2022/7/5

旅に「定額」を持ち込んだ、新機軸の旅行ビジネス誕生秘話

フリーランス エディター・ライター
「日本サブスクリプションビジネス大賞2021」でグランプリを受賞するなど、注目の旅のサブスクサービス「HafH(ハフ)」。旅をサブスクにするという発想そのものが斬新ではありますが、サービス提供にとどまらない事業展開を試みています。HafHを運営するKabuK Style代表取締役・砂田憲治さんと社長・大瀬良亮さんへのインタビュー、第1回は創業の経緯と事業の仕組みについて伺います。
INDEX
  • 「市場の遅れ」と「DX化の遅れ」をビジネスの契機に
  • アイデア→プロダクト→マーケティング。「問題意識」が一気通貫を可能にした
  • 価格変動をやめれば、宿泊施設はもっともうかる

「市場の遅れ」と「DX化の遅れ」をビジネスの契機に

KabuK Style代表取締役・砂田憲治さん(左)と、社長・大瀬良 亮さん
「HafH(ハフ)」とは「Home away from Home」の略。月額2980円から8万2000円までの5つのプランがあり、サービス内で提供されるHafHコインを使って提携しているホテルや旅館など国内外1000以上の施設に宿泊できるという、旅のサブスクリプションサービスです。ユーザーの75%は20〜30代と、いわゆるミレニアル世代を中心に利用され、旅行市場で厳しい状況が続く中、会員数は3.5万人を突破しました(2022年3月末現在)。
=「HafH」のHPより
KabuK Styleの共同創業者でもあるおふたりは、どちらも旅行業界の出身でも、これまでにサブスクサービスを手がけていたわけでもありません。金融業界で働いていた砂田さんが自身でビジネスを始めるにあたって旅行業界を選んだ決め手は「市場規模」と「DX参入の余地」の2点でした。
KabuK Style代表取締役・砂田憲治さん。片手にパソコン、もう片手にプロテインドリンクを持って現れた
砂田:皆さんが当たり前のように「家」に一番お金を使っているように、GDPで最も大きい割合を占めているのは不動産業です。でもあまりに規模が大きすぎて、なかなか変化が難しい業界でもあります。そこで不動産に近く、業界規模もコロナ禍以前は30兆円前後ある上に(編集部注※ 2018年のGDPに対する旅行・観光産業の寄与額は3677億ドル)、もう少し軽やかに動ける業界として、旅行業界を選びました。
とはいえこちらもJTBという巨塔があるし、古い文化が残っていて、いまだにFAXでのやりとりが主流というところもある。日本国内の宿泊施設の登録数は8万9千施設あるなかで、最大手の楽天トラベルでさえインターネット予約ができるのは4万施設前後です。DX以前にIT化さえされていない業界で、これはやりがいがあると思い参入を決めました。

アイデア→プロダクト→マーケティング。「問題意識」が一気通貫を可能にした

事業化を思い立った砂田さんが声をかけたのが、当時代理店に勤務していた長年の友人・大瀬良さん。ふたりの出会いは約20年前、大学時代に同じバーでアルバイトをしていた頃までさかのぼります。
大学卒業後、金融業界でキャリアを積んだ砂田さんと、電通で地方創生に携わってきた大瀬良さん。同じ大学に通い、ともに長崎の高校出身だったふたりの道は約10年の時を経て、とある夜の食事会から再び交わることとなります。
KabuK Style社長・大瀬良 亮さん。取材場所にはサングラスで軽快に現れた
大瀬良:砂田とはさまざまな話をしましたが、どの市場においても特に問題意識として持っていたのは、日本は人口減少や少子高齢化の問題を抱えていて、社会の構造ごと変えていかないとどんどん暗くなる一方だということ。
当時僕は電通で働いていて、政府に出向して世界を回り、旅先がオフィスのような感覚で暮らしていました。今はライフスタイルが大きく変わりつつある過渡期。自分と同じような感覚の人が増えているのを感じ、そんな時期にもっと人が移動しやすい仕組みを作るのは面白い動きになるなと。僕の経験やキャリアも彼が目指す市場変化に役立つだろうと、砂田の構想に力を貸したいと思いました
アルバイト時代、砂田さんはバーテンダーで、大瀬良さんは接客担当でした。砂田さんは表に出ず中でプロダクトを作って、外がどういう雰囲気になるのか見るのが好き。大瀬良さんはお客さんの話を聞いて、そのプロダクトがどうだったかを砂田さんに伝える。「バイト時代と今、やっていることは変わりません」と大瀬良さんが言うように、砂田さんの事業アイデアを受け、大瀬良さんが世の中の流れに乗せていきます。
かねてから交流のあった「GO」のクリエイティブディレクター・三浦崇宏氏に相談し、スタートアップ支援企業として契約。ここで「HafH」という名前が生まれます。さらに、友人でもある「Makuake」共同創業者・坊垣佳奈氏に相談し、サービス立ち上げのプレスリリース代わりにMakuakeの応援購入を募って話題化するなど立ち上げと同時に多くの認知を獲得し、スタートアップ界でも注目される存在となりました。

価格変動をやめれば、宿泊施設はもっともうかる

話題となるサービスの核となっているのは、砂田さんが考案した「HafH」の定額モデルです。飛行機やホテルの価格、旅行パックといった旅行関連のサービスは、需要と供給に応じて価格を変動し「適正価格」で販売する仕組み=ダイナミック・プライシングを採用しているところが多く見られます。20年ほど使われているビジネスモデルですが、HafHはこれを採用せず、閑散期でも繁忙期でも月額定額がぶれることはありません。
砂田:ユーザーの行動をグルーピングしていき、1000人、1万人と集まってくると、だいたいの行動パターンが読めるようになります。つまり、HafHがどのくらい旅客を供給できるのかが予想できるようになる。これにより宿泊施設向けに「この時期にこのくらいの人を送客することができます」とお約束できるようになるわけです。そうすると宿泊施設側は売り上げが読めるので経営が安定し、ダイナミックに価格を調整する必要もなくなり、あとはコストをマネジメントすればいい、という経営ができるようになるんです。
施設稼働率の差が出すぎないよう、「旅行は土日にするもの」という固定観念を崩し、毎日のライフスタイルに旅を自由に組み込んでもらえるようなユーザー向けキャンペーンや施策を立てているのもHafHの特徴です。
また宿泊施設にも、「周囲の施設をライバル視するのではなく、連合して安定すべきである」ということを日々啓蒙していると言います。
砂田:世界規模に展開しているホテルチェーンは別として、宿泊事業者単位で考えると、全体の需要を読むのは難しい。特に地方にある旅館の場合は、つい隣の旅館をライバルと思ってしまいがちです。でも、そもそもそれは「この場所に来る人」の奪い合いでしかありません。地域全体で連合し、データを読み、「この場所に来る人の母数」を増やしたほうが地域全体で全員がもうかるということは、我々が旅のインフラとなるうえで啓蒙し続けなくてはならないことです。
宿泊施設を支援する試みは、2022年にHafHが行う大きな取り組みのひとつとして3月末に発表されたばかりです。宿泊施設のDXを全面的にサポートし、パートナーとしてデータに基づいた課題解決サービスをリリースする計画が進んでいます。
砂田さん愛用のパソコン。年季の入ったHafHのステッカーが貼られている
毎月定額で、好きなときに世界の好きな場所で生活するためのプラットフォームを目指して作られた「HafH」。単純なサービス提供にとどまらず、旅行業界を旅行者と宿泊施設の両面から捉え直し、新しい発想に導いています。
固定観念から問い直すことでつかんだビジネスの契機。この発想は会社経営にも生きています。次回、「バイアスに縛られない」考え方から生まれた経営スタイルを見ていきます。
Vol.2に続く