アスリート解体新書

アスリート解体新書・連載第10回

広背筋を機能させるための西本流トレーニング

2014/12/8
本連載では人体の動きにおいて、「広背筋」が重要な役割を果たしていることを繰り返し説明してきた。では、どうすれば動き作りの基本となる「広背筋」をうまく機能させることができるのだろう? 今回は西本直トレーナーが自ら考案した「フライングバックトレーニング」を伝授する。

動きには原理原則がある

私がこの連載を通して一貫してお話しさせて頂いていることは、人間が持って生まれた能力を効率よく発揮するためには、体に仕組まれた原理原則を知り、それに沿った動かし方をする必要があるということです。

しかし、そんなことを考えてスポーツを行っている人はほとんどいませんし、一般の方が日常生活を送る上では意識さえされていないと思います。

人間として生まれてきた我々は、成長とともに様々な能力を獲得していきます。

自分の力で栄養を摂取することができず、母乳やミルクを与えられるところから始まり、ただ寝ている姿勢しか取れなかったのが寝返りを打ち、ハイハイができるようになって、つかまり立ちからバランスをとって自力で立つことができるようになり、歩行が始まります。

個人差はありますが、ここまで来るのに約1年を費やします。

ハイハイの重要さ

私はこの過程の中で、ハイハイをする期間が一番重要であると感じています。

それは遠い昔、我々が四足動物であった頃の名残というか、二足歩行への準備期間として手足をついて頭を上げて移動するという状態の時、今日のテーマである広背筋が最も効率的に使われる必要があるからです。

ハイハイの動きを想像してみてください。身近に赤ちゃんがいればよく分かりますよね。どこをどう動かしているというのではなく体全体が連動して、まさに背中で動いているという風に見えます。

下半身である大腿骨が、骨盤にはまり込む形で構成される股関節と、骨盤の中央に位置する仙骨から連なる背骨の椎骨を連動させ、肩甲骨の動きを借りて肩関節と連動させることによって様々な動作を行う――。そんな動物としての本来の動きが、ハイハイには凝縮されています。

「這えば立て、立てば歩め……」が親心ではありますが、この時期を疎かにして歩行器のようなものを使って無理に立たせようとすると、広背筋の機能を形成する最も大事な時期に、筋肉に対して適切な刺激が与えられなくなってしまいます。

  

猫背に一利なし

日本人に猫背の人が多い理由は、もちろんこれだけではありません。長い農耕民族としての歴史の中で必要とされてきた日常の基本姿勢が、そうさせているのではないでしょうか。

スポーツ選手に限らず、それぞれの分野で活躍する一流の方々の姿勢が、総じて背筋が伸びた良い姿勢に見えることには意味があるように思います。

日常生活の中で、例えばデスクワークが主な方々の会話では、必ずと言っていいほど姿勢の悪さが話題になり、そこから肩や首のコリ、痛みへと話が進み、時々仕事の手を休めて、胸を張って背筋を伸ばすようにしている……というお決まりのパターンへと続いていきます。

筋肉の機能として、脳からの命令を受けて縮むことはできても、伸びるということはできません。ということは胸を張る、胸の筋肉に伸びてくれというお願いは筋違いということになります。

ではどうするか? 後傾してしまった骨盤を引き起こし、仙骨の上に連なる背骨に対して本来のS字カーブを描いて、その上に乗っかる5kgも6kgもの重さがあると言われる頭を、バランスよく支えてくれるように準備しておかなければなりません。

同じ姿勢を長く続け、思いついた時に背筋を伸ばしたくらいでは、本来の意味での対応策とはとても言えないのです。

フライングバックトレーニング

そこで鍵になるのが広背筋です。

なかなか意識しにくい広背筋という「姿勢を支え、動きの中心となる最重要筋肉」を、どうやって本来の機能をはたしてくれる状態にしておくのか。そんな根本的な問題に対して私が1つの答えとして指導しているのが、これから紹介する「フライングバックトレーニング」と名づけた簡単な運動です。

場所もとらず、時間も数分にすぎませんが、正しい動作で行うことができれば、間違いなく体に大きな変化を感じて頂けるはずです。

私がトレーナーやトレーニングコーチの肩書きでスポーツ選手を相手にする場合は、それなりの施設や器具がありますので、それを使って広背筋へのアプローチが可能でした。ただし、一般の方となるとそうはいきません。どんな環境下でも行えるトレーニングとして考案しました。

私は広島で「西本塾」というトレーナーや施術家向けの塾を主催しており、この1年間、いろいろな立場の方に指導してきました。育成年代のサッカーを指導している方には、いくつかのパターンを覚えて頂いたところ、全身のトレーニングになると好評で、高齢者の福祉施設で仕事をされている方にも応用可能と言って頂き、それぞれの環境で結果を残しています。

この動きは広背筋という筋肉の解剖学的な起始と停止、また収縮形態を理解していれば、どなたでもイメージできる動きのはずです。

注意点としては、動きの説明通り100%完璧な動作を行おうとすると、皆さんの想像をはるかに超える大きな負荷が体にかかってしまいますので、無理をせず余裕を持って行ってください。

それでは、具体的な手順に入りましょう。

 10_フライングバック

1. まず足を肩幅に開き、1センチでも背が高くなるように良い姿勢をとってください。

2. その姿勢から骨盤の上の腰の部分の「反り」がなくならないように意識しながら、お尻を突き出すように股関節から前傾していきます。両手は脱力してぶら下げておき、頭は起こして視線は前を向きます。この時点ではまだ膝は伸ばしたままにしておきます。前傾が深まりこれ以上前傾すると、骨盤上の反りが維持できなくなり、腰が丸まってしまうギリギリのポジションを探してください。すでにこの時点で、広背筋はマックスに近い収縮状態となっています。腿の裏からお尻、腰から背中にかけて強い張りを感じているはずです。

3. その姿勢が確認できたら、一番きついマックス100の状態を、膝を少し曲げて緩めることで、余裕を持って感覚として80くらいの状態に弛めます。

4. そこからぶら下がっていた両手を耳の高さくらいに上げていきます。するとまた80に落とした感覚が100に戻っていき、体の裏側が悲鳴をあげます。

5. そして4.で一番きつい感覚がわかったら、少し腕の高さを下げて80の状態に戻します。この状態を5.とします。あとは4.と5.の姿勢と感覚を交互に繰り返します。4.で腕を上げていく際に、重心をつま先に移すような感じで前のめりになりそうな状態にすると負荷が上がります。5.で腕を少し下ろすときに重心を元に戻します。

いかがでしょうか、簡単な動きではありますが、この動きこそ広背筋の本来の機能を目覚めさせるのに必要かつ十分な要素を含んでいます。

もう一度注意を繰り返すと、いきなりすべてを完璧に行おうとしたら、間違いなく体は悲鳴を上げてしまいますので、顔が強張らない程度、7割くらいの感覚で行ってください。

それでも十分効果があります。中にはまったくきつい感覚がないと言われる方がありますが、スタートポジションからお尻を突き出して行くときに、骨盤の上の「反り」がきちんとできていないか、両手を前方にあげる時の手の幅や高さに問題があると思います。これは女性で体の柔らかい方に多いのですが、正しい姿勢を作ることができれば、刺激は確実に広背筋に届いてくれるはずです。

私が西本塾などで直接指導しても、一度だけではなかなか正確に伝わらないことも多いですが、私のブログ(生涯一トレーナー「西本直」が話しておきたいこと)にも詳しく説明していますので参照して頂き、安全に確実な効果が得られるやり方を覚えて頂きたいと思います。

トレーニングとして行う場合にはいくつかのパターンがあり、また腰を反らせたままでは前傾さえきついという方のためのパターンも考えてありますので(ブログの中では2.のパターンとして紹介しています)、しっかり確認して体を痛めないように注意してください。

普通に生活している老若男女から、トップレベルのアスリートまで、この広背筋が正しく機能していることは動きの基本となります。

これまで取り上げてきたトップレベルの選手たちは、この広背筋がとてもうまく使われていると思います。

この運動を行うことで姿勢の改善、また腰痛や肩こりにも効果があると思います。

正しい動きを覚えて、ぜひ継続して頂きたいと思います。

*本連載は毎週月曜日に掲載する予定です。