれるのではないか。それでも録画視聴のCMにはお金を払わないという広告主のCMは、お金を払ってくれる別の広告主のCMに差替えてしまえばいい。

などと、乱暴に言ってはみたものの、このようなスポンサーに喧嘩を売るようなことはそうそうできないだろう。だが、既に今、行われているテレビ局のCM付き見逃し視聴サービスでは、広告主は放送でのスポンサーとは関係がないようだ。それならば録画視聴での新広告も、最初から放送時とは別売りという形式でスタートするのも一つの手だ。

またこうした録画内容を再生時に差し替える機能は、CMだけでなく本編でも使える。例えば、ユーザーのコメントを表示させるニコ動方式で録画した番組で、録画視聴時の追加コメントが盛り上がっていれば、番組側からの感謝のコメントや、番組のイベントをやることになりました!などの宣伝を付け加えてもいい。これは、今でもできるはずだ。

同じことが動画でも可能になれば、いろいろな遊びができるようになる。さらに、あまりいい例ではないが、放送後に不祥事を起こした出演者に、モザイクをかけて隠すこともできる。

テレビイノベーションは大阪から?

今、ハイブリッドキャストでは、「放送画面に様々な追加情報をオーバーレイ表示で見せる」「スマホなどのセカンドスクリーンを連動させて視聴ユーザーが画面に働きかける」といったインタラクティブ系サービスが、実験的に行われている。しかし現実として、積極的にスマホと番組の連動楽しむアーリーアダプター的な視聴者より、テレビはただ見るだけという視聴者の方が、まだまだはるかに多いだろう。

ハイブリッドキャスト対応テレビは現時点では出荷が約120万台、ネットにつなげられたものが33万台あまりだが、広く普及した暁には、CMの差替えやターゲティング、録画視聴時の番組本編の変更など、視聴者側は見ているだけで何ら面倒な操作が必要のないものが、先に実現されるのではないだろうか。

最後に断っておくが、ハイブリッドキャストによるCMや本編の差し替えや、録画視聴時の変更などは、あくまで私が妄想的に考えたことだ。今の段階で、朝日放送がこんな過激ことを考えていることはないだろう。

特に広告部分の関して新たな方式を実際に行うためには、地道で慎重な水面下での地ならしの努力が欠かせない。時間も手間も非常にかかる。本格化するのはまだまだ先のことだろう。

しかし今回の朝日放送の実験番組が、こうしたテレビの未来の可能性を、現実的な方向にぐっと引き寄せたのは事実だ。

朝日放送という大阪の準キー局が、このような先進的な試みに挑戦したのは、とても高く評価できるし、心から感心する。

テレビイノベーションは、案外、大阪から起きるのかもしれない。

※本連載は、毎週月曜日に掲載する予定です(変則的に、月曜日・木曜日の週2回掲載する週もあります)