2022/7/1

【石川】「できない」と言わない副業者が老舗から学んだもの

ライター
看板商品の低迷と新型コロナ禍での売り上げ激減に見舞われた石川県輪島市の老舗菓子店「柚餅子総本家中浦屋」。新商品のプリンのオンライン販売を拡大するため、EC(ネット通販)やデジタルマーケティングなどに精通した都会のビジネスパーソンに、オンライン副業の形で参加してもらうことになりました。副業者と既存スタッフが理解を深め合った結果、看板商品の再評価にもつながりました。
INDEX
  • 副業収入は月数万円。でもやりがい求める
  • 売り上げ目標15倍、実現「無理」と社長も思った
  • 経営情報も役員報酬もガラス張りに
  • 既存スタッフに刺激、一方で葛藤も
  • 老舗が大切にする「お客様目線」に学び
  • ECでの販路拡大、柚餅子の再評価も
中浦政克社長

副業収入は月数万円。でもやりがい求める

2020年後半、中浦屋の中浦政克社長が、都会のビジネスパーソンと地方企業との交流イベントに参加すると、11人が中浦屋での副業を希望しました。アマゾンやヤフーといった有名IT企業の社員や、会社役員として経営にかかわる人もいました。
中浦屋は副業者を雇った経験がないから、賃金の相場がわかりません。イベントを取り仕切った「リクルートキャリア」の担当者に聞くと、「10万とか15万円だと、時間を使ってしっかり仕事をするイメージです。週末1日とか、余暇時間に仕事をしてもらうと考えると数万円ではないでしょうか」と助言されました。
中浦社長は11人とのオンラインの個別面談の際、直接雇用ではなく、月額数万円での業務委託契約という形を提示しました。みながそれを受け入れました。
「自分の経験を積みたいので」「次のキャリアに生かしたい」「自分でもやってみたいことなんで」
そう言ってポジティブに応え、なかには「お金はいりません」という人もいました。「収入を補うため」という人はゼロでした。
面談の結果、ECサイトやデジタルマーケティングが得意そうな5人を選びました。
中浦屋のECサイトのトップページ

売り上げ目標15倍、実現「無理」と社長も思った

5人の部署は「デジマ次世代創造室」と名づけました。
「デジタルマーケティング」と、鎖国時代も外国に開かれていた長崎の「出島」にあやかり、「中浦屋の出島として、次世代を創造する」という思いをこめました。
コロナの流行で、5人が輪島を訪れることはできません。2020年11月、中浦社長ら輪島側のスタッフ5人とオンラインで顔を合わせて「デジマ」プロジェクトがスタートしました。
中浦社長が驚いたのは、副業者になにを質問しても「わからない」「知らない」と答えないことです。「すぐ調べます」とその場で調べて回答が返ってくる。
中浦 「都会の大きな社会でがんばっている。たたかうためのベースの知識がある人たちでした」
副業メンバーとのオンライン会議の様子(提供・柚餅子総本家中浦屋)
プロジェクトの目標は「ECサイトの月間売り上げ150万円」としました。
当時の中浦屋のECサイトの売り上げは月10万円程度です。「150万は不可能なのでは」と中浦社長は内心思っていました。笑いながらこう振り返ります。
「5人の勢いがすごいから高い目標をかかげました。『知りません』『わかりません』と言わない彼らに『できませんでした』って言わせたいなあって、少しだけいじわるな気持ちもありました」

経営情報も役員報酬もガラス張りに

最初の半年は週1回、その後はペースを落とし、2週間から1カ月に1度オンラインで会議を開きます。
都会の企業で活躍する5人はデータ分析を重視します。
「ECの売り上げの割合は?」「商品別の売り上げは?」「各商品の利益率は?」
中浦社長は質問攻めにあいます。決算書も人件費も役員報酬も公開しました。
「覚悟して経営情報をすべて見せました。かつてないガラス張りの会社になってしまいました」
副業者に大切な経営情報を開示するなんて、ふつうでは考えられません。既存の社員が反発してもおかしくありません。
takasuu / iStock
実は中浦屋では2020年から、パートを含めた全社員と銀行の担当者を集めて「決算説明会」を開き、役員報酬もふくめてガラス張りにしていました。その際はこんなオープンなやり取りをしていました。
「この部門の売り上げが10パーセント増えると、賃金にこれだけ還元されます。利益率がこうなったらこれを賃金に振りかえます。みなさんの賃金は○パーセント上がります」
「業績が悪化したら役員報酬から削る。改善したらみなさんの賃金を先に上げます」――。
社員に経営情報を開示して信頼関係ができているから、副業のスタッフにも情報をすべて公開できたのです。

既存スタッフに刺激、一方で葛藤も

「競争のない輪島で育った既存スタッフには『人生観がまったくちがう』と驚いた人も多かったと思います」
中浦社長はそう振り返ります。
一方、「デジマ」の副業者があまりに専門知識が豊富でエネルギッシュであるがゆえに、既存スタッフとの間に葛藤も生じました。
輪島のスタッフも「デジマ」のミーティングに参加しましたが、ECの話題では専門用語や横文字が頻繁に飛び出します。
「言語がちがってスタッフが理解できず、なかなか話し合いになりませんでした」
議論が熱を帯びると、「ここはどうなっていますか?」と、社員に質問が飛びます。
社員の側は手間暇をかけて回答しますが、それがどう生かされるのか理解できません。
「めんどくさい」と感じ、「社長のほかにへんな上司ができた」という印象を抱いてしまいます。
「デジマ」の5人の議論は、直接の担当であるECやデジタルマーケティングだけでなく、新店舗の計画やブランドイメージづくりなど、経営企画の分野にまで食いこんでいきました。
「ちょっと待って。それは(あなたたちではなく)こっちが調整するから」と、中浦社長がブレーキをかけることもありました。
5人の勢いに圧倒されがちな社員に中浦社長は語りました。
「情報量では勝てんから、君たちは笑顔と包容力で勝とう」
能登には、外からの客や、見知らぬ人をもやさしく包みこむ独特の文化があり、「能登はやさしや土までも」と表現されます。
巨大なキリコが海中を乱舞する「宝立七夕キリコ」=珠洲市の見附海岸で2011年8月、藤井満撮影
「キリコ」と呼ばれる巨大な灯籠が練り歩く祭りの夜には、家を開け放って、見知らぬ人にもごちそうをふるまいます。そうしたホスピタリティーが能登の一番の魅力です。
「包容力で勝とう」というのは、既存社員に対する口先だけのなぐさめではなく、中浦社長の本音なのです。

老舗が大切にする「お客様目線」に学び

5人との定期契約は2021年11月に終了しましたが、このうちECサイト運営やデザインを担当する2人とは契約を継続しました。ほかのメンバーも業務ごとに仕事を請け負ってもらうことにしました。
請負業務の第1号は、外部に提出する報告書づくりでした。中浦社長も社員もそういった作業の経験は少なく時間がかかりそうです。
「1日悶々と考えて、半日かけてつくるしかないなぁ」と中浦社長は思っていました。
ところが「デジマ」のメンバーに発注すると1時間半で完成品が送られてきました。
定期契約は月数万円、請負業務の時給は学生アルバイト程度です。なのになにが楽しくて、5人は中浦屋にかかわりつづけるのでしょうか?
ECサイトの運営を担当する東京の松岡留美さん(40代)は金沢市出身です。外資系メーカーなどで、ECサイトの立ち上げやマーケティングにかかわってきました。複数の企業の相談にものってきました。
「長期的にとりくめる会社はないかな」と考えているとき、中浦屋も参加した社会人向けのインターンシップ交流イベントを知りました。「ふるさとの企業に役立ちたい」と副業に手を上げました。
ECサイトは全国が対象です。利益を上げるためには、送料を無料にしたり、おまけをつけたり、通販だけで売る商品をつくったり、といった方法があります。
副業の松岡さんたちは、戦略的・効率的に利益を増やす方法を設計し提案します。
一方、店頭に立つ輪島のスタッフは目の前の顧客を何よりも大切にします。
「ECで買うお客様よりお店で買うお客様が損するようにはしたくない」
輪島のスタッフはそんな思いを副業の5人に伝えました。5人が最善と思うものと、輪島のスタッフの思いを手探りで少しずつ近づける作業がつづきました。
松岡 「お店に来るお客様が損をする形にはしたくない、というのは私にはない発想でした。お店のお客様を大切にすることが中浦屋さんの信用を築いてきた。お客様を大切にするという思いをどうサポートするかが私たちのやるべきことかな、と思うようになってきました」
輪島のスタッフが副業者から刺激を受けたように、副業の松岡さんたちもまた輪島のスタッフから学ぶことがあったようです。
kyonntra / iStock

ECでの販路拡大、柚餅子の再評価も

副業者たちの尽力で、ECサイトの見栄えは大きく変わりました。健康を気づかう消費者にアピールするため、商品のカロリーや原材料などの情報も加えました。
その結果、売り上げはどれくらい伸びたのでしょう?
プロジェクト開始から1年たった2021年11月、目標の150万円には届きませんでしたが、当初の5倍の50万円に達しました。
ECサイトの利用者は若者が多いから、プリンが売れると予想していましたが、実際は、プリンを味わった人が、食べたことがない丸柚餅子(まるゆべし)を試食のために購入し、ECサイトの売り上げの6割を柚餅子が占めました。伝統菓子の柚餅子の再評価にもつながったのです。
提供・柚餅子総本家中浦屋
2022年は、柚餅子などを手軽に味わってもらえるように、送料込みのお試し商品の拡充をはかっています。
1個2000〜3000円の丸柚餅子は、送料だけで800〜900円もしますが、「切れている柚餅子」にすれば送料は500円程度ですみます。
中浦 「ECサイトを充実させることで、試食したいという需要があることがわかりました。季節ごとのDMや有料広告など、まだまだ手がけていないことが多い。売り上げ150万円達成までがんばります」
実現不可能に思えた「150万円」という目標は、中浦社長の射程圏内に入ってきたようです。
(完)