「首都高」建設秘話…昭和の街が「未来都市」になった日
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江戸が作った水路の上に、昭和が高速道路を作って五輪を迎えた。令和の五輪後は、何を作りますか。車を埋めて、上空に緑を植える?水・陸に次いで空のルートを作る?未来の絵を描きたい。
注目のコメント
日本橋の上にかかる首都高の高架を取り除くために、結局その前後も地下化して数千億円もの巨費の多くを首都高利用者に負担させる。それで潤うのは再開発を目論む大手不動産会社です。
結局、声なき大衆は高速料金値上げという代償を払わなければなりません。
https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/exp-ug/pdf03/02.pdf
今後、昭和の時代に作られたインフラの更新が大挙して待ち構えています。少子高齢化の中、誰が金を払うのでしょうね。確かに景観を損ねるといったデメリットや老朽化も問題として存在しますが、実際に首都高を運転した人なら何となくわかるかと思いますが、ビルとビルの間を通り抜けていく、というロマンがそこには存在します。複雑に入り組んだジャンクションなどを始め、首都高でしか体験できない経験のようなものも存在します。
クルマ好きであれば首都高は一種の聖地のような感覚をもっているひともいるかもしれません。
今から地下化を進めて、もし工事の途中で南海トラフ地震が発生したら、計画がいったん白紙に戻るみたいなことになってしまわないかが気になりました。まぁ、本来なら国や自治体が負担するべきインフラの更新費用を、民間の不動産デベロッパーも協力して資金を出し合っている、というのが実態かと考えております。(なお、一般的に、作るのが大変な施設は、維持するための工事も大変になります。)
それも、単に現状を維持するための修繕ではなく、首都高によって潰れてしまった河川の水辺空間を復活させ、より良い東京を作っていくための積極的な投資であると考えてます。