SPORTS-INNOVATION

シリコンバレーはリアルに向かう

フェイスブックを辞めて49ersへ移籍する人たち

2014/11/21
最近アメリカンフットボールの49ersの取り組みが注目されている。地元シリコンバレーの世界的企業から優秀な人材が加入し、IT視点の改革を行なっているからだ。SAPの馬場渉はデザインシンキングを学ぶためにスタンフォード大学に赴くと、次々に刺激的な人物と出会った。今、サンフランシスコの名門球団で何が起こっているのか?
2012年9月パートナーシップ記者会見をする49ersのジェッド・ヨークCEO(左)とSAPのビル・マクダーモットCEO(写真提供:SAP)

2012年9月パートナーシップ記者会見をする49ersのジェッド・ヨークCEO(左)とSAPのビル・マクダーモットCEO(写真提供:SAP)

フェイスブック出身者が起こすスポーツ・エンターテイメント革命

スポーツの世界では、プロ選手が所属チームを電撃移籍するのは見慣れた話です。でもフェイスブックから多くの”プロ選手”が地元シリコンバレーのアメフトチーム、49ersに大量移籍している事実はご存知でしたでしょうか?

私がその事実を知ったのは2年前、当時のSAPのCTOのビシャル・シッカ(現インフォシスCEO)の勧めでデザインシンキングを学ぶためにスタンフォード大学にいた時です。その日はビシャルと会うため、大学キャンパスからすぐそば、彼の部屋があるパロアルト市内のオフィスに行きました。

いろんな雑談をしていたら、ビシャルが「お、ちょうどいいところにいた。ババさんのこと知ってる?」とどう見てもSAP風でない人に声をかけました。彼はSAPでConsumer Appsの開発を担当するバイスプレジデントでした。「SAPでコンシューマアプリなんて作ってたの?」とお詳しい方は感じるかもしれません。はい、作ってません(でした)。

しかし例外もありまして、先日サムスンのヘルスケア用デバイスの中で発表されたこんなものやアパレルやファッション業界とのこんなものなど、一般生活者が利用するアプリをSAP自身または共同で開発し、それをB2B2Cで企業向けに提供し、一般の商用サービスにするケースも近頃増えてきています。

その彼に「今日は時間ある? おもしろいもの見せるよ」とクルマに乗せられ、ノリの良い音楽を聞きながらパロアルトから10分程度走るとロス・アルトスという高級住宅街に連れて来られました。そこにある一軒家を借りきって秘密裏(?)にある開発プロジェクトが進められていました。

カウチソファとスタンディングデスクという、いかにもシリコンバレーな部屋で彼が電話をする相手はサンフランシスコ49ers。このシーズン18年ぶりにスーパーボウルに出た、地元のみならず世界的にもファンの多い古豪です。

シリコンバレーでスポーツアプリを開発するSAPのオフィス(写真提供:馬場)

シリコンバレーでスポーツアプリを開発するSAPのオフィス(写真提供:馬場)

「来週49ersと大きな発表をするんだ、楽しみだろ?」とノリノリ。

その当時、「49ersとSAPが大きな発表」と言われても、私は正直ピンときませんでした。SAPがスポーツ市場に参入すると発表した半年以上前のことでしたから。「従来型のスポンサーシップの類とは全く違う」と言うのです。

「今、49ersは大きく変わろうとしているんだ。知ってるか? 知り合いもたくさん転職してる。業界じゃ大きな話題だよ」

赤いカウチソファで彼のチームの資料を見せてもらうと「もしこんなファン体験ができたら?」、「もしクラブがこんな経営をできたら?」、「ソフトウェアで再発明したスポーツチーム」といった心躍るビジョンと、SAPのHANAやクラウドを使った実現図が書かれていました。部屋の壁にも多くのスケッチやスマホアプリのデザイン、現在のアプリのダウンロード数や日月利用度などが貼られており、スタートアップ企業そのものの雰囲気です。

シリコンバレーらしいスポーツチームに

歴史ある49ersのCEOに、1980年生まれのジェッド・ヨーク(Jed York)が就任したのは2008年のことです。彼は自身を「NFL随一のテクノロジー信奉者」と言う、ビジョナリーな若きリーダーです。

「スポーツ業界は遅れている。ついこのあいだまでアメフトの映像資産はベータだった。ベータなんて知ってる人いるかい? 私は49ersをシリコンバレーを象徴するスポーツチームにしたいと思っている。ただスポーツで勝つだけではなく、経営上も、エンターテイメントでも勝つようなチームに再生したい」と言います。

そのビジョンを実現させるために、49ersは12億ドルを投資してシリコンバレーの南、サンタクララに巨大最新鋭スタジアムを建設しました。今シーズンからオープンしたその新しいホームスタジアムは、当初からヨークCEOが「ハードウェアではなくソフトウェアで作るスタジアム」と宣言していたように、同社の方向性を示し続けた新しい発想のスタジアムになりました。

ハードウェアではなくソフトウェアとはどういうことでしょうか? ヨークCEOは一例でこう表現します。

「新スタジアムに大きなスコアボードを設置するとか、アップルからは全てのシートにiPadを設置したらどうか? とかいろんな提案をもらった。どちらも$60M(70億円)かかるようなハードウェア投資だ。一方われわれのファンは、平均的に1年半ごとに1,000ドル(約10万円)を自分のデバイスに使う。6万人の観客で$60Mだ」

「だったらスタジアム全体のあらゆるものを統合したソフトウェア・プラットフォームを作って、そこにユーザがウェアラブルでもスマートフォンでも簡単にプラグインでき、それぞれが個別のユーザ体験をできるようなソフトウェア・プラットフォームに投資をする。我々はアップルやグーグルやソニーやサムスンと競合したいわけではない。個々のハードウェアでは不可能な、ソフトウェアによるUser Experienceを提供したいだけだ。ハードウェアはすぐ陳腐化もするしね」

こう聞いてしまえば、当たり前に聞こえますが、これをやろうと思ったらスタジアムの設計当初から、思考回路も検討ステップも変えなくてはいけません。従来通り箱物・ハードウェアで発想したスタジアムの上に、Wifiやディスプレイを持ってくるアプローチではありません。

当初から明確な7万通りの個別の利用者像を描き、ソフトウェアとデバイスで実現する、それぞれのUser Experienceを新しい発想で設計することになります。

フェイスブックから来た敏腕プロ経営者

「シリコンバレーらしいスポーツチーム」。このビジョンを実現させるために彼が打った手がもう1つあります。人の採用です。

下の写真でのニコニコ顔の方、現在49ersの共同オーナーで、年初まで球団社長を務めていたGideon Yu氏です。2011年4月にChief Strategy Officerとして49ers入りし、スタジアム建設プロジェクトなどを統括、その後人数が10倍に増えたチームスタッフとともに球団社長としてチームの経営実務をリードしました。

49ersのジェッド・ヨークCEO (右)と「毎日ゴルフでもしてたらいいのに49ersに来た」49ersの当時PresidentのGideon Yu (左)。 SAPのパロアルトオフィスにて (写真提供:馬場)

49ersのジェッド・ヨークCEO (右)と「毎日ゴルフでもしてたらいいのに49ersに来た」49ersの当時PresidentのGideon Yu (左)。 SAPのパロアルトオフィスにて (写真提供:馬場)

彼、実は元フェイスブックのCFOです。それ以前はYoutubeのCFOとしてグーグルとの統合をリードしたシリコンバレーのプロ経営者です。つまりお金持ちです(笑)。

彼の移籍以降、フェイスブックから多くの社員が49ersに移籍しました。CTOは元フェイスブック、CIOも元フェイスブック。他にも多くのフェイスブック社員が「入団」しました。他にもStadium Experience担当のGMはグーグル、Event担当はヤフーなど、シリコンバレーの企業から多くの人を集めました。

収入を半減させてもシリコンバレーの名だたる企業から49ersに移籍してきた多くのシリコンバレーIT企業の社員たちは、一体49ersに何を見出し、何をしているんでしょう? 次回その辺に触れたいと思います。

馬場 渉 Chief Innovation Officer, SAP

*本連載は毎週金曜日に掲載する予定です。