プロ経営者という働き方

「変幻自在」こそが、企業を成長させる源

経営者に必要な「失敗してボロカス言われる覚悟」

2014/12/3
光回線の普及拡大を進めるNTTグループ。なかでも、普及にあたってキラーコンテンツとなっているのが、光回線経由の映像配信サービス『ひかりTV』だ。運営するのはNTTぷらら。映画やドラマ・スポーツだけでなく、4KによるVOD(ビデオオンデマンド)サービスなどの映像を配信し、会員数は2014年3月時点で282万人(対前年37万の増加)となるなど、右肩上がりの成長を続ける。ただしこの企業が創業後の2~3年間は「債務超過」状態にあり、実はNTT本体からも清算を命じられる寸前だったことは知られていない。
そんな窮地に急遽、NTTから送り込まれたのが、板東浩二社長だ。プロ経営者というと、会社が窮地に立たされた時、外部からヘッドハントされる助っ人のイメージが強いが、最近は板東社長のように、本体の組織から送り込まれる経営のプロも増えている。連載第9回目は、前回に引き続き、そんな内部昇進型のプロ経営者、板東浩二社長が実行したNTTぷららの再生ストーリーについて迫る。
第8回:「ひかりTV」成功を導いた内部抜擢型プロ経営者
第9回:NTTぷららも「会社を清算せよ」と言われた

1998年に現在のNTTぷららの社長に就任し、事業継続に向け徹底的なリストラを敢行した板東浩二社長。リストラに伴う反発を何とか抑え、同年中に単月黒字、1999年には単年度黒字を達成すると、このあたりから、まるで運が向いてきたかのように「様々な物事が一気に、よい方向へ進むようになってきた」と言う。具体的に、何が起きたのか。

メディアへの登場で、社員が自信を取り戻す

リストラには不安がつきまとう。まず、将来伸びる事業の芽を摘み取ってしまい、縮小均衡に陥る危険がある。社内の雰囲気も悪くなりかねない。つい先日まで机を並べていた仲間が去って行く時には誰しもが一抹の寂しさを感じるはずだし「次は自分ではないか」と不安も持つものだ。

だが最初に社業を立て直すと、勝負事の”流れ”のように、運が向いてくる。板東氏が振り返る。

「目標を達成し、黒字を出した瞬間、NTTグループ内でも『あれだけがんばっているんだから何とかしてやらなきゃいかん』と言ってくれる人が現れた」

社会からも評価をされた。2000年、板東氏は「20万人以上ものユーザーを一気に獲得できる」という願ってもいないオファーを受けた。当時、マイクロソフトは自社が運営するポータルサイト『MSN』のプロバイダ事業を日本で展開していた。そして同社は、他社との業務提携によりこのプロバイダ事業を移管したいと考えており、様々な事業者にコンタクトをとっていたのだ。

そして、マイクロソフトが選んだ業務提携先が、板東氏率いるNTTぷららだった。赤字であれば見向きもされなかったに違いない。だがこの時点では、一気に業績が伸びており、板東氏はマイクロソフトの幹部と幾たびも会合を重ね、信頼感を醸成し、これを譲り受けることに成功した。彼が少し苦笑いしながら話す。

「一気に20万人以上もの顧客の移管を受け、ネットワークやシステムを急激に拡張するのですから、半年以上は寝るヒマもないほど忙しかった。しかしこれにより、NTTぷららは業界大手になることができました」

さらに、この少し前から、板東氏はサービス向上に力を入れていた。当時のネット系雑誌が各プロバイダの満足度にランキングをつけた結果、NTTぷららは25位と低迷していたのだ。しかし黒字達成で財務基盤を固めると同時に、インターネット接続時のつながりやすさを改善するなどしてサービス運営に力を入れると、順位が上がり始めた。その後、1999年に5位を獲得すると、雑誌の記者が一気に順位を上げたNTTぷららに興味を持ち、当時の1位よりも大きな扱いで世に記事を出してくれた。

「これにより私も社員も自信を付けることができた。社員がインタビューを受け、家族から『お父さんすごいんだね』とほめられた、という話もあります。いまも、このときの記事はすべてとってあります」

会員数は急増し、NTTグループ内でも板東氏の手腕に対する安心感が醸成された。だが、板東氏が本領を発揮するのはここからだった。
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「無駄ガネを使った」と言われる覚悟

NTTぷららの本社受付には、著名な書道家の武田双雲氏の筆による「変幻自在」の文字が飾ってある。板東氏の座右の銘だ。周囲から「受付に『変』という文字があるのはいかがなものか」という意見もあったが、板東氏が変えることはなかった。

彼はこの「変幻自在」こそが、企業を成長させる源だと考えているからだ。

「同じ事業を続けていても、いつか、下り坂になるときがやってきます。そうなる前に、次の事業領域を見つけておくことこそが大事」

NTTぷららは、現在、会員数293万人を数える光回線経由の映像配信サービス『ひかりTV』を運営している。板東氏は、プロバイダ事業が絶好調で、「ITバブル」が起きていた1999~2000年には既に「プロバイダ事業はいつか頭打ちになる」と予感し、次の事業領域を探していたのだ。事実、2006年ごろからプロバイダ事業は頭打ちになっている。まさに、先を読んだ結果だった。

だがこれも、文字で書くほど簡単ではない。ゼロベースで事業を始める場合、ある程度、右往左往するのは仕方ないことなのだ。板東氏が話す。

「たとえばNTTぷららは2001年に、業界の中でも早い段階でIP電話の事業を始めてた。NTTグループ内からは(IP電話の普及はNTTグループ全体に悪影響を与えるとして)批判的な意見もあり、そのときはさすがに『社長を替えられるかも』と思った(苦笑)」

ここであえて、余談を許してほしい。筆者はインターネット経由のリサーチ会社『マクロミル』の創業者である杉本哲哉氏に幾度も取材をした。ちょうど、板東氏率いるNTTぷららがプロバイダ事業で売り上げを伸ばしていた時期に起業し、様々な紆余曲折を経て、自社を東証一部上場企業にまで押し上げた人物だ。

取材時に杉本氏が、幾度も「ビジネスにはスピードが必要だ」と繰り返すため、筆者はあえて理由を問うてみた。すると、彼はこう聞き返してきた。

「では、ここに5枚、伏せたカードがあったとします。その中から、確実に『アタリ』を引く方法があります。何だと思いますか?」

筆者が答えあぐねていると、至極単純な答えが返ってきた。正解は「5枚すべてを、すごい速さでめくってみること」だと言う。新事業は、実施してみるまでアタリかハズレかわからない。だから、選択肢が5つあれば、人の5倍の速さで動き、すべてをめくってみるのだ。

思えば、楽天の三木谷浩史氏も同じことを言っていた。彼は常々「他社が1年かかることを、1カ月でやり遂げよう」と言っている。さらに三木谷氏は、部下に対し「1週間後に100%整った回答があるより、翌日に大ざっぱな回答があるほうがいい」とも伝えている。新規事業を興すためには、何でもすぐに試すスピード感が必要なのだ。板東氏が話す。

「『リストラ型のリーダー』は、やるべきことがわかりやすいから、実績を出しやすい。一方『マーケットクリエイター型のリーダー』は、様々な事業を試すなかで、失敗をすることもある。もちろん失敗すれば、周囲から『無駄ガネを使って、しかも失敗した』とボロカスに言われる (笑)。でも、時代が変わるときに必要なのは、このマーケットクリエイター型のリーダーだと思う」

だから、彼はIP電話に並行して映像配信サービスも検討していた。NTTグループは長く光回線の普及に力を入れていたが、2000年代前半の時期はADSLが普及していた。そんななか、ネットを経由した映像配信サービスの利用が進めば、回線速度が速い光回線の普及に弾みがつく。これはNTTグループ内からも「大いにやってくれ」と言われた。

NTTぷららと言えば、一昔前は「プロバイダ大手」という印象があった。大手プロバイダは数社あるが、プロバイダのなかで特にNTTぷららは、事業領域を大幅に変えた。その理由は、板東氏が”変幻自在”に”様々なカードをめくった”ことにあったのだ。そのためには「自分がイニシアティブをとり、泥をかぶる覚悟も必要」だったと考えると、彼とNTTぷららが描いてきた成長の軌跡が見えてくる。

だが、板東氏は「漠然とどんなカードでもめくればいいわけではない」とも言う。ならば板東氏は、いかにしてめくるべきカードを見定めていくのだろうか。

※本連載は毎週水曜日に掲載します。