2022/7/5

旅行業界のライバルは、同業他社ではない

フリーランス エディター・ライター
月額定額2980円から旅ができるサブスクリプションサービス「HafH(ハフ)」。単なる「お得なサブスク」にとどまらず、「移動の自由化のインフラ」となることを目指しています。その結果、地方創生の契機をつかんでいます。共同創業者の砂田憲治さんと大瀬良亮さんは「あくまで結果のひとつ」と口をそろえますが、HafHの斬新な発想と存在により、多くの地方に送客が行われていることも事実です。(最終回)
INDEX
  • 世界を15周して気づいた日本の魅力
  • JALとの実証実験でつかんだ、地方創生の足がかり
  • 旅行に対する価値観を変えていく

世界を15周して気づいた日本の魅力

大瀬良さんは「HafH」に参画する前、前職の電通時代から社内外で地方創生にまつわる事業に多数携わってきました。それは、地元・長崎への強い思いから始まったものです
大瀬良:長崎に住んでいた頃、地元の人たちが二言目には「この街はもうだめばい」なんて言うんです。いつの時代と比較しているかと思ったら、17世紀の出島の時代だったりするんですよ。でも、いざ長崎から出たら、僕が思っているよりもよっぽどポテンシャルだらけの街だった。電通の面接もその話をし続けて採用されました。
電通に入社後は、PRプロデューサーとして高知県の「高知家」などを手がけながら、社外活動として長崎の地域活動や東日本大震災の復興支援活動に関わりました。2015年からは内閣広報室に出向し、世界中を旅しながら仕事を続けました。
大瀬良:世界を見て思ったのが、日本の地方の街と、世界で有名な街はそう変わらないこと。勝手に「この街はもうだめだ」と思っているだけで、いくらでも魅力はある。
世界を旅しながら仕事をしている人たちは、なんでもない他の国の海の街に滞在しているけれど、僕の父の地元である長崎の五島列島は、とても美しい海があって、おいしいごはんがあって、閉店間際のスーパーで2ドルあれば寿司が10カン買えるし、夜に財布を落としても翌日の朝までそこにあるくらい安全で、コミュニティーもあたたかい。
世界の人に「日本はexpensiveでbusyな場所」と言われたことがありますが、いやいや、魅力的な目的地になる市場がやってくるはずです。僕は、「HafHというプラットフォームを通じて、世界の人を日本のたくさんの地域に届けたい」という思いをプロダクトに乗せています。
長崎にあるHafHの直営1号店「HafH Nagasaki SAI」。本社であり、1階はカフェ&バー、2階がコワーキングスペース、3階が宿泊施設となっている=提供写真

JALとの実証実験でつかんだ、地方創生の足がかり

2022年、HafHが取り組む三大計画のひとつに「交通サブスクをさらに進化させ、HafHを移動も含めた定額制サービスにすること」があります。その試みのひとつとして、2021年8月〜11月の間にJALと連携した「航空サブスクサービス」の実証実験が行われました。
この実証実験は、HafH会員の中から500人限定で「羽田発着1往復の航空券と指定ホテル1泊分を、3カ月のうち最大3回まで利用する権利」を3万6000円で販売するというもの。対象区間は羽田から【新千歳、釧路、山形、小松、南紀白浜、高知、長崎、宮崎、那覇、宮古】の10路線。諸条件はあるものの非常にお得なこのプランは前評判も高く、結果約30分で売り切れることとなりました。
ここで砂田さんが注目したのは、サービスを購入した中で「3回とも行き先を決めていた人」は2割にとどまり、大多数はどこに行くかを決める前に購入していたというところです。
サービス申し込み時に行き先を決めていなかった人が半数以上という結果に =HafH提供
砂田:3回分の旅を購入するかの決定と、どこに行くか決める決定のタイミングがずれるのがポイントです。購入と旅先決定のタイミングが同じだと「じゃあ沖縄に行こう」などになる人が多いんですが、「買っておけばどこかに行くだろう」という旅の形だと、行き先が面白いくらい分散したんです。
上が実証実験、下が通常のJALの行き先。回数が重なると、行き先の傾向も変わることが分かる =HafH提供
実際に「1回め」は人気の北海道か沖縄を選択する人が多かったものの「2回め」「3回め」と回数を重ねるにつれ、どんどん行き先は分散していきました。
砂田:回数を重ねていくと、「どこに行くか決めていなかったけれど、なんとなくテレビで見たことがあるところに行ってみよう」など、優先順位1位以外のところに行き始めることが分かります。予定していなかった地域に行った人は75%もいて、さらに再度訪れたい地域があった人も75%いることが分かっています。「試しに行ってみたら良かった」というきっかけを作ることは、たしかに地方創生につながります。
約8割の利用者が、想定していなかった場所へ旅行する結果に =HafH提供
利用者の8割近くが「再度訪れたい場所ができた」と答えた =HafH提供
HafHの本社はふたりにゆかりのある長崎にあります。HafHユーザーの中には「スターバックスの1号店があるからシアトルに行きたい」という感覚で長崎に訪れる人も増えているといいます。HafHを通じて長崎を訪れた方が、そのまま移住し、地元の農家と結婚したというケースもあるそうです。
大瀬良:そうやって、旅を通じて地方が盛り上がることはたしかにうれしい。でもやっぱり僕たちは地方創生そのものを目的にしているのではないんです。もっと人々が自由に移動ができる世界を広げることを目的としていて、その結果として地方が盛り上がる、というスタンスでいたいと思っています。

旅行に対する価値観を変えていく

2018年にサービスを発表、2019年4月にスタートしたHafH。当初は2020年東京五輪のタイミングでのインバウンド需要を見込んでいましたが、新型コロナウイルスという想定外の事態が発生します。海外展開も見据え、HafH直営の施設を3つほど造る予定で設計を進め、中には着工していたものもありましたがそれもすべて中断、撤退することになりました。
「あれをもし進めていたら、今頃は立ち行かなくなっていたでしょうね」と砂田さんは振り返ります。スタートして1年たたずにコロナ禍で市況が激変したため、「コロナがなければもっと伸びたのか、それともコロナの影響で伸びたのか」、正しい数値を計りかねているのが正直なところだと笑います。
大瀬良:2020年7月ごろに「ワーケーション」という単語が一般にも浸透してきました。僕らが本来目指していた「どこでも働ける」というキーワードに近いというところから、「移動しながら働く」ことをマーケティングとしても強めた結果、それが注目のきっかけになったかなと感じています。
最初はワーケーション需要が多かったですが、そのうち多様に使われていくようになりました。家族単位の旅行での利用もそうですし、在宅勤務が増えたことで、普段はいないはずの夫が家にいるストレスから解放されたいという女性たちが使うケースも増えました。僕はこれを「ポジティブ家出」と呼んでいますが、これに限らず、もっと多様な価値観で使われていくといいな、と思いますね。
砂田:我々の競合は旅行業界他社ではなく、スマホゲームであり、ネットフリックスであり、飲み屋です。これまでゲームしていた時間に旅行する、飲み代で旅行をする、くらいの感覚を一般的にしたいですね。旅がもっとライフスタイルに深く組み込まれ、暮らしと旅が一体化することで、今いる旅行市場だけではなく、もっと大きな住宅市場にもアプローチができると考えています。
アフターコロナに向けた海外展開についても仕込みを再開しています。ユーザーが多い台湾では100以上のホテルと契約。アウトバウンド先としても常にTOP3に入る韓国をはじめ、東南アジア、ハワイ、グアム、太平洋全域などの人気地域へのアプローチは、フルリモートで採用している海外部隊を中心に進めています。
砂田さんは、目先のもうけよりも自分が「こうあったら面白い」という何十年後の世界に向けてのアクションを行い、変化を見据え続けます。そんな砂田さんの視座の高い言葉を分かりやすく世に伝え、あらゆるアクションプランを実行していく大瀬良さん。それに共鳴した人や「なんだかよく分からないけれど面白そうだ」と感じた人が、次々と彼らのもとに集まります。ふたりの無敵のコンビネーションには、時代のうねりをけん引し、世の中の常識を変えていく力さえ感じます。
HafH、そしてKabuK Styleの今後の事業により、世界はどう変わり、今私たちを縛り付ける何から自由になるのか。多様な価値観で生きられる世界はどうなるのか。「自分がこのアクションを起こしたら、世界がどう変わるのかが人生を通じた研究テーマ」――そう語る砂田さん。世界を舞台とした壮大な実験は、まだ始まったばかりです。
(完)