2022/7/12
【山口周】ノウハウよりも「価値観」のアップデートが必要だ
PwC Japanグループ | NewsPicks Brand Design
ステークホルダー資本主義、ESG、カーボンニュートラルなどさまざまなビジネス環境の変化から、社会の持続可能性に配慮した「サステナビリティ経営」に転換する必要性は、ここ数年で認知されてきた。
しかし、経営層と現場の視点の乖離や、短期的な指標で成否を判断できないことなどを理由に、具体的な戦略への落とし込みに苦戦する企業も多いのも現実だ。
著書『ビジネスの未来』で「環境問題や貧困・格差など、経済合理性の外側にある課題を解決することがビジネスに問われている」と指摘した山口周氏と、サステナビリティ経営の指南書『2030年のSX戦略』を上梓したPwC Japanグループの坂野俊哉氏、磯貝友紀氏に、サステナビリティ経営に必要な思考法と、壁に直面した際の突破法を聞いた。
INDEX
- サステナビリティ経営は「成長」を否定しない
- 重要なのは根本的な「価値観」
- 市場の「美意識」を鍛えることが必要になる
- 企業のメッセージが、消費者の価値観を育む
サステナビリティ経営は「成長」を否定しない
──なぜいま社会や環境の持続可能性に配慮したサステナビリティ経営への転換が求められているのでしょうか。
坂野 これまでの企業の利益の構造には、地球環境や社会に負荷をかける「外部不経済」が織り込まれてきませんでした。環境価値、社会価値、経済価値は別ものと考えられ、企業は経済価値の範囲内で環境や社会に対する配慮を行ってきました。
しかし、自然の自浄作用で対処できる範囲はすでに超えてしまっており、これ以上環境や社会が毀損されると企業活動も成立できません。
これは、「親(環境価値)」「子(社会価値)」「孫(経済価値)」の3世代の亀が重なっている様子をイメージすると理解しやすくなります。
親亀である環境が毀損されれば、子と孫である社会や経済も一緒に転んでしまいます。
具体的には、原材料の高騰や調達そのものが困難になることなどが起こり得るのです。これからは、地球や社会にかけた負担を元に戻していくことが企業経営の必須条件となります。
山口 顧客の課題が数多く存在した高度経済成長期やバブル期とは異なり、いまは既存の経済合理性の範囲内でなんとかできる課題は、ほぼ解決し尽くされています。
これまで経済合理性の外側にあった問題、要するにコスト的に割に合わない問題に企業が取り組んでいくには、根本的な変革が必要です。
ESGやカーボンニュートラルの潮流は、つまりサステナビリティという新しいルールが形成されたということ。新しいルール下での競争で有利になるのは、そのルールに適した戦術を持つ者です。だからこそ日本企業もなるべく早く取り組み、勝つための戦術を蓄積する必要があると思います。
磯貝 おっしゃる通りで、サステナビリティ経営は、決して「成長」を否定するものではありません。
サステナビリティはコストであり、力を入れるほど利益を圧迫すると考える経営者はまだまだ多い。ですが、これまで企業が知らない誰かに押し付けてきた外部不経済を内部化し、親亀と子亀を守りながら利益を出し続けられるビジネスモデルに転換することは十分可能です。
「親亀・子亀と共存する」というルールのもと成長を志向する企業に転換するためにも、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)が今後の経営の最重要課題であると捉えています。
重要なのは根本的な「価値観」
──実際に日本企業へのコンサルティングに携わるなかで、どのような課題がありますか。
磯貝 日本企業の経営層と接するなかで、「サステナビリティ経営の必要性についての証拠やデータ、事例を示してほしい」と言われることがよくあります。
もちろんある程度のデータは示せます。ですが、そもそもサステナビリティは過去の延長ではなく非連続の未来なので、過去のデータだけで判断すると道を誤ってしまうことがあります。
サステナビリティ経営を企業が実現するためには、「過去のデータ」に頼るばかりではなく、新たな価値観に基づいた意思決定が必要になると考えています。
山口 書籍『2030年のSX戦略』では、単なるノウハウではなく、「価値観」のアップデートの必要性を訴える磯貝さんや坂野さんの強い情熱、いわば「執念」 のようなものを感じました。
過去の成功体験から脱却し、「価値観」をアップデートできた企業が未来をリードする存在になれるのだと思います。
近年は、立派なパーパスを定める企業が多く出てきていますが、価値観の見直しをしないまま、いくら崇高なパーパスを掲げても、それは市場や顧客には響きません。
価値観のアップデートと同時に、バランスシートには載らない総合的なケイパビリティが問われており、積み上げてきた信頼とアセットがモノを言う時代になっています。
磯貝 まさにその通りで、サステナビリティ経営はいかに適応力を高め、社会との信頼を築いていくかに行きつくと思っています。
「執念」と言っても良いかもしれませんが、日本企業にサステナビリティに本気で取り組んでもらいたいという一念で書き上げました。
以前、エシカルな製品開発に取り組んでいる欧州のスマートフォン企業の幹部が、サプライチェーン上の人権問題はビジネスリスクではなく社会問題であると話していたのが印象に残っています。
一企業だけで解決するのは難しい問題もあるので、いかにステークホルダーやサプライチェーン上の企業を巻き込んで取り組んでいけるかが重要だということでした。
同社は原材料の調達から顧客がスマートフォンを利用するまでのバリューチェーン全体で、サステナビリティを軸にして事業を展開しています。
そうした一つ一つの課題に真摯に取り組む企業は、仮になんらかの問題が起きたとしても、世間から叩かれるのではなく、解決のためにどうすべきかを社会と対話できるようになります。重要なのはノウハウやハウツーではなく根本的な「価値観」で、それが揺るがなければ大きく間違うことはないはずです。
山口 そうした新たな価値観を育むためにも、リベラルアーツが求められているのかもしれません。ルールや道徳には絶対的な基準があるわけではなく、常に進化してきました。
問いや思考を生むきっかけとして世界に新たな可能性を示す「スぺキュラティブ・デザイン」という思考法がありますが、これまで「当たり前」の価値観に疑問を投げかけるのは主にアートの役割と考えられてきました。
しかしいま、ビジネスパーソンにもこうしたアプローチを取り始める人が増えていると感じます。常識とされる価値パターンから一歩離れて、新たな選択肢を考えることがビジネスにおける壁を突破するための知的な姿勢なんです。
市場の「美意識」を鍛えることが必要になる
坂野 私は日本企業に根付いてきたさまざまな価値観の中で、特に「顧客至上主義」が転換点に来ていると感じています。
消費者がサステナビリティに共感してお金を払ってくれるようになる日を黙って待つのではなく、企業が能動的に人々の意識を変えていくアプローチが必要です。
若い世代を中心にサステナビリティを自分事として捉える人は増えていますが、そうした世代の価値観を理解することが非常に大切になると思います。
山口 おっしゃる通り、目に見える市場のニーズに応えるだけではイノベーションは見込めません。
たとえば、日本の消費者は欧米に比べると環境意識が希薄なので、日本企業が日本の消費者向けに製品を設計すると、海外で評価されずスケールが難しくなるでしょう。
日本企業には自国の消費者に合わせた製品をつくるだけでなく、日本市場の美意識を鍛え、啓蒙的に育てていく発想が必要ではないでしょうか。
磯貝 ルールも市場も必ず変わるので、後追いではダメなんですよね。そんなことをしているうちに、海外で登場した脱炭素やサーキュラーエコノミーを実現した商品に市場を奪われてしまいます。
いまはまだ再生資源より有限資源を使う方が安いかもしれませんが、技術開発が進み、資源価格の上昇が続けばいずれ逆転します。コスト的にもメリットが生じるのは明らかで、その時になって慌てて着手しても遅いのです。
山口 マーケットが持つサステナビリティに対する感度が、そのマーケットに属する企業の競争力までを左右する時代になってしまっていますよね。
日本企業にとっては国内シェアが高いほど環境価値の認識も難しくなって、それがグローバル進出の足かせにもなってしまうのだと思います。
企業のメッセージが、消費者の価値観を育む
磯貝 日本における環境意識の低さの原因のひとつに、NGO(非政府組織)のプレゼンスが弱いという問題があると思います。
世界では社会課題に関する感度が高いNGOが企業やメディア、政府よりも「エシカル(倫理的)」であると認識されているという調査結果(※)もあり、NGOが発信する情報が信頼される傾向があります。
(※)Edelman, “2021 Edelman Trust Barometer.”「エシカル(倫理的)」であるとされるスコアは「目的主導型」「誠実」「ビジョン」「公平」の4項目からなる。
これに対し日本では、政府と大企業が発信する情報が信頼されやすい傾向があります。これは国民性の違いから来るものだと思われますが、大企業がこの傾向をうまく活用すれば市場を啓蒙することは難しくないはずです。
山口 いま日本の広告市場は約7兆円近い規模になっており、これは政府が持つ広報予算と比べて大きく上回ります。
企業が打ち出すメッセージは世の中のスタンダードを作ったり、消費者の価値観を育んだりするうえで非常に大きな影響力を持ちます。企業はこのパワーを、市場を育てることに活用してほしいですね。
磯貝 日本の経営者からは、「欧州は自分たちの都合の良いようにルールを作り変えていてずるい」という不満を聞くことが多々あるのですが、これを機にもっと積極的にルールメイキングに参加してもいいと思います。
日本の大企業は十分その力を持っているのに、自分たちの力を過小評価しているのではないでしょうか。
坂野 長い歴史を持つ企業ほど事業ポートフォリオが多岐にわたるので、ステークホルダーも多く、大胆に事業を変えていくことが現実的に難しい面はあるでしょう。
それでも、「やらされ」ではない内発的なSXを進めていくことは成長を継続していくために不可欠で、長期的に到達するべき北極星をはっきりと特定していかなければなりません。
磯貝 そのためには短期的な利益を捨てざるを得ないことも当然出てきますが、目の前のトレードオフであきらめないことが重要です。
企業はコスト増や投資を回収できないことを恐れますが、その多くは向こう2〜3年の売上増とコストしかみていません。長期的な利益や、サステナビリティ経営に舵を切らなかった場合のリスク(機会損失)は考慮できていません。
たとえば、環境負荷の少ない製品を開発できれば新しい市場を獲得できる(売上機会の拡大)だけでなく、既存客が環境負荷の低い他社製品に乗り換えることを防げます(売上減少リスクの回避)。
また、将来の環境規制に対応するコストや、環境に配慮しない企業という悪評に対応するためのコスト、気候変動による資源枯渇で調達コストが上がるリスクも回避できるでしょう。
投資で見込める「売上機会の獲得」「長期的な利益増」「長期的なコスト減」を合わせた「成長」が、現状維持を続けて脱炭素社会に合わなくなった際の「売上減」や「コスト増」という機会損失のリスクを上回るSXの方程式を描ければ、成長をあきらめないトレードオンのサステナビリティ経営は成立します。
坂野 将来を正確に予測することは不可能ですが、ビジネス環境は3つの視点から、ある程度の予測は可能です。
それは、「ルール」「人の価値観」「テクノロジー」という3つの変化です。これらはこの先10年ぐらいのトレンドが見えているので、そこからある程度のシナリオは描けます。
表面的に事象を追うのではなく、自身の目で未来を見据える力を養うことが、SX成功のカギとなるはずです。
──サステナビリティ経営を実践する日本企業を増やすために、コンサルティングファームにはどのような役割が求められると考えますか。
坂野 さきほど山口さんから、現状を受け入れるだけでなく批判的な見方や異なる視点が必要というお話が出ましたが、まさに「新たな視点」を提供することがコンサルタントに求められる役割です。
ただ、安全な場所から批判するだけでは意味がないので、どう行動すべきかを共に考え、並走する存在である必要があります。
その企業が取り組むべきSXの思想、概念を整理し、実現までのインパクトを明確化し、実践するための長期的なフレームワークと具体的手法を提供する。そして長期的な視点をもったルールメイキングに寄与することが求められていると考えます。
磯貝 私たちのチームのミッションは、社会のチェンジメーカーになることです。
社会にインパクトをもたらすことは政府でもNGOでもスタートアップでも十分可能ですが、私たちは最も影響力のある大企業の在り方を変える、新たな価値観を育むことで、社会を変革しようとしています。
企業が求めることを実現するだけでなく、私たちはその先のあるべき姿を明確に持ち、価値を生み出していきたいと考えています。
執筆:森田悦子
撮影:赤松洋太
デザイン:小谷玖実
編集:君和田郁弥
撮影:赤松洋太
デザイン:小谷玖実
編集:君和田郁弥
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