[YF]世界を翔けるバナー_1131

憶測を呼んだ「早退」 背景にウクライナ危機?

ロシア:プーチン大統領、G20「早退」の謎を追う

2014/11/28
 オーストラリア東部ブリスベーンで開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)最終日の11月16日午後1時過ぎーー。ヒルトンホテルの小ぶりな会見場に現れたロシアのプーチン大統領は明らかに精彩を欠いていた。顔は青白く、目の下には深いくま。せきで話を中断する場面も2、3回あった。プーチン氏は20分ほどで会見を切り上げると空港へ直行し、遠くモスクワへの帰路に就いた。なぜサミット閉幕を待たずに「早退」したのか。ウクライナ危機を巡って欧米の首脳から受けた批判に不満を抱いたからではないか、とも言われた早退の背景。果たして真相はーー。ロシア情勢を現場から追う記者がこの謎をロシアの今後の動きと共に読み解く。
[YF]DSC_3172_600px補正済み

G20サミットを総括する記者会見に臨むロシアのプーチン大統領。顔色が悪く、精彩を欠いていた=オーストラリア東部ブリスベーンで2014年11月16日、毎日新聞提供

遠距離外遊の収支はプラス?

初冬のモスクワから晩春のブリスベーンまで直線距離で約1万4000キロ。「最も遠距離の外遊の一つ」(タス通信)となったG20サミットの直前、プーチン氏は北京で10、11の両日開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議にも参加した。中国の習近平国家主席と会談し、ロシア産天然ガスの対中供給拡大など17の合意文書に署名。日本の安倍晋三首相とも会談し、自身の訪日の日程を「来年の適切な時期」とすることで合意した。

ブリスベーンでは、中露印とブラジル、南アフリカでつくる「新興5カ国(BRICS)」の首脳で会合を開き、経済面での結束を確認。ロシアは来年のBRICS議長国として次回首脳会議をウラル山脈ふもとのウファで7月に開くことを改めて告知した。

これらはプーチン氏のアジア・オセアニア外遊の成果といえるだろう。ウクライナ南部クリミア半島の編入強行や、東部の親露派武装勢力への軍事支援に対する欧米の非難を受ける中、国際社会にロシアを受け入れる有力国が少なからず存在することを証明した。

「これ以上、情勢を不安定にさせるなら、制裁はより厳しくなる」。キャメロン英首相は16日のG20総括記者会見で語気を強めた。G20期間中、欧米の首脳たちは直接、間接にプーチン氏に厳しい言葉を浴びせかけた。だが、この程度は想定の範囲内とみられ、プーチン氏は「ロシアは紛争当事国ではない」との立場を貫き、ホスト国・豪州のアボット首相とは共に笑顔でコアラを抱いてみせた。欧州連合(EU)がG20直後の外相会議で合意に至った対露制裁の拡大は個人制裁の範囲にとどまった。

「G20早退」で損なわれたもの

プーチン氏の今回の外遊を客観的に振り返ると、マイナスよりプラスのほうが多いと見える。「ところが」のG20早退であった。ロイター通信は「ウクライナに関してとがめられ、プーチン大統領がしっぽを巻いて逃げたように欧米では見えるだろう」と書き立てた。ロシア国内でも批判的な声が上がった。政権に近い外交評論家、フョードル・ルキヤノフ氏は英字紙「モスクワ・タイムズ」に「早退は誤りだった。どんな雰囲気であろうと、何事も無かったように装い、最後までいるべきだった」と指摘した。

プーチン氏は一体、なぜ早退したのか。実はG20初日の15日昼、ロシア大統領府広報担当から16日の記者会見に関して、集合時間を2時間繰り上げる旨の連絡があった。当日、会見は当初予定の午後2時20分より1時間以上繰り上げて実施された。15日昼の時点でプーチン氏は既に早退を決めていた可能性が高い。であれば、欧州主要国首脳と直接議論を戦わせた15日夜の一連の個別会談と、G20早退との間に因果関係は存在しないことになる。

記者会見の最後、プーチン氏はこう説明した。「我々はここからウラジオストクまで9時間飛行し、そこからモスクワまでさらに9時間飛ばなければならない。さらに家までたどり着かねばならず、月曜日(17日)には仕事に行かねばならない。せめて4、5時間でも寝なければ。他にどんな理由もありはしない」

G20を急きょ切り上げてまで、17日にモスクワでしなければならない「仕事」があった形跡はない。政府専用機でゆったりと寝ることも不可能ではないはずだ。真意はベールに包まれている。ただ、ブリスベーン出発直前、プーチン氏に疲労の色が濃かったことは事実だ。

今回の早退によって、プーチン氏の対外イメージは二重に損なわれたといえよう。まず、事実のいかんとは無関係に、欧米メディアからは批判に耐えきれず逃げ出した「負け犬」のイメージをつけられた。さらに、もはや長距離外遊にびくともしない体力の持ち主ではないと、自ら示唆した。

旧ソ連やロシア、中国のような国において、最高権力者の健康状態は国家の行く末を左右する。ロシア人男性の平均寿命64歳を目前に、62歳のプーチン氏は老境に入りつつある。早退という判断ミス(といえるだろう)は老境ゆえ、とみることも可能だ。

プーチン大統領が心底、恐れていること

ロシアの今後の動きに関連して、20日に開かれた安全保障会議(ロシアの安保政策の意思決定機関)で、プーチン氏は興味深い発言をしている。

「現代世界において、過激主義は地政学や影響圏再分割の道具として頻繁に利用されている。いわゆる『カラー革命』の波がどんな悲劇的な結果を至らしめたか、我々は見ている。これは教訓であり、警告だ。こんなことがロシアでは絶対に起きないよう、万全を尽くさねばならない」

カラー革命とは、旧ソ連構成国のグルジア、ウクライナ、キルギスで2000年代に相次いだ政変の総称だ。ウクライナで昨年11月に始まり、ヤヌコビッチ前大統領を追放した今回の反政府デモをも念頭に置いているのは間違いないだろう。プーチン氏の発言からは、隣国で起きた政権転覆への恐れと、その背後に欧米の影を見ていることが感じられる。

今年6月、モスクワの軍事評論家、アレクサンドル・ゴルツ氏がインタビューでこう語ったのを思い出す。「プーチン大統領はロシアにとっての真の脅威は『カラー革命』だと信じている。プーチン氏の目標はウクライナ国内に無秩序状態を保ち、ロシア国民と旧ソ連諸国民に見せつけることだ。『見よ。全てのカラー革命は内戦に終わるのだ』と。これが戦略的目標なのだと思う」

恐れを与えているのではなく、恐れおののいている。攻めているのではなく、守っている。ロシアの視点、プーチン氏の視点からウクライナ情勢を見たとき、ロシアが容易には譲れない理由が浮かび上がる。

※本連載は毎週金曜日に掲載します。