竹中平蔵氏、パソナグループの取締役を退任 8月に正式決定
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竹中平蔵氏は、1981年日本開発銀行退職後、慶應義塾大学総合政策学部教授時代から政府のアドバイザーを務める機会が多くなり、2001年以降民間人閣僚として、また2004年に参議院議員に当選し、この間、経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣、総務大臣などを歴任しています。
一方、パソナの主事業の労働者派遣業は、1986年にはじめて「一部の特筆すべき技能を有する13業務」が民間企業に解禁(それまでは公共職業安定所案件)、1996年に専門性が高い26業務に拡大、1999年には「派遣業種の原則自由化」という非常に大きな改正がありました。2000年に紹介予定派遣が解禁、2004年には1999年に追加された業務の派遣期間を従来の1年から3年に延長、1996年に解禁されていた専門性の高い業務の派遣期間を無制限にするように法改正されました。その後も派遣業種と制限は緩和の方向で進んでいます。
上記の時系列ですので、労働者派遣法に竹中平蔵氏が与えた影響は大きいものと推測されますが、この改正で最も恩恵を受けた企業の1つである「パソナ」に取締役会長として迎えられたことは、パソナが政府役職退任(2006年)後の同社と政府のパイプ役を期待されてのことであることが想像できます。ただし、政府側が竹中平蔵氏に対し情報統制を行えていたなら、民間企業の活動の範疇として問題には問えません。
「日本の終身雇用制が雇用の流動性を阻害する」ことへの対処として設けられた「派遣業務の拡大」ではあったのですが、経済界に制度をうまく使われてしまい、安価な労働力の供給元として「非正規雇用」という新しい雇用のカテゴリーを生み、かつ爆発的に増加したことが国民の所得に影響を与える結果になったことは、ご承知の通りです。
すべての正社員の概念廃止が完了した後、競争力が低い(専門性が低い)職種の派遣業務の解禁を行う必要があったと思います。逆に次世代型電池などのスリーダムの取締役に就任されています。安倍政権時代の政策秘書官の方も入られました。
人材派遣で規制改革の恩恵と政府系の事務局業務を担うパイプが終わったので、次は次世代バッテリーとエネルギーにご本人の興味を含めて移行するということではないでしょうか。
時代を読まれる目は確かですね。