2022/6/16

不動産=レガシー。そんな時代に終わりを告げる

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 いよいよ、不動産取引が変わるときが来た──。
 いまだなおレガシーな印象が根強い不動産業界。私たちに身近な賃貸契約の場面でも、ポータルサイトで見つけた物件がすでに埋まっていたり、紙の契約書をたくさん書かされたりとわずらわしさを感じることは少なくない。
「テクノロジーで不動産取引をなめらかにする」。近年、プレイヤーが増える不動産テックのトップランナーとして、2012年から変革に挑み続けてきた存在がイタンジだ。
 同社が不動産管理・仲介業界向けに手がけるSaaSサービスが急伸する中、イタンジ代表取締役・野口真平氏は、2022年は「不動産業界の当たり前が変わる、重要なときだ」と力を込める。
 不動産業界で今、何が起こっているのか。大きく進化する業界のど真ん中でより大きな変革を見据える、野口氏を直撃した。

「ネット不動産」の時代が来た

──2022年は、不動産業界にとってエポックメイキングなタイミングだとか。
野口 過去20年を振り返ると、あらゆる産業がインターネットによって進化を遂げたことはみなさんご存じでしょう。
 たとえば、かつては対面取引が当たり前だった金融業界では、ネット証券やネット銀行、ネット生保の登場により、消費者の体験だけでなく、ビジネスの構造自体までもが激変しています。
 アナログな不動産業界をテクノロジーで変えていく、そんな思いをもって我々がこの領域に飛び込んだのが10年前。
 賃貸業界特化型のSaaSを展開し、業界のDXを促進できた手応えは得ていますが、まだまだ現場には紙が前提の非効率な業務がたくさん残っています。
 しかし、2022年、不動産取引が大きく変わるタイミングが来た。
 ここから「ネット不動産」の時代が始まるのです。
 2022年5月18日、宅地建物取引業法が改正施行され、不動産取引の契約書や重要事項説明書などの電子交付が解禁されました。
 つまり、紙の書類による手続きが不要になります。
 今回の法改正によって、DX化を阻む最後の障壁でもあった契約プロセスの電子化が実現し、賃貸取引全体がオンラインへシフトしていきます。

DX化に対応しないと生き残れない

──他の業界に比べるとずいぶん時間がかかった印象です。契約自体の電子化が可能になっても、現場の意識を変えることが難しそうですが、本当に浸透するのでしょうか。
 ご想像の通り、いまだ電話やFAXのコミュニケーションが日常的に残るのが不動産業界です。
 業務のDX化に対しても、業界の95%を占める中小事業者では様子見ムードが蔓延していたことは確かです。
 しかしここへきて、多くの事業者が現状に強い危機感を抱いています。
 背景には、電子対応が遅れている事業者が、消費者と家主、双方から選ばれなくなってきたことが挙げられます。
 消費者は、Googleの口コミなどで体験の悪い不動産会社が事前にわかるようになりました。世代交代が起こり始めた家主は、入居者をアナログな方法で募集する事業者ではなく、デジタルを駆使した集客を行う業者に任せるようになっています。
 DX化に消極的な事業者は、このままでは消費者と家主の両者からそっぽを向かれ、デジタルを活用し高い効果が得られている業者に乗り換えられてしまう。
 そんな危機感から、電子化に踏み切る動きが加速しています。

賃貸借契約はオンラインで完結する

──不動産取引のオンライン化によって、ユーザー体験はどう変わるのでしょうか。
 まずは不動産ポータルサイトから、すでに申し込み済みの物件や実際には存在しない「おとり物件」が消えるでしょう。
 電子取引の浸透によって、空室情報は自動的に最新化されるようになり、情報の非対称性が解消。つまり、おとり物件という社会課題が解決されていきます。
 ユーザーは気になる部屋があればカレンダー機能から内見を予約し、オンライン内見をしたり、現地で不動産会社の担当者と待ち合わせて見学したりすることが可能です。
 部屋が気に入ったら、そのまま入居申込、審査、契約、保証・保険の申込と、賃貸借契約のすべてをオンラインで完結できます。遠方に居住していても、自宅にいながら賃貸借契約ができるようになるのです。
 イタンジが運営するネット不動産賃貸サービス「OHEYAGO(オヘヤゴー)」では、改正宅建業法の施行と同時に、部屋探しから入居申込・契約までの完全電子化をすでに実現しています。
※2022年6月時点、「RENOSY ASSET MANAGEMENT (リノシーアセットマネジメント)」の管理物件に限り電子契約が可能。
 これらはユーザー側の変化ですが、もちろん事業者側も劇的な効率化というメリットを享受できます。
 電話やFAXに対応する必要がなくなり、これまで取り逃がしていた問い合わせや内見予約を受けられるようになる。
 申込や契約、更新退去などの手続きの進捗も一目でわかるようになり、物件管理もスムーズに情報共有できます。

業界に“なくてはならない”サービスへ

──不動産テックを掲げる企業は近年増えていますが、イタンジの強みはどこにありますか。
 膨大かつ、正確な物件データになります。
 当社では、ビジョンを達成するため、 SaaS・マーケットプレイスの双方でサービスを展開しています。
 SaaSでリアルタイムな物件の募集情報を獲得し、マーケットプレイスでは集めた最新情報を掲載。双方のネットワーク効果によって、規模を拡大しています。
「ITANDI BB+」は、管理会社・仲介業者向けのSaaSサービスです。
 ラインナップの拡充を進め、来店予約から物件確認、内見予約、入居申込、電子契約、更新退去といった賃貸における取引のプロセスを一気通貫で電子化しています。
 市場ニーズの高まりを受け、SaaS全体のARR(Annual Recurring Revenue:年間経常収益)は、前年比+64%の勢いで伸びています。
 チャーンレートも0.57%と低水準で推移しており、将来的な安定収益を見込んでいます。
 なかでも、これまで注力してきた契約の前段階となる電子入居申込の市場では約75%のシェアを獲得しています。
 いまだ紙のシェアが多く残されているものの、市場全体の電子化の割合はここ2〜3年で急速に高まり、このままシェアを伸ばしていけば、当社が日本の賃貸物件の最新情報をほとんど把握することができます。
 加えて、管理会社と仲介業者をマッチングするマーケットプレイスとして「ITANDI BB」を展開。
 リアルタイムで物件情報の確認ができ、そのまま内見予約・入居申込ができる唯一無二なサービスとして利用が伸びています。
 というのも、これまで不動産業界では、不動産業者同士が閲覧するメジャーな物件流通サイトでさえも、その募集情報は不正確でした。
 その理由は、申込書がFAXで届いて、人力で募集情報を更新するため、タイムラグや更新し忘れが生じるからです。
 そのため、仲介業者は内見の依頼を受けるたび、管理会社に電話をかけ、その部屋が本当に空いているのかどうかを確認する必要がありました。不動産ポータルサイトに、申し込み済みの物件が掲載されたままになっているのも同じ理由です。
 しかし、ITANDI BBの掲載物件であれば、電子申込がなされた時点でリアルタイムに情報が更新され、最新の空室情報がわかるため、業務に不可欠なサービスとして利用数が急増しているのです。

10年積み上げてきた業界への深いインサイト

──いちベンチャー企業であるイタンジが、巨大な業界の約75%のシェアを手にできたのはなぜですか。
 結局のところ、質の高いサービスを提供できているからなのですが、それができるようになったのにはビジョンを変えず、失敗を積み重ねてきたからだと思います。
 我々は創業時から不動産業界に正しい情報が流通していないことに、強い問題意識を持っていました。
 顧客体験の向上や業務効率化ももちろん重要ですが、どんなに便利な仕組みを作っても流通する情報が信頼できるものでなければ、意味がありません。
 そのため、まず正しい情報を集めることを最優先に、プロダクトを設計してきました。
 創業時はコンシューマ向けサービスを志向していましたがまったく普及せず、会社の存続をかけて、法人向けに戦略を転換。エンジニアが不動産会社に常駐し、現場のオペレーションを実際に経験しながら粘り強く現場に向き合い、本当に必要なサービスのかたちを模索してきました。
 10年かけて積み上げた深いインサイトがあるからこそ、他社に先駆けて実際の業務にフィットしたプロダクトを提供できたのだと思います。
 近年、業界にプレイヤーも増え、コンペティターはどこだ?と聞かれることもありますが、競合はいないと思っています。
 あえてあげるならば、不動産業界全体。
 これは既存の業界を敵視しているわけではなく、業界構造そのものを変えていかなければならないという強い思いがあるから。
 他社と比べることには、意味がないんです。

社会に絶対に必要な仕事がここにある

──大きな業界を変えることは容易ではありませんが、いま、イタンジで働く魅力はどんなところにありますか。
 自分たちの行動やソリューションが、社会に絶対に必要だと信じられることです。
 当社の事業には、流行りのweb3のような派手さはありません(苦笑)。
 ただし、不動産業界の本質的な課題はトレンドに流されて移り変わることがない普遍的なものです。
 私自身10年間、一度も、自分が何のために働いているのかがわからなくなる瞬間がなかった。
 目の前にある解決すべき課題、何十年も続いてきた非効率と不便がはびこる世界を変えていくためには、総合格闘技のように多彩な技を繰り出していくことが求められます。
 物事の本質を捉え、周りを動かす経験は、チャレンジする方にとって大きな財産となるはずです。
 イタンジのフィールドは賃貸が中心ですが、グループ会社であるGA technologiesと共に、ネット不動産の牽引役として、業界を変えられると自負しています。
 まずは賃貸契約の電子化を進めますが、このプロセスは氷山の一角で、取り組むべき課題はまだまだ残されています。
 将来的には不動産の枠を超えて、周辺領域へチャレンジを拡大していきたい。
 社会を前進させる大きな挑戦に、ともに挑む仲間を求めています。