Tesla Motors Inc. Chief Executive Officer Elon Musk News Conference

人工知能が世界を乗っ取る?

天才起業家の異名を取るイーロン・マスクが、人工知能(AI)の脅威に警鐘を鳴らしたのは10月末のこと。宇宙船開発のスペースXや電気自動車のテスラモーターズなど未来型企業を率いるマスクだが、人工知能は「人類の存続を脅かす」恐れがあると、最大級の警戒感を示した。

詳細はマスクのさらなる説明を待つとして、ちょっと整理しておきたいことが2つある。1つは人工知能の開発が現在どのくらいまで進んでいるのかということ、そしてもう1つはマスクがたぐいまれなる自己宣伝能力の持ち主だということだ。

マスクが、「ロボットに世界を乗っ取られる日が来る」と恐れるのは、人工知能開発で知られる英ディープマインド・テクノロジーズなどの投資家として、その現状をよく知っているからだという(ディープマインドは今年1月に4億ドルでグーグルに買収された)。

そのディープマインドが先月末、画期的な発明だという「ニューラル・チューリング・マシーン」を発表した。ニューラルネットワークに外部メモリを追加すること(つまり人間のニューロンチェーンを模したシステムで人間の短期記憶のようなものを作ること)に成功したというのだ。MITテクノロジー・レビュー誌は、次のように紹介している。

「これによりニューラルネットワークは、メモリに変数を蓄積しておき、後でそれを使って演算ができるようになる。これは通常のコンピューターが、レジスタに数字の3と4を保持しておき、後でそれを足して7をはじき出すプロセスと似ている。ただしニューラルネットワークは、たとえば『メアリー』といった単語などより複雑なパターンの変数を保持できるだろう」

いつの日か、ディープマインドのニューラル・チューリング・マシーンは、「メアリーがジョンに話しかけた」といった文章を理解できるようになる。作業メモリにフィードされるインプットから、こうした文章を作ることも可能になるだろう。そんなこと、もうとっくにコンピューターができるじゃないかと思うなかれ。ニューラル・チューリング・マシーンが、人間の脳に代わるシステムのごくごく初期段階であることは確かだろう。

だがマスクは、こうした人工知能を搭載したロボットが、5~10年後には世界を乗っ取るという。

現在のレベルはせいぜい4歳児程度

人工知能が現実にできることと、マスクの終末論的な予測の間には、明らかに大きなギャップがある。現在の人工知能を備えたロボットには、人間の幼児ほどの賢さもない。

昨年、イリノイ大学が現時点で最高のマシンで知能指数(IQ)テストを行ったところ、よくても4歳児程度の点数だった。しかもそれは、語彙力と類似性認識能力(つまり検索エンジンに求められる能力だ)で高得点をマークしたからにすぎない。こうした能力は人間をコンピューターよりも賢くしている能力ではない。むしろ人間が機械に任せるようになり、急速に失いつつある能力だ。

今年3月、マスクらテクノロジー系の大物投資家が、人工知能開発のスタートアップ、ビカリアスFPC(Vicarious FPC)にこぞって投資したことが大きな話題となった。同社が目指しているのは、視覚、言語、計算などの能力をつかさどる大脳新皮質の再現だ。だが、現在までの実績は、キャプチャ(画像認証。決済画面などでユーザーに歪んだ文字列を読み取らせるあれだ)を認識するのがせいぜいだ。

人工知能研究の第一人者であるヤン・ルカン(現在フェイスブック人工知能研究所の所長でもある)は、ビカリアスによるキャプチャ認識のニュースを、「人工知能をめぐる最悪の誇大報道」とばっさり切り捨てた。「この手の誇大報道が、過去50年間に人工知能を4回殺した」と批判した。

ただし、マスクはルカンのような天才科学者ではなく、売り込みの天才だ。

天才起業家でなくはったりの天才?

たとえば昨年8月にマスクが発表した、次世代交通システム「ハイパーループ」。まだ構想の段階にすぎないのに、ど派手なプレゼンが功を奏して、メディアは太陽光発電を採用した超高速移動手段が、明日にも登場するかのような大騒ぎをした。

確かに、いつかはハイパーループが現実になる日が来るかもしれない。だが現段階では、その発表は「未来の交通手段の先駆者」というマスクのイメージアップに貢献したにすぎない。マスクのもう一つのビジネスである、ばか高い電気自動車の宣伝にもばっちり貢献した(実はこの分野で最も有望な技術を持つのはトヨタ自動車だという事実を考えると、なおさら重要な宣伝効果だ)。

あるいはマスクの人類火星移住構想。「私は火星で死にたい」と発言するなど、その破天荒なアイデアは確かに大きな話題を集めたが、彼の宇宙船開発会社スペースXが、政府からの受注や補助金がなければ事業継続も苦しいことはあまり知られていない。

マスクは話題づくりがうまい。彼が投資したビカリアスは、新たな資金を常に探しており、11月初めにもスイスの総合電機大手ABBから120億ドルを調達した。いつかビカリアスの人工知能は、キャプチャだけでなく、物理的なモノを認識できるようになるかもしれない。だが、それを搭載したロボットが、映画『ターミネーター』よろしく、「あんたの服、靴、バイクを出せ」と人間を脅すようになると考えるのは、あまりに話が飛躍しすぎだ。

マスクら投資家にとって、未公開会社のビカリアスは、将来莫大な金額で(場合によってはディープマインドよりもずっと高額で)売れる可能性がある魅力的な投資先だ。そう考えると、いろいろなことが見えてくる。

だからだろう。マスクの「人工知能脅威論」を聞いて私が抱いたのは、人工知能に仕事を奪われる不安よりも、売り込みの名人としてのマスクの才能に「あっぱれ」と思う気持ちのほうがずっと大きかった。

(執筆:Leonid Bershidsky記者、写真:bloomberg、翻訳:藤原朝子)
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