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電通の若手社内起業家・大塚淳史の野望

若手起業家は、やりたいことをやるため電通に入った

2014/12/4

世の中を一変させるビジネスを創りたい

「僕はビジネスを考えて、実現させるのが好きで、いつか世の中を一変させるビジネスを創りたいと思っています。そのために今どんどん新規事業の事例を増やしていっています」
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のっけからそう自信満々に語るのは、電通ビジネス・クリエーション・センター2年目の大塚淳史氏だ。彼は大企業のEC事業・オウンドメディアの立ち上げや、CMプロダクションの新規事業開発、新しいスマートフォンメディアの開発など、デジタルメディア関連のビジネスを次々に手掛けている。

例えば、10月にリリースされたばかりの「リチプリ」だ。これは、彼が新規事業開発コンサルティングを担当する写真スタジオ運営会社の新サービスである。主に大学生をターゲットに、通常1名2万円以上はするプロ機材とプロフォトグラファーによる本格的な撮影体験を、1名3000円という格安で提供している。

事業立ち上げの背景には、ソーシャルメディアの普及がある。大塚氏いわく、フェイスブックやInstagramの利用者数が増えるにつれて、人々の行動に大きな変化が現れ始めているというのだ。

「ハロウィンやカラーラン、ナイトプール、バブルサッカー、泡パーティーといった『シェアしやすい写真が撮れる体験』が、若者の間でどんどん勢いを増しています。最高品質の写真が撮れる写真スタジオも、若者向けにアレンジすればその文脈に乗ることが出来るはずだと考えました」

昨今、成人式や卒業記念などを除くと若者のスタジオ利用の意識は低く、写真館の市場規模も逓減している。とりわけ七五三など家族の記念日の撮影が写真館利用の中心となることから、平日の夜の稼働率は低いという。しかし平日でも時間のある若者を取り込むことが出来れば、そうした状況は一変できるはずだ。
 DPEサービスの店舗数推移

実際、サービス開始直後から、主に女子大生が、リチプリで撮影した写真をフェイスブックなどに次々とアップしていっているそうだ。

「リチプリによって、固いイメージを持たれがちな写真スタジオを若者が気軽に利用できる、そんなイノベーションが起きればいいと思っています」

彼は写真のみならず、動画や広告でもソーシャルメディア関連のビジネスを温めているそうだ。しかも、上司に命じられてこのサービスを開発しているのではなく、自分で学生時代に思いつき、実現するために電通に入ったのだという。ここで、彼のルーツである学生時代を見ていこう。

これは電通でないとできない

東京大学の理科一類に入学後、1、2年時には特に将来の目標もなく全力で遊んで暮らしていたという。しかし3年時にたまたま訪れたセミナーで、とある調査会社の新規事業開発に誘われる。会社設立から4年弱で上場を果たした調査会社の豪腕社長の下でアプリを作るという内容だ。

そこで3カ月かけて作りあげたのが、質問の答えにあわせてキャラクターが形態を変え、自己分析とキャラクター育成が同時に楽しめるアプリ「POPCORN」だ。これが公開初日でApp Storeのランキング1位を獲得し、1週間で10万ダウンロードを突破した。

自分の作ったロジックに合わせて機能するアプリに周囲の友達がみんな熱狂している様子をみて、大塚氏はアイデアひとつで世の中にインパクトを与えられることに感動する。それは彼が小さいころから漠然と思い描いていた「坂本竜馬のように世の中を変えたい」という夢に明確な方向性を与えた。
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やるべきことを見つけた大塚氏は、新規事業インターン以来温めていたアイディアを元に起業した。Twitterやフェイスブックなどの情報を解析したレコメンドサービスだ。「Board」と名付けたそのサービスは、ベンチャー・キャピタルも認めてくれ出資も受け、佐々木俊尚氏らのインフルエンサーが使ってくれたおかげでユーザー数も伸びていった。

ところが、順調な滑り出しを見せたものの、ユーザーが増えるにつれて本人いわく「あまりにカオス」になったためスケールに失敗する。「著名人のコメントに特化しよう」「メディア向けにレコメンドエンジンを提供しよう」「コミュニティを作ろう」などさまざまな理想をごちゃまぜにした結果、なんともまとまりのないサービスになってしまったのだという。

ここまでで終わっていれば、よくある学生起業の一例に過ぎなかったかもしれない。しかし、大塚氏の会社はその後もめげずにチャレンジし続けた。意欲的にアプリを作りつづけて月額100万円規模の収益化に成功し、そのノウハウを活かして与党議員のメディア運用をしたり、CMプロダクション社長への新規事業提案など、経験を積んでいく。

そのままそれらの事業を発展させて食べていくことも考えたが、ある日決定的な転換点が訪れる。クライアントであるCMプロダクションの社長に「これは間違いなく革新的だ」といつにも増して意気込んで事業提案をした大塚氏に対して、社長が「これは電通じゃなきゃできない」「これは電通の意見を聞かなきゃいけない」と答えたのだ。そこで大塚氏は初めて「電通」に出会うこととなる。

電通でなければできないのなら、電通に入って実現してしまえばいい。シンプルにそう考えた大塚氏は、会社を仲間に任せ、それまで一切の就活対策をしていなかったにも関わらず電通を受け、入社することとなる。

ちょうど運よくその年に電通は「ソーシャルコミュニケーション人材採用」という新しい採用方式を始めていた。あくまで総合職の枠組みでありながら、ソーシャルメディア関係で起業経験を持つなど実績のある人材を求める制度であり、大塚氏にとってはまさしく「ドンピシャ」だった。

大企業とスタートアップの良さを掛け合わせた組織に

1カ月間の研修を経て配属されたプラットフォーム・ビジネス局(現ビジネス・クリエーションセンター)では、さまざまな部署から集められた200余名が新規事業の開発に取り組んでいる。

これまでの電通は、テレビ局とクライアントをつなぐことを中心に収益をあげていた。60年以上磐石だったこのビジネスモデルに支えられ、昨今の景気回復の影響で業績も好調だ。

しかし長期的視点で見れば、市場が拡大し続けるIT分野でも新たなビジネスモデルを築くことは避けられない。実際に「Dentsu 2017 and Beyond」と題した中期経営計画書では、2017年度のデジタル領域の売上総利益構成比を24%から35%以上にまで引き上げることを目標としている。

質・量ともに圧倒的な既存のクライアントとのビジネスを円滑に行う傍らで、IT領域でもう1つ電通を作るような変革が求められているのだ。しかし現在、IT分野には大小さまざまなスタートアップがひしめいている。大企業が企画書を作り、稟議を繰り返している間にさっさと事業化してしまうのがスタートアップだ。

自身も起業を経験し、スタートアップとの関係も深いことからそのスピード感を理解し、企画書を書くと同時に実際にスタートアップと共にプロトタイプを作ることができる大塚氏がチームにいることで、製品が世に出るまでの速さは段違いになるというわけだ。

そうして一度事例を作ってしまえば、膨大な顧客基盤を抱える電通にとってそれを水平展開するスピードは、広告領域に限って言えば世界トップクラスだろうと大塚氏は話す。

理論的にはまさに大企業とスタートアップの良さを掛け合せた作用が見込めるが、そううまくいくものだろうか? これまでに数々の企業がイノベーションを起こそう、ベンチャーマインドを持とうしてきたはずだが、「イノベーションのジレンマ」に苦しみ、敗れてきたことだろう。

電通、そして大塚氏のチャレンジは、大企業がより機動的な組織へと脱皮を目指す際の試金石となるかもしれない。
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