2022/7/26
【岐阜】1万円超が売れ筋の高級タオルは、町工場から始まった
木曽三川と総称される3本の一級河川、木曽川、長良川、揖斐川が流れ込む岐阜県。長良川と揖斐川にはさまれた安八町という小さな町に、崖っぷちからよみがえって快進撃を続ける町工場があります。独自の撚糸技術で高品質タオルを開発し、異例のヒット商品を生んだ背景に迫ります。
INDEX
- 元・下請けの町工場、東京・青山で高級店舗を開く
- 町工場の技術をブランドに変えた妻の一言
元・下請けの町工場、東京・青山で高級店舗を開く
4月1日、東京・青山通りにほど近く、セレクトショップや美容院が並ぶエリアに、高級ブティックのような洗練された外観のアンテナショップがグランドオープンしました。その名は「エアーかおる東京丸 Ms.南青山店」。
吸水性と速乾性に優れたロングセラー高級タオル「エアーかおる」を手がける「浅野撚糸」の直営店です。前年に岐阜県安八町の本社敷地内にオープンした直販施設「エアーかおる本丸」に続き、コロナ禍の逆風をものともせず、日本のファッションをリードする東京・青山を初の進出先に選びました。
「エアーかおる東京丸 Ms.南青山店」店内の様子 =編集部撮影
南青山店の主力商品「Perfec10(パーフェクテン)」 =編集部撮影
南青山店の主力商品は、独自の特殊撚糸「スーパーZERO」で作る「エアーかおる」のうち、美容に特化した新ブランドの「Ms.(エムズ)」と「Perfec10(パーフェクテン)」。軽さや吸水力、ふっくらした風合いが従来のタオルと異なり、上質な使い心地を楽しめるのが特徴です。
フェイシャルタオルで3300円、一番の売れ筋はバスタオル11000円。東京の一等地に店舗を借りる経費がのしかかる一方、客の入りは正直なところ、大にぎわいとはいきません。「プレオープンからの7カ月で2000万円の赤字ですよ」。そう言う社長の浅野雅己さん(62)は、いたって前向き思考です。
「自分たちのブランドを美容用品として全国へ、世界へ発信するには、国内最高峰の美容室が集積するここしかない。(筋肉トレーニング機器の)シックスパッドも青山から攻めて成功したんですよ」
浅野撚糸社長・浅野雅己さん(浅野撚糸本社にて)
実は、販売促進の狙いを定めているのは、店頭よりも外商部門。近隣の美容関係者との関係づくりを進める中、法人の贈答品向けの売り上げが口コミを通じて伸びており、浅野さんも手ごたえを感じています。
「エアーかおる」シリーズは、新たな市場を切り開きました。売り上げは年間120万枚、すでに累計1300万枚を超えています。2013年、撚糸という伝統技術の革新が評価され、名だたる大手メーカーなどと並んで、政府主催の「第5回ものづくり日本大賞」経済産業大臣賞を受賞しました。2007年に2億3千万円だった年間売上高は、コロナ前の2019年に23億円に達しました。
「エアーかおる」シリーズ「ダキシメテフタバ」のタオルマフラー
2020年4月に東京・竹芝にオープンした、人気のラグジュアリーホテル「メズム東京、オートグラフ コレクション」に採用されたことでも注目されました。高い吸水力や速乾性を生かし、従来品の3分の2の大きさにすることができ、クリーニングの水やエネルギーの使用量を抑えられるそうです。
浅野撚糸の勢いは止まりません。福島第一原発事故の後、全町民の町外への避難が続いている福島県双葉町に新たに工場と直販施設を建設中で、来年4月に稼働する予定の復興プロジェクトに取り組んでいます。総事業費は約30億円。政府の補助金も受けますが、大半は銀行からの借金でまかないます。
「息子の代にまで借金を残してしまうけど、地方の中小零細企業が、こんな天下国家のためになる仕事は二度とできないと思って」と浅野さん。
今や中央官庁からも一目置かれるほどの浅野撚糸ですが、かつては、ごくありふれた下請けの町工場でした。
町工場の技術をブランドに変えた妻の一言
浅野撚糸は1969年に浅野さんの父が創業しました。下請けであるがゆえに、品質を上げて付加価値を高める努力をしても、納入している紡績会社から価格の引き下げを迫られ、買いたたかれてしまうのです。1995年に父から経営を引き継いだ浅野さんは、悔しくてなりませんでした。
浅野撚糸社長・浅野雅己さん
「うちには世界最高の撚糸技術があるのに。どうにかして自社の製品と技術を大企業相手の価格交渉に負けないものにしたい」
撚糸とは、糸を撚り合わせること、もしくは撚り合わせた糸のこと。様々な糸や糸以外の素材を組み合わせ、新たな機能を生み出す伝統技術です。特殊撚糸の分野で唯一無二の撚糸を開発しようと、浅野さんはゴムや鉄、和紙、わらなどの様々な素材を使って試作し続けました。
その執念が結実した撚糸が「スーパーZERO」、その技術を生かして2007年に開発したタオルが「エアーかおる」です。紡績糸と水溶性糸を撚り合わせた「スーパーZERO」は、湯に浸すと水溶性糸だけが溶け、反動で綿糸が膨張して繊維の間に細かい隙間がたくさんでき、ふんわりした肌触りを生み出すといいます。
取引先の「クラレ」(東京都千代田区)から提供された水溶性糸、協業したタオルメーカー「おぼろタオル」(三重県津市)の技術。どちらかが欠けても、「エアーかおる」はできませんでした。幸運が呼び込んだとしか思えない偶然の連続も味方してくれました。
車で営業の外回り中、かつて取引先だった「クラレ」の看板を見かけたことが気になって、電話をしてみると、取引当時の担当者につながり、運命を変える水溶性糸にたどり着くことができました。
「おぼろタオル」とは、銀行のマッチング事業で巡り合い、意気投合して開発に取り組みました。ある時、浅野撚糸側が経糸に「スーパーZERO」を使った試作を依頼したところ、おぼろタオル側が誤って「スーパーZERO」を丸いループ状に織り込んでしまったことが、予想を上回る風合いを生み出しました。
スーパーZERO =編集部撮影
これまでにない高機能タオルが完成しても、マーケティングという壁が立ちはだかりました。問屋はどこも扱ってくれないため、自社ブランドで販売を始めたものの、1枚4000円のバスタオルは当初、なかなか売れませんでした。
経済産業省の補助金制度で支援を受け、東京ビッグサイトの年2回の展示会に出展し続けて最後と決めた3年目、妻で専務の真美さんがアイデアを口にしました。「バスタオルは、家族全員となると、かさばって洗濯機に入れにくいでしょう。吸水力が高いなら、サイズを半分にしてみたら」
主婦のユーザー目線の発想が、浅野さんの作り手としての固定観念を打ち破りました。バスタオルの幅を半分にし、価格も半額の2000円にしてアピールしたところ、大手小売店やテレビ通販などで採用されて好評を博しました。一番の売れ筋になり、販路を開拓していく突破口になりました。
浅野さんは、しきりと感謝の思いを口にします。「これまで協力してくれた全ての会社さん、そして妻のおかげで、ここまで来られました」
「かおる(KAOL)」は、クラレ、浅野撚糸、おぼろタオルの3社と、生きる(Live)のアルファベットの頭文字を取って命名されました。3社の技術や感性が生きている製品との思いが込められています。
それでは、「Ms.」の由来は? 「雅己のM、真美のM、英語で女性を意味するMs.など、いろいろですよ」。浅野さんは、照れ交じりに打ち明けてくれました。
ものづくりに武骨に徹する町工場が多い岐阜県にあって、浅野撚糸は、都会的で洗練された発信力と高い商品開発力を発揮し、傑出した企業に見えます。その一方で、浅野さんの半生を振り返ると、地方社会の地縁血縁のしがらみに正面から向き合い、もがき苦しんできた、もう一つの足跡が見えてきます。
※Vol.2に続く
取材・文:岡本洋太郎
撮影:馬場圭佑
編集:五十嵐ミワ
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
撮影:馬場圭佑
編集:五十嵐ミワ
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
岐阜の高級タオル、生き残りをかけた大戦略
生き残れ、地方零細企業
株式会社NTTドコモ(エヌ・ティ・ティ・ドコモ、英語: NTT DOCOMO, INC.)は、携帯電話の無線通信サービスを提供する、日本最大手の移動体通信事業者 (MNO) である。日本電信電話 (NTT) の完全子会社。 ウィキペディア
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