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「次のスーパー新薬」の手がかりが自分の遺伝子にあるとは知らず、普通の人として暮らす人々が存在する。

新薬の開発を加速させる可能性

いまから10年前、PCSK9という遺伝子の正常なコピーをもたない人がいることがわかった。この遺伝子変異は、当人たちの身体に驚くべき影響をもたらしていた。

テキサス州のフィットネストレーナー、ジンバブエの女性、49歳のフランス人男性など、生まれつきPCSK9遺伝子を欠いていた人たちは、血中にいわゆる悪玉コレステロールがほとんど存在しなかったのだ。それ以外の点で、特に異常は見つからなかった。

製薬会社はこの手がかりに飛びつき、PCSK9を阻害することでコレステロール値を下げようと考えた。現在、同遺伝子の活性を抑制する薬剤2種が、アメリカ食品医薬品局(FDA)の承認を目指している。これらの薬剤にはコレステロール値を大幅に下げる効果があり、75%も低下した例もあるという。

この薬剤のひとつを開発する企業、リジェネロン・ファーマシューティカルズは目下、「次のPCSK9」を大規模かつ系統的に探索するべく、ヒトの遺伝子情報の巨大データベースを構築中だ。同社は今年10月、ニューヨーク州タリータウンに遺伝子研究施設を新設した。

そこでは、東海岸の医療機関から集めた10万人にのぼるボランティアのゲノムを5年かけて解析し、稀な遺伝子の欠損を見つけ出す取り組みに着手したという。

すでに1万3000人分のDNAの一部が解析ずみであり、リジェネロンではソフトウェアを用いて遺伝子の欠損を探索している。遺伝子欠損が見つかった場合は、ボランティアの医療記録と照合したり、本人を詳しく検査したりすることで、遺伝子欠損が疾患を引き起こしていないか、あるいは逆に際立った予防効果を発揮していないかを調べる。

ノックアウト人間

特定の遺伝子を欠いている人を「ノックアウト人間」と呼ぶが、この名称は、遺伝子操作によって特定の遺伝子を欠損させた実験用マウス(ノックアウトマウス)にちなむ。ノックアウトマウスの作製は、欠損させることで遺伝子の機能を推測する手法として広く用いられている。

しかし、ヒトゲノムのデータベースの急速拡大に伴い、「ノックアウト人間」を見つけ出すことが可能になった。研究者にとって、これはヒトの遺伝子の機能を知る貴重な近道となる——特定の遺伝子を欠くことが、人間の身体にどのような影響をもたらすのか? また製薬会社にとって、このような人たちは「自分たちの医薬品は本当に効くのか」、「特定の遺伝子を阻害することは安全か、それとも有害か」といった重要な疑問に対する生きた答えだ。

リジェネロンの研究開発イニシアチブ責任者エイリス・バラスは「彼らの存在は、きわめて有益な自然の臨床試験であり、われわれにとって非常に大きな意味をもつ」と話す。

遺伝子が欠損していることは、たいていの場合、良いことではない。遺伝子の欠損は、嚢胞性線維症や筋ジストロフィーなどの疾患を引き起こす。進化は長い時間をかけてこのようなエラーを排除していると考えられ、そのため欠損が生じることは比較的まれだ。

しかし一方で、遺伝子の欠損は強力な疾患予防効果を発揮することもある。たとえば、SLC30A8遺伝子が欠損している人は、欠損していない人に比べて糖尿病の発症リスクが半分しかないとされる。また、CCR5遺伝子の正常コピーをもたない人はHIVに感染しない。

「これ(遺伝子の欠損を調べること)は今後、人間の疾患研究の主要モデルになるだろう」と、マサチューセッツ総合病院の心臓専門医で、リジェネロンに助言を行っている科学諮問委員会のメンバー:セカール・カシレサンは述べる(カシレサンは今年11月、欠損すると心臓病のリスクが大幅に低下する別の遺伝子について報告を行っている)。

製薬会社は、動物実験や研究室で良好な結果がみられた医薬品に巨額の予算を投じるが、そのうち90%は、人間に対する試験では効果を発揮しないか、かえって有害だと判明する。途方もないスケールでヤマを張っているわけだ。「動物は人間の予測にならない。そこでヒトゲノムでうまくいっている例を探し、それを模倣した医薬品を開発しようということになった」とカシレサンは述べる。

誰しも不完全

大規模な遺伝子研究のほとんどは、疾患の原因を探るものであって、健康の理由を突きとめるものではない。しかし、マサチューセッツ総合病院の計算遺伝学者ダニエル・マッカーサーは、健康な人が機能不全の遺伝子をもつ頻度はどの程度なのか知りたいと考えた。そこで同氏のチームは2008年、185人分のゲノム解析に着手した。

2012年に完了した解析の結果、片方のコピーが完全に欠損している遺伝子は平均して約80個、両方のコピーが機能しない遺伝子は20個に上った。すなわち人間は誰しも、機能が少し欠けたゲノムを有しているわけだ(ほとんどの遺伝子は、母親と父親からひとつずつコピーを受け継いだペアで存在する)。

リジェネロンが解析した8000人分のゲノムからも、マッカーサーのデータを裏付ける数字が得られたという。「同じアルゴリズムを用いた結果、同様の統計データが出ている」とバラスは述べる。ただし、欠損している遺伝子のすべてに価値があるわけではない。

そのような遺伝子の多くは重要性の低い形質、たとえば数百ある嗅覚受容体のひとつなどをコードしているか、頻繁に欠損していて重要とは考えられないものだ。バラスによると、リジェネロンではそのような遺伝子は問題にせず、同社の医薬品が阻害の標的とする遺伝子を欠損している希少なケースにのみ注目しているという。

すでに同社の研究開発プロジェクトの3分の2に、それに適した遺伝子欠損を持つ人が見つかっている。「これはわれわれにとって非常に興味をそそるデータだ。通常見つかるのは1人か2人だが、中にはすでに数百人も見つかっているケースもある」とバラスは述べる。

次のステップとして、リジェネロンはこのような人の一部に詳しい医学的検査を行い、ほかの人とどこが違うのか調べるプロジェクトを行った。PCSK9遺伝子の場合は、コレステロール値が大幅に低いという違いがあった。しかし、それは最も重要な発見ではない。

同遺伝子の欠損者が十分な数見つかったところで、遺伝子を欠損していない数万人の対照群と比較した結果、欠損者が心臓発作で死亡するリスクは大幅に低いことが明らかになった。「これは心疾患に対する明らかな予防効果であり、しかも安全だ。このようなエビデンスは人々に大きな信頼感を与える」とバラスは述べる。「そこは非常に重要なポイントだ。生涯この遺伝子が欠けたままでも問題はないということなのだから」

※以下、後編に続く。

原文:The Search for Exceptional Genomes(English)

(翻訳:高橋朋子/ガリレオ、写真:@iStock.com)
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