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なぜ74人の児童は津波に飲み込まれたのか?

かき消された、児童の「山さ逃げよう」の声

2014/11/11
私たちの生きている社会はいま、圧倒的に弱い立場にある当事者たちの痛みや思いを感じとり、きちんと耳を傾け、丁寧に寄り添えているのだろうか。立場ある者が、目先の営利や名誉、効率性ばかりを優先していないか。これから記そうと思っていることは、長く当事者たちに接してきたジャーナリストとしての自分自身への問いかけでもある。
前回の連載に引き続き、学校管理下にあった児童74人、教職員10人が東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の惨事はなぜ起きてしまったのか? そしてなぜ、その後の検証が適切に行われなかったのかについてリポートしていく。

東日本大震災の大津波で、児童74人、教職員10人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市の大川小学校。

津波が来るまでの50分近くもの間、新北上川沿いにある標高わずか1メートルほどの学校で、危機が迫っているにもかかわらず、子どもたちの命を預かっていた教職員は、裏山へ逃げようとする子どもたちをなぜ校庭に縛り付けていたのか。

震災以来、児童の遺族たちは一貫して、その真実の解明を求めていた。

ラジオは聞いていなかった

しかし、税金を使い、国が防災コンサルタントに委託した“第3者委員会”の検証の不可解な点は、山ほどある。例えば、2011年6月4日、大川小学校「第2回保護者説明会」で、市教委が津波被災までの約50分間の「聞き取り、そのままにまとめた」報告書の中には、こんな記述が出てくる。
市教委が話を聞いた相手は、『直接被災した4名を含めて24名の子どもたちとA先生(記載は実名)、そして河北総合支所の職員になります』と紹介している。

そのうえで、まず校庭に待機させられていた子どもたちの様子が記されている。

『防災無線のサイレンが鳴って、「大津波警報が出ました。海岸沿いは危険ですので高台に避難してください」という声を聞いた。それを聞いて、「ここって海岸沿いなの」という女子や「山さ逃げよう」という男子がいたが、そのまま引き渡しを続けた』

この時の報告書には、恐怖で泣いたり抱き合ったり、子どもたちの切迫する様子が描写されているものの、以前紹介したような大川小学校事故検証委員会の報告にある「危機感のない様子だった」を示す記述は一言も出てこない。

その一方で「ラジオは聞いてなかった」という根拠の不明な証言が突然現れる。

また、複数の児童が証言する「(校庭で教職員が)ラジオを聞いていた」という絶対的事実に対して、なぜか「ラジオは聞いていなかった」という証言が、不自然な「両論併記」の形で報告書に残り続けた。

そして、手をつないだ児童は波に飲み込まれた

結局、検証委員会は、今年2月の最終報告で、『事故後、亡くなった子どもの様子を複数の児童に尋ね、いずれの児童からも「亡くなった子が山への避難を強く教職員に訴えていた」と聞いた保護者もいる』と述べるにとどめ、市教委の震災直後の報告に出てくる『「山さ逃げよう」という男子』について、それ以上積極的に調べようとしなかった。

さらに、遺族たちが疑問視していたのは、子どもたちが津波に襲われる次の記述だ。

『津波はすごい勢いで、子どもたちを飲み込んだり水圧で飛ばしたりした。後ろの方で手をつないだりしていた低学年の子どもたちも津波に飲み込まれた。ほとんど同時に学校側からも津波が来て、学校前は波と波がぶつかるように渦をまいていた』

まさに、見た者でなければ描写できない表現だ。いったい誰が、どこから目撃していた証言なのか。

市教委が話を聞いた相手のうち、支所の職員は、その瞬間、学校から少し先の堤防上にある「三角地帯」の法面を登って避難するのに精いっぱいで、位置的にも山の陰になって小学校を見ることはできない。

その描写は、生還した子どもの目線とも違う。となると、消去法で「証言できるのは、残された1人の大人しかいない」と、ずっと調査してきた遺族たちは口を揃える。

当日、学校から教職員で唯一、裏山に避難し、その後「休職中」とされるA教諭の証言の検証を遺族たちが求める所以だ。

YouTube映像のせい?

今年1月19日の第9回検証委員会で、室﨑益輝委員長は、そうした遺族の疑問にこう釈明した。

室﨑委員長「市教委には、我々もきちんと確かめなきゃいけないということで聞いています。ビデオの映像か何か、そういうものをもって類推して、そういう判断をされていたのかもという返事をもらっています」

あまりに釈然としない話に、遺族が怒る。

遺族「というふうに言っていましたか? 市教委は? ビデオで、その映像を撮った人もいるんですか? 子どもたちが手をつないでいた。それも見ているわけですよ。手をつないだ子どもたちが波にのまれて、その後、波が校庭で渦を巻いていたという具体的な説明なんです…」

すると、答えに詰まった委員長に代わって、またしても事務局を務める防災コンサルタント会社「社会安全研究所」の首藤由紀所長がマイクをとった。

首藤所長「事実情報に関するので、事務局からお答えさせていただきます。市教委がまとめられた報告書の中で、渦を巻いていたということ、手をつないでいたということ、子どもさんがもっと早い時期に山へというふうに訴えていたということについて、どこから来たのかということをまとめられた方ご本人に聴き取りをしております。結論から申し上げますと、山へという声が子どもさんからあったということは、後日、ご遺族から聞いた話を混在させてしまったとお答えになりました。渦を巻いていたということについては、おそらくということですが、YouTubeに流れていた映像を見ていて、そこからつくってしまったのではないかと思うとお答えになりました」

遺族「それは絶対にあり得ないです」

別の遺族「あれ(YouTube映像)には大川小学校は映っていませんよ!」

首藤所長「はい、おっしゃるとおりです。そのようなお答えをいただきました。手をつないでいた、については、どこからとって記載されたかご記憶がないということで、委員の方で検討をされた際には、いずれにしても、市教委さんがまとめられた報告の根拠が明確でない部分がたくさんあるというようなご議論となりました」

だから、掲載しなかったというのである。私たちが2012年7月に取材したとき、聴き取り執筆した当時の市教委の指導主事は、「山さ逃げよう」という証言について、私たちの取材に対し、「『「ここって海岸沿いなの」という女子』とあると、作文書くときに、『「山さ逃げよう」という男子』って書きたくなるんじゃないかな」と説明している。

説明用の原稿が作成された当時、「まだ子どもたちがメディアで発言していなかった時期」と指摘する遺族もいる。そもそも「聞き取りそのままにまとめた」と紹介しているのに、「混在した」話が公文書に載ること自体、あり得ない話だ。

誰も見たことのない「YouTube」にしても、市教委の言い分をそのまま確認もせずに鵜呑みにし、「確認できないから」という理由でフタをして、なかったことにしていく。5700万円もの税金を投入して、いったい何を調べているのか。

裏山の方面から見る大川小学校。当時、この方面からであれば遮る林がなく、下のほうにいても校庭の渦や県道を走る津波が見えたとされる

裏山の法面から見る大川小学校。当時、この法面からであれば遮る林がなく、下のほうにいても校庭の渦や県道を走る津波が見えたとされる・ご遺族撮影

矛盾だらけの証言

では、A教諭は、津波が押し寄せてきた時、どこにいたのかという疑問が残る。検証報告書に出てくるA教諭の証言は、次の通り。

『児童らの列が向かう先の県道をふと見ると、家屋の半分くらいの高さで長面(海岸)方面から三角地帯方向へ移動する津波が見えた。この時点では、県道部分以外には津波は来ていなかった』

記述から推測すると、A教諭のいた場所は、子どもたちが追いつめられた袋小路で、生還児童2人が津波に打ち上げられた崖付近ということになる。しかし、その後、叫びながら山へ駆け上がったはずのA教諭の姿は、生還児童2人をはじめ、間一髪、山に避難した住民や支所職員にも目撃されていない。

しかも、生還児童は、新北上大橋方面からの津波に襲われたと証言していて、波の方向が逆である。そもそも崖下の袋小路付近にいたとすれば、民家の陰になって県道を走る津波を見ることができない。

A教諭の証言が正確であるなら、津波を見た場所はぶつかり合って渦を巻いた学校の校庭よりも海側ということになる。まさに証言は矛盾だらけなのである。

一方、A教諭が県道を走る津波や校庭の渦を見下ろせる位置にいたのだとしたら、つじつまが合う。

遺族たちは、こうした矛盾の検証を求めていた。にもかかわらず、A教諭と思われる証言は、裏を取ることもなく、そのまま報告書に記載された。

これは推測だが、自然に精通し、学校でも子どもたちに好かれていたというA教諭は、震災直後、市教委の聴取にありのままの事実を正直に答えていたのではないか。

A教諭は周囲の誰かに言葉を封じられているだけで、今も本当は子どもたちのために真実を話したいのではないか。

だから、震災直後の市教委の報告書には、そうした「事実の断片」が残されていたのではないか。しかし、2年近く経って、遺族の望まない形で設計された“第3者委員会”の「ゼロベース」というマジックワードによって、それらの“不都合な真実”は、報告書から魔法のように消えていった。

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