2022/7/15

【解説】なぜ企業は「広報」のプライオリティを上げなければいけないのか?

NewsPicks Brand Design Senior Editor
あらゆる企業の経営資源となるのは「ヒト」「モノ」「カネ」だが、それに加えて「情報」が必要と言われている。これは、企業のノウハウや顧客データ、ブランドといった「無形資産」を指す。

そんな企業の情報を発信するのが「広報」の役割だ。従来、広報はリスクヘッジをする機能を求められていたが「今後は『守り』ではなく『攻め』が求められる」とするのが、これまで5000社以上のPR実績を持つ株式会社Enjinで事業本部長を務める湯浅直哉氏、そして現在プラットフォーム事業を担当する寺崎祐樹氏だ。

特に中小企業やベンチャー企業にとっては、「攻め」へのマインドチェンジが、企業の経営そのものを左右するという。なぜ、広報への投資が事業価値に直結するのか、株式会社Enjinの湯浅氏と寺崎氏に聞いた。
INDEX
  • そもそも「広報」とは何か?
  • どうすれば、広報を「武器」にできるのか?
  • ベンチャー広報の「成功事例」とは
  • ダメな広報の失敗例
  • 「メディチョク」が広報力を高める「一歩目」になる

そもそも「広報」とは何か?

──ビジネスパーソンにとって「広報」と「広告」は聞き慣れた言葉ですが、改めてその違いを説明いただけますか?
湯浅 一般的に「広告」とは代理店を介してメディアの広告枠を買い、自社の宣伝をすること。
 そして、自社の人脈やアイデアを駆使して、メディアが自発的に宣伝してくれるように働きかけることが「広報」と認識されています。
寺崎 たとえば企業価値を上げたり、認知度を高めたりする場合、「広報」と「広告」では必要となるコストが大きく違います。
 まず、規模や期間にもよりますが、新聞やテレビCMといった「広告」は非常に高額です。
 プレスリリースの制作、記者や編集者とのコミュニケーションがメインの「広報」とは、比べ物にならないくらい費用がかかります。
 ただ、広告はコストがかかる分、自社で内容をコントロールしやすい。広報に関しては取り上げる側のメディアに編集権があるので、自社が望む文脈に沿わないカタチで世に出てしまうこともある。
「広告」と「広報」では、双方にメリットとデメリットがあるわけです。
──そうなると、「広報」においては、メディアとのコミュニケーションや、リスクヘッジに長けた人材を集めることが大切になるわけですね。
湯浅 そうですね。ただどちらかといえば、それはネームバリューがあり、事業規模が大きい大企業の話です。
 大手企業と中小企業やベンチャーを比べると、広報の役割や戦略が変わってきます。
 大手企業はステークホルダーがたくさんいて、従業員やその家族はもちろん、取引先の数も多い。
 上場もしていたら、当然広報には株価にダメージを与えないよう、せき止める役割も求められます。
 一方、中小企業の場合、そのようなリスクがそこまで高いわけではありません。むしろ、積極的に自社の認知を高めるため、広報は機動力が求められる。
 その結果として売上への影響が出やすい傾向がありますね。
寺崎 大企業には多くの部署や、さまざまな事業があるために「広報で企業価値を上げたんです!」とアピールしても、売上における貢献度を具体的に示すのが難しい。
 そういう意味では、中小企業における広報活動は価値が出しやすいですよね。
──つまり中小企業やベンチャーにおいては、売上を上げる役割も担える。バックオフィスではなく「フロント」に近いイメージでしょうか。
湯浅 一般的に、広報は直接的に利益を生まない「バックオフィス」や「コストセンター」だと認識している人もいますが、実際は営業職と同じぐらい売上にインパクトを与える部門です。
 たとえば、トップセールスが年間で1億円の売上貢献をしたとする。
 一方で、広報担当も情報を積極的に発信し、たった1つのプレスリリースが信頼性のあるメディアに取り上げられれば、セールスと同等、もしくはそれ以上のインパクトを出せることもあります。
 さらに消費者への認知向上によって、自社のレピュテーションを上げ、人材採用に対して寄与するなど副次的な効果も期待できる。
 それらを鑑みると、広報は企業戦略として優先順位を高めに設定するべき部門。つまり「守り」ではなく「攻め」が本来の役割となります。
 とはいえ、中小企業やベンチャーの「一丁目一番地」はとにもかくにも、売上を作り、新たな事業を生み出すこと。だから、そこにはリソースを注いでいるものの、広報の重要性を低く見積もっているケースも多い。
 その認識は、私がこの業界で働きはじめてから10年ほど変わっていない印象です。
寺崎 中小企業やベンチャーでは、どうしても広報は後回しにされがちです。
 会社をドライブするためには、ハードやソフトなど、プロダクトやサービスの価値を高めることが最優先ですし、それらを売る営業力が最も重要だからです。
 そして、キャッシュエンジンを支える販促部門、経理部門、総務部門など、いろんなセクションを設けて、最後の段階で広報を置くのが定石になっている。
 つまり、必然的に広報の優先順位が低くなりがちなんです。でも、先程お話ししたように広報は「攻め」になる。

どうすれば、広報を「武器」にできるのか?

──「守り」ではなく「攻め」の広報が大切ということはよく分かりました。しかしながら、長年広報は「守り」として認識されているわけですよね……。「攻め」への意識改革のために何が必要なのでしょうか?
湯浅 中小企業やベンチャーであれば、基本的には経営のトップがコミットメントする必要があります。「広報はキャッシュエンジンになる」という意志の強さを持たなければ、実現は難しいでしょう。
 ですから我々も「自社の広報の状況を変えたい」という引き合いを数多くいただくのですが、できる限り最初の打ち合わせに経営者の方も同席していただいています。
 そのうえで、まずは広報の大切さを説き、認識を改めていただかなければなりません。
 競争が激しいIT業界でも、戦略的に広報を活用してきた企業は強いですよね。2000年代に多くのメディアに出演していたある企業は、徹底的に自分と会社の見せ方をコントロールして、知名度を上げ、支持を集めていました。
 その結果、IT企業が乱立していた時代に勝ち残り、今も躍進を続けているという事例もあります。
iStock / pick-uppath
 もちろん、広報活動だけが要因になったわけではありませんが、経営者がコミットすることで、自社イメージを向上させた一例だと思います。
──企業の長期的な成長には、長い視点を持った広報戦略が必要ということですね。
湯浅 繰り返しになりますが、5年後、10年後に生き残れるかどうかは、広報を「守る」ためのコストではなく「攻める」ための投資として捉えるべきだと考えています。
 そんな話をすると「短期間で結果(売上)を出したい」と考える方もいますが、そのスタンスであれば莫大な費用を投じて広告を打ったほうがいい。
 ただ、そこでは競合他社との厳しい争いが待っており、結局マネーゲームで勝負が決まってしまう可能性もある。
 消耗戦のレッドオーシャンに飛び込むくらいなら、広告費の10分の1でも広報に回すことで、違う展開を生み出すべき。我々の得意分野もそこにあります。

ベンチャー広報の「成功事例」とは

──Enjinでは、クライアントに対して具体的にどんなアクションを提案することが多いのですか?
湯浅 ファーストステップとしては、経営者の魅力をしっかりと伝えることに力を入れるケースが多いですね。
 競合他社と似たような商品を扱っていたとしても、創業のきっかけや、会社のビジョンを丁寧にヒアリングすると唯一無二の物語や熱い気持ちを語っていただける。
 ストーリーの構築など、見せ方次第ではそこがライバルと差別化できる最大のポイントになるんです。
寺崎 我々のクライアントに、鋳物の製造を行っている企業様があります。
 そこは、これまで主にBtoBのものづくりをしていたのですが、徐々に市場が縮小して苦境に立たされていたんですね。
 そこで、新たな一手としてBtoCの鋳物製のフライパンを作った。熱伝導率が高く、保温性も抜群。買い替えも不要になる渾身のプロダクトでした。
写真はイメージです(iStock / Mizina)
 ただ調理器具を作ったのは初めてだし、これまでBtoBのビジネスしかしてこなかった町工場ゆえに、どうやって魅力を伝えるべきかわからなかった。そんな状況で、弊社に声をご依頼いただいたんです。
 そこで、我々は「“潰れかけの町工場が、真摯に磨いてきた鋳物技術を活用した”最高のフライパン」といったストーリーを作り、発信していった。
 その物語と一緒にクラウドファンディングも実施。すると、独自性のあるストーリーと機能が注目されて、最終的にはヒット商品となりました。

ダメな広報の失敗例

──逆に、広報が失敗する企業の共通点はありますか?
寺崎 広報セクションを設置しただけでも、意思決定としては評価されるべきですが、せっかく担当者を置いても、経営層が同じ認識を持たないと上手くいかないケースはあります。
 たとえば、広報が必死にプレスリリースを発信してとあるウェブ媒体から取材のオファーを受けたとしても、社長から「ウェブに出ても意味ないじゃん。テレビじゃないと。君、ちゃんと頑張ってる?」なんて言われたとする。
 これは、広報に対する成果と評価にズレが生じている状況。広報が長続きしない一番ダメなパターンですね。まずは仮でもいいのでゴールを設定し、その共通認識を経営メンバーと揃えることです。
湯浅 特に、広報は効果を定量評価することが難しい。たとえば、ウェブの広告であればCVRやCPAなど、さまざまな指標がありますよね。
 でも、広報によってメディアに出演した際の影響はなかなか数値化できません。数値や指標を目的にしてしまうと本質を見失ってしまうため、まず継続することが肝要です。
 自社の未来を考え、予算を割いて、広報に取り組む。僅かなコストでもいいから、まず「一歩目」を踏み出す。そして経営者と担当者が共通認識を持って、進めていく。その覚悟を固めるのが重要です。

「メディチョク」が広報力を高める「一歩目」になる

──なるほど。しかし、湯浅さんが「10年変化していない」とおっしゃったように、企業はその「一歩目」が難しいと感じているのでは?
寺崎 そうですね。だから弊社が注力しているのは、経営者が踏み出しやすいような「一歩目」を後押しすること。
 先程もお話ししましたが、一般的には広報をワークさせるには時間がかかるし、コスト部門で直接売上が上がるわけでもないし……と、思われがちです。
 二の足を踏ませてしまうのではなく、背中を押してあげたい。「これならやってみるか」と、意思決定しやすいサービスを提供することに使命感を抱いています。
 そのために、取材ネタを探すメディアと取材されたい企業を結ぶマッチングプラットフォーム「メディチョク」の事業を、2020年にスタートしています。
──御社が「メディチョク」を立ち上げた経緯を教えてください。
寺崎 もともと弊社は2006年に創業してから、中小企業やベンチャーに向けたPR、広報、ブランディングを提供してきて、特に地方にある企業の経営者様とのお付き合いもありました。
 実際に話を聞いてみると、「コストがかけられない」「人材がいない」「メディアとつながるノウハウがない」と、皆さん同じような課題を抱えていた。
 その問題を解決するために立ち上げたのが「メディチョク」です。
 リソースを避けない中小企業にとって一番大変なメディアリレーションやプレスリリース制作といった機能を最低限のコストで使うことができます。
「メディチョク」のダッシュボード画面
 こだわっているのは、プラットフォームを提供するだけではなく、ちゃんとメディアから取材依頼が届くような環境を作ること。つまりコミュニティの活性化です。
 恋愛のマッチングアプリでたとえるなら、せっかく登録したのに、魅力的な異性がいなかったら騙された気分になりますよね(笑)
 それを防ぐためにも、ユーザーであるメディア側と企業側の双方にとって使いやすい仕組みを目指し、日頃からアップデートを続けています。
──実際に、どんな企業が活用しているのでしょうか?
湯浅 「メディチョク」と特に相性が良いのは地方の中小企業です。地方には優れた技術力を持っているものの、都心と比べて情報格差があり、アピールの方法を知らない企業が多いんですよね。
 特に、我々は医療機関における広報にも強みを持っています。腕は確かだけれど口下手な先生でも、魅力的な部分にフォーカスして発信することで脚光を浴びるケースが少なくありません。
寺崎 医療、ヘルスケアや健康系の話題は、通年でメディアが一番取り扱うジャンルですし、実際に「メディチョク」では医療クリニックの先生とメディアとのマッチングが、頻繁に生まれています。
 少し話はそれますが、基本的にPR会社は受け身なことが多いんです。つまりクライアントから依頼を受けて、それに合った広報戦略を提案するのが従来のスタイル。
 でも弊社は、地方の企業に対して自ら足を運び、広報の重要性を力説することから始めます。そうした地道な“ドブ板の営業力”も私たちの大きな強みだと思っています。
──特に地方企業にとっては、低コストで自社の価値を高められるサービスかもしれませんね。
寺崎 極端な話、離島で生産された商品が在京のテレビ局に紹介されただけでも、注文が殺到することもあるし、広報戦略でバズる可能性は地方のほうが高いと思っています。地方の中小企業こそ、よりメディチョクをご活用いただけると思います。
 インフルエンサーやYouTuber、ブロガーなど 「1億総メディア時代」となった今だからこそ、信頼性の高いメディアに取り上げられることは大きな価値を生みます。
 今後ユーザーのメディアリテラシーがどんどん高くなっていくと、HPやSNSで自社発信するだけでは効果が出しにくくなる。
 レストランにドレスコードがあるように、今後、企業にとって第三者メディアに取り上げられる戦略を練ることは、必須の「お作法」になると思っています。
 その上で、「メディチョク」を広報のスターターキットのような存在にしていきたいですね。
湯浅 もちろん弊社としては、引き続き広報の重要性を説く啓蒙活動も併せてしなければならないと考えています。
そして今後は、地方と首都圏をつなぐハブ的な存在になり、情報のシームレス化を目指していきたい。
「メディチョク」をその足がかりとして、広報の価値を高めていきたい。それこそが、自分たちの使命だと信じています。