プロ経営者という働き方

「全員賛成」のアイデアは「すでに時遅し」だ

9割反対でも私が「GO」サインを出した理由

2014/12/10
業界内でも先行して、映像配信サービスを世に出したNTTぷらら。社長の板東浩二氏は、座右の銘である『変幻自在』を旗印に、業績が伸びていた2001年ごろからすでに、次世代のサービスを開始すべく、様々な可能性を探っていた。ならば彼は、今後に期待できる事業を、どのような手段で見定めていたのか。
第8回:「ひかりTV」成功を導いた内部抜擢型プロ経営者
第9回:NTTぷららも「会社を清算せよ」と言われた
第10回:経営者に必要な「失敗してボロカス言われる覚悟」

先を読む力はインプット力で鍛えられる

興味深い話がある。『ひかりTV』を開始した当初、板東氏は「周囲から必ずしも賛同されたわけではなかった」と話す。

「よく『失敗する』とか『まだ、今は時期じゃない』などと言われていた。しかしビジネスは『いかに今後伸びる分野に先回りして、ネタを仕込んでおくか』が重要。逆に周囲の全員から賛同してもらえる時は『すでに時遅し』だと思いますね」

実は経営者の取材をしていると、同じ内容の言葉をよく聞く。例えばキングジムの宮本彰社長は、商品開発会議で9割が「いらない」と言っても、残り1割が強烈に「ほしい」と反応すれば、その商品は「GO」だと言った。

その良い例が、ヒット商品となった『ポメラ』だ。この商品、キーボードにモノクロの液晶画面がついていて、書いた内容を保存できる、ただそれだけのものだ。だが、安く、コンパクトで軽く、しかも、単4電池2本で約20時間も動く。文書を作成するツールとしては、非常に優れている。

だから「ノートパソコンを買うほどではないが、会議中や移動中にキーボードで文書を作りたい」と考える人がこぞって買った。これが「メールもできるし、写真も見られます」であれば、価格が高くなり、ノートパソコンと差をつけることができない。

次世代の商品を創ろうとしたならば、周囲の反発はむしろ「当然」なのだ。『ひかりTV』も同じだった。では、様々ある可能性の中から、板東氏はいかに、有望株を見出すのか。彼が穏やかに笑いながら、すごいことを言う。

「世の中、ある程度、先を読むことはできると思う。例えば、どのような分野でも先端を行っている人は必ずいます。そして、将来起こることは、今、一部の先端を行っている人の間では、すでに起こっていることが多い。それは、世の中で『面白い』と言われている人の講演を聴きに行ったり、実際に会って話を聞けば、次第につかめてくる。また、手っ取り早いのは海外の新サービスに目を光らせておくこと。実際に体験して『いいな』と思ったものは、数年後にはちゃんと日本に来ます。(普段、自分が体験している)インプットがいいと、アウトプットもよりよくなる」

板東氏が『ひかりTV』の立ち上げを行っていた時期は、ブロードバンドが普及し、一部の人は映像を楽しみ始めていたタイミングでもあった。彼は、この天の配剤を逃さず、マーケットを自分の手で作る、と決めたのだ。
 NTP_119

将来的には、『映像コンテンツの会社』に?

現在『ひかりTV』は 例えば4K映像の配信や『ひかりTV』でしか見られないドラマやドキュメンタリーなどの自主制作番組の配信、さらにはクラウドゲームや音楽配信など、様々な新機軸を打ち出している。

これらはいずれも、板東氏が肝いりで始めたものだ。

「『次の時代を読むこと』は私のライフワーク。例えば、『ひかりTV』では『下町ボブスレーネットワークプロジェクト』に関する映像制作をしている。大田区の町工場の方たちが、冬季五輪での採用を目指し、ボブスレー日本チームのためにソリを制作するプロジェクトですが、国内での注目度が非常に高く、大きな反響があった。ボブスレーはスピードが速く、しかも引きの絵(会場全体を映すため遠くから撮影した映像)が必要になるため、4K映像との相性が良い」

当時『下町ボブスレーネットワークプロジェクト』の委員長と、たまたま会う機会があり「これは」と即決したのだという。板東氏は「今、NTTぷららといえば『映像配信サービスの会社』といわれますが、将来的には『映像コンテンツの制作会社』になっているかもしれません」といたずらっぽく笑ってみせる。

また、実際にNTTぷららは、この「変幻自在」を実現するため、他に頼らない自立した体制作りにも注力してきた。例えば映像配信システムは、NTTグループ内の他の映像配信サービスと統合した2008年に、100億円以上もの費用をかけ、自前のものを築いた。当時、同社の売り上げは300億円程度だったから大きな賭けだった。

また、他社から「ウチでシステムを作らせてもらえないか」というオファーをいくつかもらっていたが、板東氏はこれを断り続け、自前主義を貫いた。その理由は、当時の技術開発部門の責任者から聞いた。

「新規性が高い事業だっただけに、極力、作業を自社内で完結させてノウハウを蓄積したかった。例えば、膨大なビデオ作品から、ユーザー自らが見たい作品を簡単に選べるようにするため、いかにユーザビリティ(使い勝手)を良くするか、などです。ユーザビリティは細かな進化の積み重ねによってもたらされるので、短期間で開発し、実際に使ってみては改良、改良の繰り返しです。もし他社に頼んで『仕様書を作成し、見積をいただいて、発注し…』などとやっていたら、いちいち費用と時間がかかって、ここまでうまくいかなかったに違いない」

要するに板東氏は、売り上げを拡大するため、以下の順番で企業を変えてきたのだった。

・まず、イニシアティブを握り、リストラを敢行。黒字体質を築いた。

・黒字化に成功すると、NTTグループ内での信頼感が醸成された。これにより、さらなる新規事業の試行錯誤がしやすくなった。

・いち早く、光回線経由の映像配信事業を開始。

・自前のシステムを築き、4Kやクラウドゲーム、音楽配信などの新サービスを、試行錯誤を繰り返しつつ導入できるようにした。

その結果が、現在のNTTぷららの快進撃につながった。『ひかりTV』は、2008年にサービスを開始し、2015年には早くも会員数300万人を達成しようとしている。

NTT東日本・NTT西日本が提供する「フレッツ光」利用者の6人に1人が『ひかりTV』に加入している計算だ。彼は、NTTグループ内でいわば“お荷物”扱いされていた企業を、同グループの有望株筆頭へと押し上げたのだ。

しかし、最後に一つ疑問が残る。彼はなぜ、経験豊富なコンサルタントでも難しい「新事業領域の開発」「トップラインの拡大」ができたのか。

「それは、私がNTT社内で『本流』と言われる人間ではなかったからかもしれません」

板東氏は30歳の頃、熊本の支社でISDNの普及を任されていた。

「地方支社なので、自分の判断だけで物事を進めることが難しい環境だった。そんな環境で比較的時間に余裕があって(笑)、この時期、本を読み漁った。1年に100冊以上、歴史や企業経営に関する本を読み、それを(44歳でNTTぷららの社長へ就任するまで)14年は続けたから、1400冊以上は読んでいる計算になる。ここで、企業の経営者がいかにして成功したのか、ある程度、学べた。だから『自分が泥をかぶる覚悟がないと経営がうまくいくわけがない』とも理解していた」

NTTグループ幹部は、そんな板東氏に、新規事業開発のサポートなどを任せた。そこで実績を残すと、NTTぷららが経営危機に陥った際、板東氏に社長を任せようと、白羽の矢が立ったのだった。

板東氏登用の成功は、「巨大組織」が新規事業を立ち上げる際の人選や経営人材の育成の先行事例として、参考になるのではないだろうか。

※本連載は毎週水曜日に掲載します。