アスリート解体新書

アスリート解体新書・連載第9回

常識を覆すイチローの股関節の使い方

2014/12/1
一般的に野球の指導では、スイングは「背骨を軸にして腰を鋭く回せ」と教えられる。だが、この常識を壊した打者がいる。日米通算4000本安打を達成したイチローだ。西本直によれば、イチローは背骨という1つの軸ではなく、股関節における球関節を巧みに使い分けて2つの軸でスイングを行なっている。イチローのバッティングの極意とは?
イチローはタイミングをずらされても、股関節における2つの球関節を軸として使い分けることで、強い打球を実現させている(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

イチローはタイミングをずらされても、股関節における2つの球関節を軸として使い分けることで、強い打球を実現させている(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

スイングにおける軸に注目

今回は去就が注目されているイチロー選手のバッティングにおける股関節の使い方から、「スイング系の動作における軸」という概念を考えてみたいと思います。

イチロー選手個人のプロフィールや実績に関しては、改めてご紹介するまでもないと思いますので、ここでは割愛させて頂きます。

現在41歳ですが、彼に関しては一般的に年齢から考えられる肉体的な衰えは、とりあえず考える必要はないと思います。

加齢によって衰えてくることで一番大きな問題は、まず「心肺持久力」と「筋持久力」、そして「バランス感覚」だと思います。

そのすべてにおいて20代の頃と引けを取らない状態を、20年以上にわたって維持どころか向上させ続けている努力は、常人には成し得ないものだと思います。

天才といってしまうことは簡単ですが、彼の確固たる理論に基づいた自己管理やトレーニングを継続することなくして、今の彼を語ることはできないと思います。

彼のそういう部分に関しては、多くの書籍等で紹介されていますのでそちらに譲るとして、私はイチロー選手が、なぜ日本人の中でもそれほど大きくない体で日米通算4000本ものヒットを打ち続けることができているのかを、「スイングにおける軸」という観点から分析していきたいと思います。

一般的に持たれているコマのイメージ

軸という言葉から、ほとんどの方は直線状の棒のようなイメージを持たれるのではないでしょうか。

コマが回っている状態をイメージして頂くと、コマの形がきちんとした真円に近く、その中心に真っ直ぐな心棒が入っていることがよく回る条件となります。

子供の頃、喧嘩ゴマを買うために木工所に通い、ろくろを回しながら真剣にコマ作りをする職人さんの手元を見つめていたことを思い出します。

話がそれましたが、それくらい回転するコマの軸となる、心棒の入り方は重要だったのです。真っ直ぐであればあるほど、綺麗に回り続けることができるのですから。

そういう意味でいうと、フィギュアスケートの3回転だ4回転だなどというジャンプでは、この直線的な回転軸が最も重要になります。この軸が地面と垂直でなく傾いていたとしたら、回転の数も制限され、着地の姿勢も崩れてしまうことになります。

野球における回転軸の先入観

では野球のバッティングにおける回転動作には、どういう軸のイメージが必要なのでしょうか。

野球の経験がある方はこういう指導を受けたことがありませんか? 「構えたところで背骨を軸にして腰を鋭く回せ」と。ここで出てくるイメージでは、軸は背骨という1本の直線ということになります。

現実には背骨は1本の棒状のものではなく20数個の椎骨の集合体ですが、軸を直線的な棒状のイメージで捉えることが当然だと思っている我々にとっては、指導している側とされている側が、共通認識を持ちやすいという意味でも、一般的に使われてきた言葉であり概念だと思います。

もし背骨がスイングにおける回転の軸であったとしても、打ちに行くとき、投手方向に踏み出すという動きの中で、構えたその場に居続けることはできません。

さらには向かって来るボールの高低や内外というコース、またスピードの緩急によって簡単に軸を崩されてしまいます。

逆に言えば、その軸を崩すことが投手として打者を打ち取る、最も有効な手段でもあるわけです。

指導者の中には、その軸の位置を背骨という体の中心ではなく、右打者であれば捕手側にある右足が軸足だという表現をする人もいます。

ここでいう軸足は、ぐっと踏ん張るという意味での軸足であって、決して回転動作における軸という概念でないことはお分かり頂けると思います。

そういう意味では投手方向に踏み込んだ左足の方が、実際の回転動作においては回転軸に近いかもしれません。

背骨、右足そして左足、それらはすべて棒状の直線のイメージです。

目の覚めるような打球を打ったときのスロー再生画像を見ると、右足で踏ん張り左足に重心が移動し、背骨を中心に回転することによって得られたパワーが、余すところなくバットからボールに伝わっているように見えます。

打者はそれを理想として日々練習を繰り返しているのです。

しかし、結果としてプロの世界でも、10回の打席で3回ヒットが打てれば一流と呼ばれるのが現実です。後の7回は打ち損じるか、当たりは良くても打球が野手の守備範囲であればアウトという結果に終わってしまいます。

ヒットであっても練習で身につけてきたスイングではなく、結果オーライのものもあります。

イチローの回転軸は背骨ではない

ではなぜイチロー選手は、長きにわたって超一流であり続けているのでしょうか。

私はその秘密を彼の股関節に見出しています。

もちろん本人に聞いたことはありませんが、彼のスイングには棒状の軸が見えません。

股関節という球関節を使っているからです。

とんかつ屋さんに行くと、胡麻を自分ですり潰すための、すり鉢とすりこぎ棒を用意してくれているところがあります。

すりこぎ棒自体はまさに棒状の直線的な形状ですが、その先端が丸く作ってあることで、すり鉢の中でどんな角度になろうとも、目的である胡麻をすり潰すということが簡単にできるようになっています。

股関節においては、クランク状になった大腿骨の先端が球形になっており、それが球関節と呼ばれる所以です。

イチロー選手は、これを応用してというと語弊があるかもしれませんが、股関節という大きな球関節を回転動作の主役とすることで、どんなに体勢を崩されて棒状の軸が使えなくなったとしても、投手の投げたボールに対して鋭い打球を打ち返せるだけのエネルギーを生み出すことができているのです。

棒の軸ではなく球関節で振る

例えば変化球を予測してタイミングを計っているところに、150キロを超えるストレートが来たとしたら、当然ボールを捉えるインパクトのポイントは後ろになります。差し込まれたという状況です。

棒状の軸であれば、強い回転を生むことができず、たとえバットにボールを当てることができたとしても強い打球を打つことはできないでしょう。いわゆる振り遅れという状況です。

ここでイチロー選手は、打者が理想とする「両方の股関節を同時にすり潰すように回転させることで下半身から上半身を捻り上げるように連動させ、最も大きな回転エネルギーを生み出す」という動きを諦めます。

 9_股関節を回転軸としたスイング

そして左打者ですから、差し込まれているため使えなくなった右の股関節ではなく、重心の残っている左の股関節のみに意識を集中して回転させることで、バットのヘッドを走らせ、左方向(三遊間や三塁線のライン際)へ、鋭く抜けていくヒットに結びつけることができています。

逆に150キロのスピードボールを予測しているところに緩い変化球が来たとしたら、重心はすでに投手方向の右足に移りかけいて、やはり両方の股関節を同時に使うことができません。

いわゆる投手方向に体が泳がされた状態ですから、後方の左の股関節は使えない状況となります。

ここでは重心が移動した投手側の右の股関節だけを回転軸として、同じようにバットコントロールができる。本人は嫌っているようですが、「天才的な体の使い方」としか言いようがありません。

関節には肘や膝のように、曲げたり伸ばしたりという動きの蝶番関節もありますが、股関節は大腿骨の骨頭が丸い球の形をしていることで球関節と呼ばれ、下半身と上半身をつなぐ重要な役割とともに、どんな角度であってもすり鉢の中のすりこぎ棒のイメージで力を生み出し、下半身の力を上半身に伝えてくれる便利な形状をしています。

そのお陰で、きちんと股関節を意識して使うことができれば、イチロー選手のようなバッティングが可能となるのです。

股関節への意識だけでスイングが変わる

イチロー選手も試合前のバッティング練習では、タイミングの合うボールを投げてもらい、まさに理想の体の使い方である「両方の股関節を同時に捻転させて下半身を回転させる」ことで最大のパワーを生み出しています。それを上半身から腕を通してバットのヘッドまで余すところなく伝え、並み居る大男たちに混じっても、遜色ない飛距離の打球をスタンドに運んでいます。

試合展開によっては「この打席は狙ってもいいよ」という状況の中で、体の能力のすべてを使った一発狙いのスイングで、大きなホームランを打ってくれることもあります。

他の打者も、棒状の軸を意識していたとしても、実際に回転の軸となってパワーを生み出しているのは球関節である股関節なのです。

その体の仕組みというか機能をきちんと理解し、股関節をもっと意識して有効に使えるようなスイングを追求していけば、バットスイングの軌道をコントロールできるようになり、ヒットを打てる確率は間違いなく上がってくると思います。

前回記事にしたゴルフのスイングでも同じですが、回旋系の動作は、すべて股関節が生み出すパワーが源になっています。

この股関節をうまく使えるようになるためには広背筋を使って……と、話はすべて繋がってきます。

少し難しい話になったかもしれませんが、連載記事を過去記事から読み返して頂ければ、私の話も理解しやすくなると思います。また私のブログもあわせて参考にしてください。

回旋系の動作における軸を回すという概念は、棒状の直線的なものではなく、股関節という二つの球関節を使って行うもので、直線的に見える軸はその結果に過ぎないという事実を理解して頂けたでしょうか。

イチロー選手が特別な存在であることは間違いありません。

しかし我々も同じ人間です。股関節をパワーの源とするイメージは、等しく持つことができるはずです。

今からでも遅くありません。草野球の安打製造機として、ヒーローを目指してみませんか。

*本連載は毎週月曜日に掲載する予定です。