2022/5/30

【夫馬賢治】消費者の声に寄り添いすぎる企業は、危ない

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
世界中の機関投資家(年金基金、生保・損保、運用会社など、資産保有者から資産運用を受託している機関のこと)が強力に推し進める「ESG投資」。
これまで投資家は、企業投資するための判断基準に、キャッシュフローや利益率などの定量的な財務情報を主に見てきた。それに加え、「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」などの非財務情報であるESGの要素を考慮する投資「ESG投資」は、これまで短期的な利益の最大化を追求してきた企業経営の在り方に大きな転換を迫っている。
一方でそもそもESGの取り組みの必要性を十分に理解できていなかったり、ESG情報の開示が遅れていたりと、ESG経営を実現できている企業は多くない。
ESG経営を実現するために必要な思考法やアプローチを、ESG投資の専門家 ニューラルCEO夫馬賢治氏と、日立製作所でESG経営に向けた企業支援と研究開発を手掛ける中村隆利氏、親松昌幸氏に話を聞いた。

ESGは一過性のブームではない

──夫馬さんは2013年からESGコンサルティングを手掛けていますが、加速するESGの潮流を日本企業はどのように捉えるべきだと考えますか。
夫馬 ESGが日本で話題となっているのはここ3〜4年ですが、欧米ではすでに10年以上前から続いているトレンドです。決して一過性のブームではありません。
サステナビリティ経営・ESG投資コンサルティング会社を2013年に創業し現職。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。環境省、農林水産省、厚生労働省のESG関連有識者委員。Jリーグ特任理事。国内外のテレビ、ラジオ、新聞でESGや気候変動の解説担当を務め、全国での講演も多数。ハーバード大学大学院サステナビリティ専攻修士。サンダーバードグローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部卒。著書に『ESG思考 激変資本主義1990-2020、経営者も投資家もここまで変わった』(講談社+α新書)、『データでわかる2030年 地球のすがた』(日本経済新聞出版)などがある。
 そもそもESG投資が世界的な動きとして広まったきっかけは、いまから約16年前の2006年にさかのぼります。
 当時の国連事務総長だったコフィー・アナン氏が、「責任投資原則(PRI)」を提唱し、ESGの観点で投資対象を選定することを強く求めるようになりました。
 PRIの狙いは、投資家の力を利用して、企業が持続可能な方向へ行動するように促し、持続的な経済成長を実現すること。
 短期的な利益優先で乱開発する企業や途上国の労働者から搾取する企業ではなく、ESGの観点を踏まえた長期的な利益創出を狙う企業への投資を促したのです。
 そしてここ数年でPRIに署名する企業は急増しています。PRIに署名している機関投資家の運用残高の総額は121兆ドル、日本円にして1京3,000兆円を超えるほどの規模にもなります。
出典:国連PRI(責任投資原則)HPより作成
 この巨額な投資マネーを自社の味方にできるか、それとも敵に回すかが、日本企業の長期的な成長に大きな影響を及ぼすわけです。
 またこうした機関投資家の動きに加えて、意外と見落としがちなのは「取引先」からのプレッシャーです。
 ESGリスクに対処できていない日本企業は、特に海外の取引先から契約を切られる可能性があります。なぜなら企業のサプライチェーン全体もESG投資の評価材料になるからです。
 そうなると原材料が調達できなかったり、必要な人材を確保できなかったりする事態に陥る。特に製造業などは、どんなにものがつくりたくてもつくれなくなってしまう。だから企業がモノづくりを続け生き残るためにも、より取引先の声にも耳を傾ける必要があります。
中村 自社だけではなく、取引先を含むサプライチェーン全体にESGが求められるいま、規模や業種に関係なくサステナビリティへの対応は不可欠になりますよね。
 一方で、日本企業の多くはサステナビリティが利益につながるイメージを持てていないことから、世界から大きく後れを取っているのが現状です。実際に私が日本企業の方々とお話しさせていただいても、ESGをコストとして捉えている企業は少なくありません。
2006年日立製作所に入社。金融機関のITシステムを担当するアカウント営業に従事。2014年に日立のアジア地域統括会社である日立アジア社へ出向。2018年からは営業をしながら、顧客協創による社会課題解決及び事業検討にも従事。現在、金融ビジネスユニットにて金融機関のクライアントとともにESG経営に課題を抱える企業支援に関する事業検討を推進。
 原材料の調達や製造、物流、販売、廃棄など、一連のサプライチェーンの見直しは、売上にすぐに直結するわけではありません。取り組んだら売上が上がるわけでなく、むしろコストが増えるだけに感じてしまう。
 しかしいまESGに取り組まなければ、世界中の機関投資家や取引先から見放されてしまい、その結果長期的な成長を実現することが難しくなる。「短期的利益追求」から、「社会貢献」と「長期的利益」を目指すESG経営に変わるために、企業の目線を抜本的に変える必要があると感じています。

消費者の声に答えはない

──日本企業が長期目線によるESG経営を実現するためには、どのような発想法やアクションが必要になりますか。
夫馬 消費者起点ではなく、未来を起点にビジネスを発想する。ビジネスの発想法そのものを転換する必要があります。
 長期戦略を立てるうえで、最もやってはいけないことは、「消費者のニーズ調査」です。日本企業は消費者の声に寄り添いすぎる傾向にありますが、現在の消費者の声に寄り添っても、長期的な戦略の方向性はみえてきません。
──長期的な戦略の策定には、消費者の声に耳を傾けすぎないことが大切だと?
夫馬 そうです。ここ数年で消費者の環境や人権意識は確かに高まっていますが、実際はそこまで意識の高い人はごく一部にかぎられます。多くの生活者はモノの値段や機能をみて消費行動を起こすのが現状です。
(iStock:Hakase_)
 逆にいまの消費者のニーズに応えているだけでは、むしろ環境破壊や人権侵害は加速するばかりです。
 しかし日本の企業はその現実に目を向けず、消費者の「いま」のニーズを調査してビジネスを考える、「消費者起点」を絶対とする習慣から抜け出せない。
 でも誰もが知るアップルやナイキ、アディダスなどグローバルブランドは、長期戦略や長期目標を設定するうえで、消費者の意識調査をあてにはしません。たとえばアディダスは海洋プラスチックでスニーカーをつくりましたが、消費者に聞いてもそんなものがほしいという声が多数を占めることはないでしょう。
 消費者のニーズに応えるのではなく、企業が消費者を持続可能な未来にリードする。すでに欧米では、企業が消費者をより良い未来に導こうとする、未来志向のESG経営が当たり前になっています。
──消費者の声に寄り添うばかりでは、未来に向けたサステナビリティに取り組む発想にはならないのですね。
夫馬 おっしゃる通りで、むしろ消費者の声に寄り添うスタイルから決別する必要があります。
 これは昨今、注目されている「パーパス」においても同様です。そもそもパーパスは本来、顕在化している消費者需要に寄り添うスタイルへのアンチテーゼなんですよ。
 いま消費者が求めているものではなく、10年、20年、30年後に自分たちが社会に価値提供を実現できる企業であるために策定する。いまの消費者から十分な理解を得られなくても、10年以上先のより良い未来に消費者を導くために必要なのがパーパスです。
 でも、未来の消費者に必要なものを、いま定量調査で把握しようとしても不可能です。なので、パーパスは「証拠」ではなく「信念」を体現するものに自ずとなります。
 欧米でパーパスという言葉が生まれた背景には、もはや証拠で経営判断ができなくなったことで、経営の拠り所にする新たな羅針盤が必要になったということがありました。
 しかし不思議なことに、パーパスをつくるうえで、日本企業は結局消費者の声を聞き、証拠を集めようとする。声を聞くのであれば、いまの需要に焦点が当たっている消費者ではなく、すでに10年以上先を見据えたパーパスを定めている先進企業の経営者の声に耳を傾けるべきです。
親松 確かに製造業をはじめ日本企業の多くは、お客様から言われたものをつくるという発想が根付いてしまっているんですよね。
 未来を見据えた事業や製品をつくろうとしても、「それはお客様の本当にほしいものなのか」と問われてしまう。しかし、10年、20年先の未来のことだから証拠は提示できない。
 だから結局、証拠を残すために消費者の声をアンケート調査して、いつのまにか未来を見据えたビジネスから遠ざかってしまう。そうした状況から抜け出すためにも、ESGの潮流を追い風にできるかどうかで企業の未来も変わるのだと思います。
2003年日立製作所に入社。デジタル家電、流通/金融分野向けビッグデータ/AI活用、ブロックチェーンを活用した異業種連携ソリューションの研究開発に従事。現在、IoT技術とブロックチェーンを活用してグリーンボンド等のESG債に関する、インパクトレポートのデータ収集の自動化と透明性確保を目的とするサステナブルファイナンスプラットフォームの研究開発に従事。
夫馬 ROIだけでは説明できない世界があるんですよね。ROIを重視すること自体は間違っていませんが、ROIを明確に示せないものには投資をしない、という思考からは脱却する必要があります。
 むしろROIを算出できないものにも価値があり、経済合理性があると認識することが非常に大切です。いま投資したものが10年後にいくら利益を生むかなんて定量的な証拠としては示せない。それでも企業が長期的な成長を実現するためにはしなければいけないことがあります。

ESG経営のカギはガバナンス

中村 お話を聞いていて、企業が長期的な観点を持つためには、経営陣の年齢もひとつの重要な観点なのではないかと感じました。経営者の年齢がそれなりに若くないと、10年先の経営を描いていることに信憑性は生まれないのかもしれないなと。
 自分が投資家だったら、70代の社長が語る10年先の未来よりも、若い経営者が語る10年先の未来の方が、強い当事者意識を持って取り組んでいるように感じます。ESGはそうした観点も評価されるのかもしれませんね。
夫馬 それは非常に良いポイントで、だからESGの「G」にあたる「コーポレートガバナンス」が大切なんです。
 CEOや社内取締役だけでの視点で、長期目標を決めてしまうと、どうしても短期思考に陥りがちです。これは、まさに「両利きの経営」でいうところのコンピテンシートラップに陥ってしまうからです。投資家からの信頼も得ることも難しくなります。
 そこで「社外取締役」の役割が重要になるわけです。社外取締役は、社内の現在の事業に縛られていないからこそ、社内取締役よりも自由に発想できる。ESGの「G」の評価では、取締役会の多様性(ダイバーシティ)も重視される。それも同じく、長期経営に導くためには、多様な観点を考慮する必要があるという考えからきています。
 そして、取締役会で決めた目標や計画は、CEOが変わっても簡単には変わりません。そこではじめて長期的な視点での経営が担保されることになります。結果、投資家からの信頼を得ることができるのです。
 なので、ESG経営が先行して普及している欧米のグローバル企業では、取締役や執行役員の報酬に占める長期報酬の比率が高くなってきています。ただ日本の場合には、役員報酬の多くが単年もしくは3年程度のパフォーマンスに連動しており、長期報酬という概念が欠けています。取締役のコミットが生まれにくい傾向にはあると思います。
中村 長期報酬の話は、ESG経営を実現するうえで私が重要だと思っていることに関連していますね。企業に対して「あなたの設備はこれだけCO2を排出しています、だから5億〜10億かかりますけど省エネしましょう」と言っても、それが3年か5年で回収できないのであれば、やらない。
 だけど投資した結果企業価値が上がり、株価が上がれば、ストックオプションを持つ方々にとっては自分の資産に関係します。一般的にストックオプションを持つのは経営に近い層なので、よりそこに魅力を感じやすい。取締役会に長期の株式報酬があればなおさらです。
 だからこそ企業を評価する側の金融機関と組んで、当社もコーポレートガバナンスを攻めないといけない。夫馬さんのお話を伺って、再認識できました。
──日立はESG経営を支援する「CO2算定支援サービス」などをはじめとする環境関連ソリューションを、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)とも連携して企業へのサービス提供を開始しています。
親松 もともと私たちは20年以上前から、企業の中での環境情報や非財務情報を集める「EcoAssist-Enterprise」というソリューションを提供してきました。「CO2算定支援サービス」は、そこに脱炭素についての数値を測るための仕組みを追加したものです。
(画像提供:日立製作所)
中村 「CO2算定支援サービス」はただ決められた数値を出すものではなく、そもそもその企業がどこを目指していて、そのためにはなんの数値が必要なのか、ESG経営の出発点からコンサルティングも行います。
 日本企業からESG経営を実現するような企業を一つでも多く生み出し、そうして社会課題の解決をともに目指す仲間を増やせていければと考えています。
親松 このサービスも含めて日立では、グリーンアセットのデータを各種ステークホルダーに共有するプラットフォームを設けることで環境投資を加速する「サステナブルファイナンスプラットフォーム」を開発しています。
(画像提供:日立製作所)
 欧米を中心にグリーンボンド(※)の発行が加速するなか、その投資によりプロジェクトが生み出す環境・社会への効果を示す、測定可能かつ比較可能な指標を示すためのモニタリングやレポーティングの課題にいち早く気づいたことから、欧州の部門が立ち上げたのがそもそもの始まりです。
(※)企業や地方自治体などが、環境改善効果のあるプロジェクト(グリーンプロジェクト)に要する資金を調達するために発行する債券のこと。
 この分野はやはりいま急激に需要が高まっていて、研究部門としては本当に人手が足りないくらいです。データを管理するだけでなく、ブロックチェーンなどさまざまな技術を用いて、人を介さずにデータを集めて活用するプラットフォームが重要だと考えています。その課題を技術的にどう解決していくか、さまざまなテクノロジーを掛け合わせながら、研究職として面白みを感じながら開発を進めています。
夫馬 サステナビリティの重要性に気づくと、企業はいかに必要なデータの把握が不足しているかに気づきます。長期目標を設定して、進捗を確認しようにも、海外まで含めたグループ企業全体のデータが往々にして整備されていない。
 そのうえ、サプライチェーン上の情報まで必要となれば、まったくの手つかず状態できてしまいました。その点で、DXを進めていくことは必然です。むしろDXが進められていない企業は、自ずとESG全体でのアクションも遅れ、競争力が落ちていきます。
 さらに金融側、取引先側からも、企業評価をする際にはやはりデータが必要になる。ESGとDXは密接につながっています。日本企業はまずそこが課題になるかもしれませんが、そこを日立さんにうまくコンサルテーションしてもらって、いち早くESGを強化できる基盤づくりをしていってほしいですね。