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 転換まっただ中は経済だけじゃない

ベトナムサッカー、カギはU-19、そして日本

2014/11/10
NewsPicks連載企画でもサッカーが多く取り上げられ、サッカーファンの筆者としても嬉しい限り。それに便乗するわけではないが、今回は知られざる(!?)ベトナムサッカー界の現状についてお伝えしたい。そこには 前回書いた「韓国の存在感」とは対照的な、日本の存在感がある。

ファンの期待を裏切り続けたプロサッカー

ベトナムで最も人気があるスポーツは、やはりサッカー。街にはサッカーやフットサルのコートが多くあり、テレビでは英プレミアリーグを中心に独、伊、仏、スペイン、そして米メジャーリーグも放映される。その充実ぶりは、日本にいるよりも世界のサッカーが断然身近に感じられる。

ただ、肝心のベトナム国内サッカーは…現在は停滞状態だ。サッカーファン100人に聞けば99人が、「サッカーは大好き、でもベトナムリーグは観ない」という悲しい実情だ。

普段の国内リーグ戦では、「とりあえず体が大きい外国人フォワードに、ポーンとロングボールでパスしてお任せ」というパターンが多く、得点力やパスワークが上達しないこと、運動量が少ないことがよく指摘される。ベトナムプロサッカーリーグ(Vリーグ)における各選手の走行距離は平均5.8キロ/試合という統計 があるが、これはJリーグで運動量のあるクラブの半分にも満たない。

リーグの各クラブは地域のクラブというより企業色が強く、スポンサーやオーナーの意向、クラブの経営不振などであっさり解散する。特に2部降格が決まると一気に厳しくなり、今年も降格が決定したアンザン省のチーム が解散。さらには2部リーグ優勝で2015年の1部昇格が決まっていた、ドンタップ省のチームも、来年の十分な資金が準備できないと解散してしまった 。

地元サポーターは落胆、選手は路頭に迷う。実はコンサドーレ札幌で昨年活躍した「ベトナムの英雄」、レ・コン・ビンも被害者の一人だ。所属していたハノイFCが解散してしまったのである。もちろん彼ほどの実力と知名度があれば、拾ってくれるチームもあるが、大抵の選手はそうはいかない。

地域に愛されているチームは観客収入もある程度見込めるが、多くは観客が集まらない。筆者の「地元」にあるハノイT&Tも客が集まらず、先日の試合でも無観客試合と見紛うばかりの光景が…。

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これは「無観客試合か?」と思わせるほどのガラガラのスタジアム。

そして、根強く残るサッカー賭博の問題。今年もVリーグの選手が賭博に関与していたとしてリーグを永久追放されるなど、「やっぱりかぁ…」とファンをがっかりさせるニュースが相次いだ。

英才教育が花開いたU-19ベトナム

そんなこんなで前途多難な中、サッカーファンをすかっとさせる救世主が、U-19ベトナムだ。日本のメディアは「ベトナムの黄金世代」などと書いたが、その人気はそんなレベルではない。日本なら日本代表であろうとU-19の試合を追いかけるのは、相当コアなファンに限られる。しかし、ベトナムではフル代表を差し置き、このU-19が圧倒的な人気なのだ。

9月にハノイで行われたU-19の国際試合「Nutifood」カップでそのフィーバーは頂点に達した。

ベトナム代表は決勝まで勝ち進み、そこで日本代表に0-1で敗れたものの、しっかりとしたパス回しで相手を崩す華麗なサッカーは、まさに魅せるサッカーであった。ハノイ郊外のスタジアムで行われたU-19ベトナム戦は連日満員、そして決勝戦は4万人収容のスタジアムに何と5万人がつめかけたとの報道もあった。

チケットはプレミア価格で売りさばかれ、選手入場口に観客が入り込むは、チケット無くても守衛に直接現金つかませて入場するは、という大騒ぎだった。

残念ながら10月のミャンマーでのAFC U-19アジア大会では日本、韓国、中国と同じ組というくじ運の悪さもあり、予選リーグで敗退したが、今もベトナムサッカーファンの心を鷲づかみにしている。

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筆者が観に行ったU-19対日本戦はベトナム人サポーターが大興奮!

U-19をここまでにした最大の功労者はベトナムサッカー連盟、ではなくてホアンアイン・ザライ・グループ(HAGグループ)の会長であるドアン・グエン・ドュック氏だ。

実業家の彼はベトナム有数の資産家。昨年末の株式長者番付によると、ベトナムで2位となる約3.5億ドルの株式資産を誇る。サッカーに強い情熱を持つドュック氏は、ザライ省プレイク市に2007年にHAGL-アーセナル・サッカーアカデミーを設立、英アーセナルと提携して選手育成を始めた。

ベトナム中から将来性のある子どもを集め、寄宿学校も完備して、全ての時間をサッカーに費やすことができる環境を作った。学費、生活費などのほとんどが補助され、応募者が殺到する。

さらにベトナム人コーチは選手選抜に全く干渉できず、外国人コーチなどの意見で選抜という、ベトナムでありがちな金やコネ合格を防ぐ厳格ぶり。その成果が現在のU-19というわけだ。

そのU-19の選手たちはちょうど今、進路選択の時期にあたる。大学進学、あるいはVリーグ加入か、はたまた一部の選手を海外クラブが狙っているなどという噂もある。

ドュック氏は当初、ロングボール蹴りこみ式のサッカーが定着しているVリーグにU-19選手が入れば、これまで培ってきたサッカーが壊れてしまうと懸念、「Vリーグには行かせない」と発言したことも。今も「学業とVリーグの両立」をうたってアカデミー近くに大学まで作る計画を発表 するなど、まだまだ「うちの子はVリーグには任せられない」と言わんばかり。子離れならぬ「U-19離れ」はできないようだ。

最近でも10月にベトナム・カントー市で行われたU-21国際大会にU-19の中心メンバーであるアカデミーの選手チームが出場し、U-21ベトナム代表を抑えて見事優勝、ドュック氏も宙を舞った 。U-19は今後のベトナムサッカーに変化をもたらす世代であることは間違いない。

ベトナムサッカーの次なる期待は…

そしてもう一つの希望のキーワードは、何を隠そう、「日本」だ。

現在のベトナムフル代表、U-23代表の監督は、札幌、神戸、甲府などJリーグでも監督を務めた三浦俊也氏。ベトナムとJリーグ間で結ばれた協定の縁もあり、今年5月に着任した。だが、就任前には「日本をW杯に導いた岡田監督が来るらしい!」という噂が出回ったせいもあり、知名度のなかった三浦監督には辛口のコメントが続出した。

しかし、対外試合で勝利を重ねるとサポーターの声は急変。フィジカルを鍛え直す成果も徐々に出て、選手からも手応えが伝わる。メディアも今では、「三浦監督はベトナム代表を勝利の軌道に戻しただけではなく、世論の信頼を勝ち取った」と最大限の賛辞 を送る。その船出を占う試金石が、11月下旬から開幕するスズキカップだ。

スズキカップとは2年に一度開かれる、いわば東南アジアのワールドカップ。2008年にはベトナムがタイを下して優勝、街は歓喜に湧いた。その後ベトナムは低迷し、前回2012年大会では予選リーグも突破できず。

そんなフル代表への失望から、2013年にオーストラリアを5-1で破って脚光を浴びたU-19へと、サッカーファンの視線は移った。今年のスズキカップはベトナムとシンガポールの共催、つまりホームで底力を見せるチャンスだ。ここで成績を残せれば、三浦監督の名声も一気に上がるだろう。

昨年からはベトナムでもJリーグが毎シーズン1、2試合ほど生中継で観られるようになった。まだ知名度は無いが、地域に根ざし、サポーターを大事にしながら発展を目指すJリーグへ、欧州リーグに独占されたファンの関心(そして消費)を向けさせることができれば、Jリーグのアジア戦略の一つになる。またベトナムサッカーにとっても、今後の発展は代表監督、Jリーグなど日本サッカーとの協働が鍵となるはずだ。

(写真:いまじゅん)

※本連載は毎週月曜日に掲載する予定です。