2022/7/29

「DX推進室」を作っても、DXが進まない理由

NewsPicks Brand Design editor
 さまざまな経済活動がストップし、消費の仕方や働き方など、人々の行動や思考回路を大きく変えたコロナ禍。そんなコロナ禍を生き抜き、成長を続ける企業の条件とは何か。

 6月に開催されたオンラインイベント「“体験”をデザインせよ。成長企業から学ぶ、アフターコロナのDX戦略」より、2つのセッションをレポートする。

DXが “失敗する”理由5選

 まずお話しさせていただきたいのは、「DXとデジタル化は違う」ということ。
 デジタル化は、帳簿の管理を紙からエクセルに変えるといった表面的な変化にすぎず、企業の抜本的な成長にはつながらない。
 一方でDXは、既存のビジネスをデジタルの力で抜本的に“変革する”ことを指すのです。
 私は、セブン&アイ・ホールディングスCIOとしてオムニチャネル戦略をリードしたのち、現在は企業のDXを支援するデジタルシフトウェーブを経営していますが、暗礁に乗り上げたDXの事例の数々を目の当たりにしてきました。
 今日は、その“DXが失敗する5つのケース”を軸にして、その理由と成功に向けたステップをお話ししていきたいと思います。
 1つ目のケースは、経営者の勘違い。経営者自身がDXをデジタル化と勘違いして、戦略も不明確なまま既存の枠組みの中で取り組むだけなので、いくらITツールを導入しても何も変わらないパターンです。
 2つ目は、社内の人材だけで専任部門を設置するケース。「DX推進室」のように、社内に組織を新設する企業、よくありますよね。
 しかし、社内の人間だけでは、結局既存ビジネスの延長のような案しか出せずに、ビジネスの変革にはつながらないケースが多々あります。
 変革するにあたっては、社内の人材だけでなく、新しい思考回路を持つ外の人材も取り込むことが必要です。
 ケース3は、マーケティング部門の先走り。マーケティング部門は社内でもデジタル関連に詳しい方が多いですから、この方々が張り切ってしまうこともよくあります。
 ただブランディングや販促を先行しても、そこだけでは会社全体は何も変わらないんです。
 4つ目は、情報システム部門が主導して、システム導入だけ進むパターン。
 経営者が「DXは情シスの担当だ」という勘違いで任せた結果、戦略のないままいくつものシステムを導入して、使われないツールが乱立してしまうという事例です。
 そして最近相談が多い5つ目は、外部任せにしてしまうケース。大手のコンサルやSIerに丸投げでDXをやろうとするんです。
 その結果、高い費用が負担になってきたり、社内はしらけムードで定着しなかったりという問題が起きています。

単なる“業務改善”では足りない

 ではどうすれば、DXを成功に導けるのか。私は次の5つのステップを踏めば、DXをしっかりと推進できると考えています。
 まずは経営者が意識を変え決意すること。経営者が変わらなければ、DXは絶対に成功しません。時代の変化を認識し、DXを正しく理解し、リーダーとして率先して周囲を巻き込むことが欠かせません。
 次にデジタル推進体制を構築する。経営者ひとりでは何もできませんから、支えてくれる体制をつくります。
 勘違いしてはいけないのは、この推進体制の役割は「変革を起こすこと」。向かうべき方向や考えを共有・実行することであり、デジタルの導入をする役割ではありません。
 その上でメンバーは、指名ではなく立候補制で。やる気のある人に任せることもポイントです。
 そして3つ目、未来を想像し業務を改革する。ここからようやく具体的な着手のフェーズです。
 デジタル変革は、いまある業務をもとに改善するのではなく、全く別の次元で行う業務改革が前提です。
 社会やマーケットをよく見て、自社のビジネスがどうあるべきかを長期的な視点から想像し、業務を新しい領域へシフトさせる。
 この思考を大前提にしなければ、いくらシステムを導入しても、効果は全く出ないと思います。
 そしてステップ4は、自社でITをコントロールする。ポイントは、クラウド活用です。
 これまでシステムは自社開発がメインでした。しかしそれでは、既存のビジネスの型にシステムを合わせることになり、俊敏な変化に耐えられません。
 その意味で、迅速な変化に対応するための手段としてクラウドを活用し、これからのシステムは「作るもの」から「利用するもの」という発想転換が求められます。
 最後に、変革を定着させる。最も重要な部分です。せっかく変革しても、戻ってしまうケースもあります。
 DXを全て外部に丸投げしたり、経営企画だけが盛り上がって現場がついて行かなかったりする場合です。
 やはり変革を定着させるには、内部の人が主体になって、配慮をしながら全社を巻き込んでいく。ここが重要です。
 本日これだけは覚えてほしいのは、単なるデジタル化にとどまるか、変革を伴うDXに取り組むかで、今後成長するか衰退するかが決まります。ぜひ本日の内容を踏まえて、「X」の部分に注力してもらえたらと思います。
 コロナ禍の影響を大きく受けた小売・飲食、旅館業。そんな苦境を生き抜いたDXの実践を、ゑびや、星野リゾート、トリドールの3社のパネルディスカッションで読み解く。

コロナ禍で売上は9割減

──小売や飲食、旅館業を襲ったコロナ禍ですが、デジタルの観点からどのような施策を行ったのか教えてください。
小田島 ゑびやは、伊勢神宮の参道での飲食店や商業施設の運営と、提供する商品の開発を行っています。実は10年ほど前まではすごくアナログで。会社にあるデータといえば、紙の台帳のみ。POSレジすらありませんでした。
 人手不足も加速する将来、このままでは経営が厳しくなる。そう考えて、コロナの前からデータ経営に取り組み始めました。
 セルフオーダーやセルフレジ、画像解析の技術を使った混雑状況予測や来客予測まで行って販売戦略を立て、売上は10年前と比べて5倍ほどに成長しました。
 そんな中で襲ったコロナ禍。お客さまの数が明確に減る中、具体的にデータを見ていると、高齢のお客さまが減り、若者が増えていたという大きな変化に気づきました。
 そこで、注文データはもちろん、店外の通行量、従業員の勤怠データなどを組み合わせ、若者層向けの商品開発に力を入れたり、SNS発信に力を入れたりと、最速で戦略を切り替え、過去最高の売上を達成することができました。
 さまざまなツールを使って集めたデータをもとに、経営者として次の一手を考えることを徹底できたことが、大きなポイントだったと考えています。
久本 現在全国約60施設の宿泊・日帰り施設の運営をする星野リゾートですが、私が星野リゾートに入社したのは約20年前で、当時は運営施設が2つ、情報システム(情シス)部門は私しかいない状態でした。
 そこから会社自体が拡大する中、きちんとITで会社を牽引できる部署になろうと組織を拡大、現在は55人、5チームから成る組織にまで成長させました。
 その中で特に重視してきたのは、変化に対応できる組織やシステム基盤を作ること。そのため、俊敏な経営判断能力を含め、自前で実行する力をつけることにこだわってきました。
 実際に2020年4月、新型コロナウイルスの影響で全国各地に緊急事態宣言が出された時には、星野リゾートの売上は9割減という深刻な状況でした。
 毎日のように状況が変わる中で、大浴場の3密回避のための混雑可視化をいち早く導入し、GoToキャンペーンへの対応など、さまざまなサービスを矢継ぎ早にリリース。
 その際、クラウドサービスがマッチするところは活用し、それで対応できないところを内製で開発したことで、コロナ禍での生き残りに貢献できました。
 また、星野リゾートの経営側が、ITの施策を理解して一緒に意思決定をしていったことも、功を奏したと考えています。
磯村 丸亀製麺をはじめとする飲食店を運営するトリドールホールディングスは、「食の感動で、この星を満たせ。」というコーポレートスローガンを掲げています。
 その条件の一つとして、世界の飲食企業の売上高ランキングトップ10に入るグローバルフードカンパニーになることを目指しています。
 その実現に向けて、2年ほど前に「DXビジョン2022」を策定しました。
 端的にご説明すると、店舗のスタッフが食の感動体験の探求に集中できるように、バックオフィスの業務プロセスとITシステムを最適化していくというものです。
 私たちのDXの特徴は、ITをアウトソースする戦略です。
 私たちも以前はデータセンターは自社システム、端末は自社資産、ネットワークはVPN 、バックオフィスと、全てのIT設備を社内で賄っていました。
 しかし、エンジニアの獲得の難易度も上がり、さまざまな優れたITサービスが登場している中、SaaSやBPO(※)を組み合わせ、コストを抑えながら迅速な変化に対応できるプラットフォーム構築への抜本的な変革に踏み切ったのです。
※BPOとは、通常の外部委託とは異なり、一連の業務プロセスを一括して専門業者に外部委託すること。
 コロナ禍の飲食業では、非接触の接客や、テイクアウト、デリバリーなどに迅速に対応できたかどうかで、明暗が大きく分かれることになりました。
 そんな中トリドールホールディングスでは、クラウドPOSステーションを構築し、店内注文からデリバリー、テイクアウトのモバイルオーダーなどを一元管理する仕組みを構築し、いち早く多様な注文形態に対応することができました。

IT設備投資ゼロのDX?

──闇雲にツールを導入するだけでは、業務改善にはつながっても抜本的な変革や売上増加にはつながりづらいのではと感じます。どうしたらツールを使いこなせるでしょうか?
小田島 中小企業においては、自分たちの経営を楽にするためのIT戦略と、付加価値を上げるためにデータを活用するIT戦略の、2つの軸で進めることが重要だと思っています。
 デジタルツールを使ってどんなデータを集めるかではなく、そのデータに基づいてどんなアクションを取るかが重要です。さらに、そのアクションが正しかったのか、データを使って再度検証するのです。
 デジタルツールは、アクションの答え合わせをするための“計算機”。それくらいの捉え方でいいのではないでしょうか。
──なるほど。DXを推進するにあたっては、コストの問題や社内理解の難しさなど、壁にぶつかる企業も多くあります。特にトリドールホールディングスほど大規模な企業では、難しかったのではないですか?
磯村 DXの原資をどう確保したのかは、よく聞かれる質問です。結論を申し上げると、「IT設備投資ゼロでやります」と宣言したことがよかったんだと思います。
 トリドールホールディングスのDXは、ハードウェアはDaaS、ソフトウェアはSaaS、オペレーションはBPOという風に、コストが全てサブスク型。
 固定資産を持たなくて済むんですね。これは長期的には、会社にとって大きなコスト減になります。
 その説得力をさらに高めるために、まず財務諸表を分析して、当時のITシステムにどれくらい費用がかかっているのかを計算しました。
 次に、SaaSなどの外部サービスを導入した場合の初期費用とランニングコストがいくらになるのか、100社以上から見積もりをとって計算しました。
 これらを全て携えて、IT設備投資がないと一目瞭然の状態で役員会に提案したので、一切の反論なく承諾を得ることができました。

DXのインフラ「ネットワーク」の重要性

──DXを進めるために欠かせない存在であるネットワークですが、どんなポイントを重視して構築してきたのでしょうか?
久本 ホテルや旅館において、ネットワークの品質は顧客体験や従業員体験を左右する大事なポイントだと捉えています。
 星野リゾートは国内外に約60もの施設があるものの、情シスは各地に配置しているわけではありません。
 ですからホテルの客室のネットワークに何か問題があっても、現地に駆けつけるわけにもいきません。トラブルが発生した際は休日でも連絡が来て、電話越しに「再起動ボタンを押してください」と一生懸命説明することもありました。
 そんな中で導入したのが、クラウドのネットワークソリューションである「Cisco Meraki」。大きなメリットはやはり、クラウド経由で現地のネットワークの状態がリアルタイムに確認できること。
 故障した機器があるなら、生きている機器を組み直してうまくサービス提供できないか。現地に行かなくても、これらが全て遠隔でできるので、私たち従業員も助かりますし、素早い対応ができて顧客満足にもつながっていると感じます。
 DXのインフラを支えるネットワーク。イベントの最後に、Cisco Merakiカントリーリードの山移雄悟氏が、DXを成功に導くためのネットワーク基盤について、ポイントを解説した。
山移 本日のイベントでは、デジタルを起点に企業を変革する方法を、さまざまな視点からお話しいただきました。そのデジタルの部分には、信頼できるネットワーク伝送基盤が不可欠です。
 そもそもネットワークには、オンプレミスクラウドの2種類があります。
 オンプレミスは、管理サーバーを自社で持つことで、自社内に閉じたネットワークを構築できます。
 特徴は、カスタマイズ性。自社がほしい要件を全て反映し、自社に最適なネットワークを構築することには長けています。
 一方で、オンプレミスでネットワークを構築した場合、機器を安定して運用するだけでも人件費やコストがかかりますし、システムがどんどん複雑化してしまう問題も。
 対してクラウド型は、導入から構築、運用保守まで、非常にシンプルです。低コストでスモールスタートができる点や、稼働状況の可視化なども、クラウド型ネットワークの強みです。
 私たちが提供するCisco Merakiは、そんなクラウド型ネットワークの一つ。
 メリットを3つ挙げると、1.アジリティ(俊敏性)、2.インテリジェンス(意思決定のために情報の分析から得られる知見の提供)、3.クラウド提供型によりセキュアでありつづけることです。
 そしてこれらは、ネットワークがDXの実現に貢献できる要件でもあると考えています。
 アジリティとして、構築・導入を短期間に実現できることに加え、「スモールスタート」によって迅速に効果測定を行い、短期間で投資の意思決定ができます。
 Cisco Merakiの大きな強みは、複数拠点のネットワーク環境を一元的に管理できる点です。
 たとえば全国に店舗を持つような業態でも、本社に担当者が一人いれば、全国のネットワーク管理をすることも可能になり、店舗側は、電源をつなぐだけでネットワークを使い始められる仕様です。
 ネットワーク環境を最適化するクラウド管理型「Cisco Meraki」を通して、企業のDXを成功に導くネットワーク基盤づくりに貢献できればと思っています。
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