2022/6/7
【解説】「IBD」という難病に、創薬“以外”で出来ることとは
NewsPicks Brand Design Senior Editor
「IBD」(炎症性腸疾患)という、病気を知っているだろうか?
「IBD」は、主に「潰瘍性大腸炎」と「クローン病」の2つの疾患の総称として呼ばれている。潰瘍性大腸炎も、クローン病も今のところ原因がはっきりとはわかっておらず、発症すると長期間の治療が必要な慢性の病気とされる。
衛生状態が整った先進諸国に多い病気で、若年層に発症することが多く、日本では1990年代以降、急激に患者数が増え続け、潰瘍性大腸炎は約22万人(米国に次いで世界で2番目に多い)、クローン病は約7万人患者がいる。
IBDは、医療費の一部を国が補助する特定疾患(いわゆる難病)に指定されている。
そんななか、武田薬品工業株式会社(以下、タケダ)はIBDに対する課題解決に向けて、研究・開発(R&D)に投資し、疾患啓発活動に注力している。
なぜ、タケダが今「IBD」に注目するのか。また、IBD患者さんの日常生活を体験するシミュレーションプログラム「In Their Shoes」(以下、ITS)の提供を含めた、疾患啓発活動を実施するのか。
タケダの谷垣任優氏と、ITS体験を含むタケダの疾患啓発イベントに参加したIFMSA-Japan(国際医学生連盟 日本)の佐藤綾音氏、栄養学生団体【N】の髙橋紀子氏の鼎談から、同社が「IBD」に挑む理由と、その意義についてひもといていく。
- なぜ、タケダは「IBD」に注目するのか
- なぜ、「IBD」の啓発活動をするのか?
- 今後タケダはIBDや、患者さんにどんな価値を提供するか
なぜ、タケダは「IBD」に注目するのか
──IBDに関連する治療薬を3つ患者さんにお届けされていますが、この疾患にフォーカスする理由を教えてください。
谷垣 IBDは、腸を中心とした消化管の粘膜に炎症を起こす炎症性の疾患で、患者さんの日常生活に大きな影響を及ぼします。
たとえば、頻繁に下痢が起きるためトイレが近くなったり、脂質の多いものや、アルコールが飲食できなかったりするなど食事にも制限があります。
我々タケダには、タケダイズムという価値観があります。
タケダイズムとは、まず誠実であること。それは公正・正直・不屈の精神で支えられた、私たちが大切にしている価値観です。
私たちはこれを道しるべとしながら、「患者さんに寄り添い(Patient)」「人々と信頼関係を築き(Trust)」「社会的評価を向上させ(Reputation)」「事業を発展させる(Business)」という4つの行動指針に基づき、事業を行っています。
4つの重要事項は全てが大事ですが、一番最初に考えるのは「患者さんに寄り添う」という考え方です。
IBDは国内で約29万人が罹患しているにもかかわらず、認知度が低いことでも知られています。
そこで、患者さんの負担を少しでも軽くしたいという思いから、グローバルでは2008年頃より、IBD治療薬のR&Dにフォーカスするようになりました。
QOLを損なう可能性が高い疾患だからこそ、患者さんに寄り添うために、タケダとしてもやる意義があると考えています。
──製薬業界ではひとつの薬をつくるのに、十数年かかるといわれています。タケダはIBDの領域において、スピーディに薬を開発していますが、なぜ短期間でR&Dを実施し、販売できるのでしょうか?
谷垣 R&Dのエリアを「消化器」に絞っているからだと思います。実は、消化器にフォーカスしている製薬企業はそう多くはないんです。
R&Dのエリアを限定し、プラットフォームをしっかりと構築することで、自然とモノや情報が集まってくるようになります。
流れができれば、ひとつのエコシステムが生まれ、このエリアでサステナブルなビジネスが続けられるのではないかと思っています。
なぜ、「IBD」の啓発活動をするのか?
──IBDの領域では、創薬だけでなく疾患啓発活動にも注力しています。これは、なぜでしょうか?
谷垣 薬剤を通して、患者さんに貢献することを第一として活動してきましたが、薬剤だけでなく、社会に疾患を知ってもらうというのも、患者さんへの貢献になると感じています。
先ほども申し上げた通り、IBDは日常生活に大きな支障をきたす疾患なので、社会や相手が理解してくれるなかで生活することが、患者さんのQOLを向上させるうえでも重要です。
──疾患啓発活動の具体的な活動内容について教えてください。
谷垣 IBDという疾患を多くの方に知っていただくために、医療系学生を対象とした疾患啓発イベントを実施しています。
その中でIBDの患者さんが、普段どのような生活をしているのかを体験していただくITSというプログラムや、IBD患者さんが抱える“食”に対する課題を解決するためのレシピ考案ワークショップを提供しています。
参加対象者を学生とした理由は、IBDを発症する年齢が10代から20代の若年層に比較的多いこと。
そして、これからの「医療の未来」のスタンダードをつくっていく世代の方にIBDという疾患を理解してもらいたい、患者さんに寄り添うことを経験してほしいという願いからです。
今回は「IBDreamめし」という、その名の通り、IBD患者さんにとって、“夢のレシピ”を考案するワークショップを開催しました。
患者さんの多くは、おいしいもの、好きなものよりも、「IBDが悪化しないもの」という観点で食事を選びます。
たとえば、カレーやシチューなどの高脂肪食や、肉類や乳製品を過度に使う食事は避けなければいけません。
iStock:naturalbox
制限が続くと、たまには自分が好きなものを食べたいと思うもの。それを可能にするため、今年は「食の多様性」をコンセプトに、IBD患者さんでも食べられるレシピを考案しました。
参加者のみなさんには、「肉料理」「揚げ物」「ご飯もの」「スイーツ」の4チームに分かれ、どんなレシピがいいかディスカッションしてもらいました。
──医学部と栄養学部で学ばれている佐藤さんと髙橋さんは、この「疾患啓発活動」になぜ参加しようと思ったのですか?
佐藤 ITSのシミュレーションプログラムが魅力的だと思いました。
私がこれまでに経験してきた学生向けのワークショップだと、1、2時間どこかに集まって、一緒に何かをして終了、というものが多かった。
ただこちらはオンライン開催で、しかも1日(参加者の希望があれば夜もITSを体験)を通してのプログラムでした。
自宅にいながら参加することで、患者さんの日常に即したような体験ができるのではないかと思いました。
髙橋 将来は、管理栄養士として病院で働きたいと思っているので、患者さんの生活を知っておきたかったからです。
普段、教科書では、疾患や症状に沿った栄養指導を学びますが、文章だけだと、実際どのくらい日常に影響があるのか想像がつかなかったので、いい機会だと思い参加を決めました。
──夢のレシピ「IBDreamめし」では、どんなメニューを考案したのでしょうか?
佐藤 「スイーツ」チームとして、富士山型の「カヌレ」を考案しました。最初は、患者さんが食べられる低脂肪のものでスイーツがつくれないか、と考えていたのですが、 そうすると“ドリーム”感が弱まってしまうことに気がつきました。
そこで、逆転の発想で、まずは夢のあるスイーツから考えることにして、食べられない素材を工夫していく方向に転換しました。
本来カヌレはバターが多くて高脂肪なので、患者さんでも食べられるカップケーキの材料に変え、形だけはかわいらしいカヌレを踏襲しました。
「IBDreamめし」の肉料理として考案された「セッカル〜色とりどりの〜タッカルビ風」
髙橋 私は「揚げ物」チームだったのですが、エビクリームコロッケと台湾からあげの2種盛りにしました。
実際に揚げ物だとIBDの患者さんは食べられないので、フライパンに油を薄く引いて、揚げ焼きならいいかもね、などみんなでアイデアを出し合いながらレシピを制作しました。
──苦労した点はありましたか?
佐藤 レシピのディスカッションは楽しかったんですが、このワークショップでは、同時にIBDの患者さんを擬似体験するITSに取り組んでいたので、途中で「トイレに行ってください」とお知らせが届くのは、とても辛かったです。
──というと?
佐藤 IBDの患者さんは、ひどい腹痛、下痢、血便が頻繁に症状として表れるので、頻繁にトイレに行く必要がある方もおられるんです。
だから、議論が白熱しているときに「トイレに行ってください」と指示されて、途中退出し、戻ってきたときには話題についていけないこともありました。
今回はワークショップ内なので、みんながIBDを知っているという環境でしたが、病気を知らない方が多いような学校や職場だったら、患者さんはすごく苦労されるのではないかなと強く思いました。
髙橋 同じく、トイレに行く回数が多いのに驚きました。トイレの指示が出てから、2、3分以内にお手洗いに行かなくてはならないのですが、間に合わないと「バツ」の表示が出ます。
実際に、IBD患者さんが体感した「間に合わなかったとき」のエピソードも教えてもらったのですが、ホテルのベッドを汚してしまったとか、仕事の大事な電話を取れずにチャンスを逃してしまったとか、聞いていて心が痛くなりました。
IBDは精神的にも大変な病気なんだなと実感しました。
──佐藤さんと髙橋さんの話を聞いて、主催者側としてどのように感じますか?
谷垣 我々は製薬会社ゆえに、何を食べると体に悪いか、栄養面はどうか、という視点で考えてしまうことが多いです。
ですので、IBD患者さんの団体や、医療機関の先生、医療従事者の方とコミュニケーションを取り、患者さんが普段どのように感じているかという情報を収集し、ITSプログラムを製作しました。
また、今回の「IBDreamめし」のワークショップを通じて、食事は五感で楽しむものだということに改めて気付かされました。
もともとタケダは、患者さんの「疾患への気付き」「診断」「治療」「その後のフォロー」までを示す「ペイシェントジャーニー」の、どこに“課題”があるのか、データをもとに解析する取り組みを行ってきました。
そしてペイシェントジャーニーをもとに、我々の取り組みはどこをサポートできるのか、トータルソリューションを考えていきます。
ITSの実施においても、このペイシェントジャーニーに落とし込んだときに、患者さんの生活を擬似体験することで、何か発見できるのではないか、と社内で始めたのがきっかけでした。今回のようなイベントなどでも体験していただいています。
今後タケダはIBDや、患者さんにどんな価値を提供するか
──今後、タケダが取り組んでいく疾患啓発活動を通じて、どんな価値貢献をしていきたいと考えていますか?
谷垣 まだまだ薬剤だけでは、IBDの患者さんが、以前の普通の生活を取り戻せるまでは持っていけていないというのが実情です。
疾患啓発活動を通じて、薬剤だけで足りない部分を補っていきたい。活動を続けることで、タケダがIBDの世界を繋ぐ触媒のようなものになれたらいいですね。
もちろん、我々だけですべてができるとは思っていません。あらゆる人にお声がけさせていただいて、一緒に協力することが大切だと考えています。
R&Dにおいては、IBDだけでなく、ほかの消化器疾患などに対しても、アンメット・メディカル・ニーズ(世の中でまだ認知されていない医療ニーズ)の高いところにフォーカスし、より多くの患者さんに貢献していきたいと思います。
──学生のお二人は、未来の製薬業界や医療業界に何を求めますか。
髙橋 企業主催のワークショップや、イベントがもっと増えたらいいなと思いました。今回、普段はあまり関わりのない、他の医療系学部の方とディスカッションすることで、さまざまな発見がありました。
レシピをつくるときにも、栄養学部だけで話していたら思いつかないようなアイデアをたくさんもらいました。
将来、病院などに就職したときも、困りごとがあったら、いろんな分野の人に話してみるのが大事だなと思いました。
佐藤 大学と連携して、カリキュラムにしてほしいくらいです。6年間学生だけに囲まれていると、医学生やその先の医師としての視点も偏りがちになってしまいます。
物事を多角的に見るためにも、ITSやレシピ考案のワークショップを通して、患者さんの思いや、日常でどんなことに苦労しているのか、普段から知れる機会があるといいなと思います。
──ちなみに、タケダに期待していることはありますか?
佐藤 ITSのような、患者さんの視点で考える機会をもっとつくっていただけたらと思います。
タケダさんの掲げる「患者さん中心」を成り立たせるためには、医師だけでなくほかの医療従事者や企業、行政など、いろんな視点があってはじめて、ちゃんとした医療を届けられるということを実感しました。
高校生のときは、患者さんと同じような立場で医療を見られたのですが、大学生になると、医学の授業が入ってきたり、まわりも医療系の学生だけになったりしてしまうので、どんどん視点が狭まって、非医療者の視点というものが減ってきてしまう。
今回のようなイベントに参加することで、複数の視点に立って考えられる医療従事者がもっと増えていくのではないかと思います。
髙橋 私はたまたま、栄養学生団体【N】に所属していたので、ワークショップに参加できたのですが、私の通っている大学でも知らない学生が多いと思うので、この活動自体がもっと認知されてほしいなと思います。
谷垣 ありがたいかぎりですね(笑)。タケダが掲げている「患者さん中心」という考え方が、参加者のみなさんにも届き、大変うれしく思っています。
まずは「患者さんに寄り添い(Patient)」、それから「人々と信頼関係を築き(Trust)」、「社会的評価を向上させ(Reputation)」、そして最後に「事業を発展させる(Business)」という行動指針を紹介しましたが、この流れ、順番が極めて大事。
順番を誤ると、企業として間違った方向に進んでいってしまいますし、社会からも必要とされないのではないでしょうか。
我々は、社会の一員である企業として、社会から求められる存在でありたいと強く願っています。そういった意味で、現在取り組んでいる啓発活動は、我々にとって大きな意味を持つものだと捉えています。
執筆:大芦実穂
撮影:細倉真弓
デザイン:小谷玖実
編集:海達亮弥