2022/4/11

“CaaS”が硬直した「消費者信用市場」を変える理由

NewsPicks BrandDesign ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 世界のフィンテック企業の資金調達額が急増した2014年以降、金融機関が担ってきた4分野である「預金/決済・送金/融資/資産運用」に、数多くの新規プレイヤーが参入した。
 スタートアップが金融とテクノロジーを融合させ、既存の金融サービスの常識を塗り替えているのだ。
 アメリカの決済プラットフォームのStripe(ストライプ)は、未上場でありながら、企業価値は10兆円(2021年9月)を超える。
 日本でも、2021年9月に後払い決済スタートアップ企業のPaidy(ペイディ)が、アメリカの決済大手・PayPal(ペイパル)に、約3000億円で買収されるという驚きの発表がされた。
 海外でフィンテックサービスが次々と誕生する背景には、金融機関の変化が挙げられる。
 たとえば1999年にアメリカで設立した新興銀行のグリーン・ドットは、スマホで決済や入金ができる仕組みをいち早く開発し、今はApple PayやApple Cardの基盤を提供している。
 また、イギリスのオンライン銀行のMonzoや、ドイツのモバイルバンクN26など、「チャレンジャーバンク」と呼ばれる銀行も急速にユーザー数を伸ばし、グローバルに展開しようとしている。
 一方、日本においてはアメリカの約1年遅れでフィンテック企業の資金調達額が急増した。
 2018年には改正銀行法により各金融機関にオープンAPIの努力義務が課され、さまざまなフィンテックサービスが世に出ている。電子マネーや事業者向けのトランザクションレンディング、ロボアドバイザーによる資産運用サービスが、その一例だ。
 しかし、ここに1つの“穴”が存在する。
 人々の生活に身近な「個人向けローン」の領域である。
 先を走る中国では、アリババグループによる信用スコア「芝麻(ジーマ)信用」が用いられ、消費行動や公共料金の納付状況などが与信審査の尺度として盛り込まれている。
 アメリカでも、支払履歴や借入残高などをスコア化した「FICOスコア」の活用が進む。
 対して日本の個人向けローンのフィンテックプレイヤーは僅か、ブルーオーシャンだと語るのが、「信用を最適化して、人の可能性を解き放つ。」をミッションに掲げるCrezit Holdings代表取締役CEOの矢部寿明氏だ。
 与信プラットフォーム「Credit as a Service」(CaaS)を打ち出し、先を走る海外の状況を踏まえ、自信をのぞかせる。その勝算やいかに。
INDEX
  • 日本の金融は莫大な資産をうまく使えていない
  • 消費者と金融事業者がWin-Winとなる中間地点
  • 原体験は「クレジットカードを作れない」
  • 「事業会社×CaaS」により生まれるサービス
  • 日本のフィンテックはブルーオーシャン

日本の金融は莫大な資産をうまく使えていない

──まず日本のフィンテックの概況をどう捉えますか。
矢部 プレイヤーからすれば、一言で言うと、ブルーオーシャンです。
 アメリカや欧州、中国などでは、フィンテックの1ドメインに対して数十社のプレイヤーが出ています。しかし日本では数社です。
 資産運用のスタートアップはいくつか出ていますが、とくに自分が立ち上げた個人向けローンのスタートアップはほぼ皆無です。
1993年生まれ。大学卒業後、GE(ゼネラル・エレクトリック・カンパニー)に入社。ファイナンスのリーダー育成プログラムであるFMPに所属し、北アジア3ヶ国のファイナンス業務などに従事。2018年3月より、BASEへ入社。子会社BASE BANKの立ち上げ、を行なう。2019年3月Crezitを創業。慶應義塾大学卒。Forbes 30 Under 30 Asia 2021選出。
 そもそも日本の金融機関には、強固な顧客基盤や財務基盤などの莫大なアセットがあります。しかし、それらの資産をうまく使えていない状況がいまだあると考えています。
 ただ、最近はBaaS(Banking as a Service)と言われるように、銀行が表に立つのではなく、他社のサービスの裏側に入ってサービスを提供するケースが増えてきています。これは金融庁主導で規制緩和が行われ、銀行がオープンAPIなどを推進してきた結果です。
 このことによって、銀行がスタートアップなどと連携し、新規サービスを生み出すケースが増えてきています。
 一方、当社が軸足を置いている個人向けローンの領域では、DXが進んでいません。
 クレジット会社や信販会社などでは、いまだ10年以上前のシステムが使われているんです。銀行のようなオープンAPIも進んでおらず、与信審査をはじめブラックボックスになっている点が否めません。
──そうした状況について、ローン事業者の意識に変化は起きているのでしょうか。
 日本全国でDX化が叫ばれている昨今ですから、そうした状況への危機感は業界内で高まっているのは各事業者さんとお話ししていても如実に感じます。
 個人向けローンのニーズがLINEなどに奪われている状況があるうえ、海外でも新興金融機関の存在感が高まっていますから。
──海外の個人向けローン市場は、どのような状況なのでしょうか。
 アメリカではここ10年ほどで個人向けローンの市場が顕著に変わっています。
 以下のグラフのとおり、2010年頃は、アメリカでも99%が既存の金融機関が個人向けローンを担っていました。
 しかしこの10年ほどで、マーケットが劇的に変わっています。フィンテックのスタートアップがプレイヤーとして加わり、今やマーケットシェアの4割を占めるにいたったのです。
 よく注意して見てほしいのは、既存の金融機関が扱っていた個人向けローンの取引量を維持しつつ、ここにスタートアップによる取引が純増している点です。

消費者と金融事業者がWin-Winとなる中間地点

──なぜ、アメリカではマーケットが拡大しているのでしょうか。
 原因は大きく2つあると考えています。1つは、今まで融資審査をクリアできなかった人でも借りやすくなったこと。アメリカでは、信用スコアリングを用いた新しい融資審査を行うケースが増えていて、より多くのニーズを拾えるようになったことです。
 もう1つは、これまでローンにネガティブな印象をもっていた人が、フィンテックでカジュアルにローンを受けるようになったことです。スタートアップが心理的な抵抗感をなくすことで潜在的なニーズを掘り起こし、マーケットの規模を拡大させています。
──なるほど。日本は今でも「借金だけはダメ」といったネガティブなイメージから、ローンを避ける人は少なくありません。
 とくに消費者金融やカードローン、キャッシングの印象は一般に良くないですよね。ドラマや漫画などの影響もあり、高い金利を取られて、最終的には全財産を失うような印象が強いと思います。
──現状のローンサービスの実態はそうではない?
 そのとおりです。たとえば、ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行は年20%程度の高金利を設定しています。日本の消費者金融などよりも高い金利を設定しているわけです。
 もちろん、国の経済状況が違うわけですが、「お金を貸して金利で稼ぐ」という意味では変わりませんよね。なのに、両者の世間的なイメージがまったく違っています。
 一方でたとえばクレジットカードの中には、自動的にリボ払いが適用されるものがあります。利用者は1回払いで決済したつもりが、知らないうちに高い金利を取られてしまう。非常に不透明で悪質なものもあります。
 このようなサービスが出てしまうのは、ローン会社には「高い金利を払わせたい」というインセンティブが働くからです。金利が主な収益ですから、仕方がないことなのかもしれませんが。
 そこで僕が思うのは、“中間地点”があるのではないか、ということなんです。お金を借りる消費者にとって便利で、かつ、お金を貸す側の事業も継続できるような。両者がWin-Winになる形が必ずあるはずです。
 そもそも日本の消費者金融やカードローンが扱う無担保ローンはおよそ10兆円の貸付残高があります。これは、日本の消費を支えてくれている、という見方もできますよね。
 僕自身は、個人向けローンの社会的な価値は確実にあると考えています。

原体験は「クレジットカードを作れない」

──矢部さんはなぜ個人向けローンの領域でフィンテックビジネスをはじめようとしたのでしょうか。
 直接的な理由は、僕の失敗経験にあります。お恥ずかしい話なのですが、僕自身がクレジットカードの支払いを延滞してしまい、それからクレジットカードを作れなくなったんです。
──差し支えなければ、なぜ延滞されたのでしょう。
 延滞したのは、マイクロファイナンスを学ぶため、大学時代にケニアに滞在していた頃です。ナイロビでも日本のクレジットカードを使えたのですが、そのカードの引き落とし口座の残高が不足してしまっていたようで。帰国して、実家に届いていた督促状に気づいた頃には、僕の信用情報には傷がついていました。
 日本では、個人の信用情報は信用登録機関で管理されています。たとえばローン返済や携帯電話の分割金などの支払いが3ヶ月以上遅れると、その情報が信用情報として5年から7年は残ります。この情報は、クレジットカードやローンの与信審査に用いられるのが一般的です。
 僕の場合、大学時代の失敗で信用情報に傷がついたわけですが、これが就職した後も残っていました。だから、社会人になってもカードを作れませんでした。
 当時の給料は決して少なくなかったですし、もちろん二度と延滞するつもりはなかったのですが、どうしようもなかったのです。
──日本の与信審査のシステムは柔軟ではないのですね。
 はい。日本では一度ミスをすれば、それだけで「ローンやクレジットカードは使えません」という判断になるわけです。その後にどんな仕事や生活をしたとしても、一定期間が経過するまでは覆すことはできません。
 ですから、僕が起業した最初の動機をシンプルに言えば、「どうすれば僕はクレジットカードを作れるのか?」という疑問だったのです。
──たしかに、非常に困る体験ですが、そこから起業にいたったのはなぜでしょうか。
 もともとは学生の頃に途上国開発に関心があり、マイクロファイナンスを学んでいたんです。貧しい人々向けに提供する小口の融資や貯蓄などの金融サービスのことです。ケニアに行ったのもそのためでした。
 ケニアで目にして驚いたのが、M-KOPAという会社の個人向けローンでした。M-KOPAは発電機とソーラーパネル、ライトのセットを非常に細かい分割払いで売るというサービスを提供していました。
 ケニアでは、電気がない地域の人たちはろうそくや灯油を買うために毎日お金を払わなくてはいけません。彼らの収入の多くがここに消費されていたのです。でも、そのお金をM-KOPAのローン返済にあてれば、ソーラーパネルなどを購入できます。これは資産として残り、ローンを払い終えた後も電気を生み出してくれます。
 さらにM-KOPAできちんと返済をすればクレジットヒストリーが蓄積されるので、さらに大きなローンも組みやすくなるんです。このローンを通じてケニアの人々の生活がステップアップしているのを見て、とても感動しました。
──日本でも、個人向けローンから、人々の生活がいい意味で変わる?
 間違いありません。たとえばローンの審査でいえば、日本だとやはり会社に勤めていないと不利です。でも今はこれだけフリーランスが増えているわけで、職業で与信審査をする合理性が薄れています。とくに住宅ローンは30年以上の期間で組むのが一般的ですが、30年後にその会社に勤めている保証はどこにもありません。
 だったら今の与信審査のあり方に固執する必要はないはずですよね。フリーランスでもローンを組みやすくなれば、より生活や仕事の選択肢が広がると思います。
 実は僕自身、日本の与信審査に苦労しています。スタートアップの起業家って、住宅ローンや家賃保証を組めないんです。Crezitの事業としては、累計9.2億円も調達しているのに、不思議なものですよね(笑)。
 自分自身が困っているからこそ、より強く現状を変えたいと思いますね。

「事業会社×CaaS」により生まれるサービス

──では、Crezitが提供するCaaSとは、どのような仕組みなのでしょうか。
 CaaSは、与信サービスを低コストかつ迅速に立ち上げられるプラットフォームとして設計されています。与信サービスに必要な、契約・与信審査・債権管理・回収までの一連の機能を備えているのが特徴です。
 ターゲットとするユーザーは、「金融機関向け」と「事業会社向け」の2つです。
──金融機関向けのCaaSとは。
 最初にお話ししたように、日本の金融機関は莫大なアセットをもちながら、資産をうまく使えていない状況です。とはいえ、既存の巨大なシステムや業務フローを変えるのは簡単なことではありません。
 そこで現実的な答えになるのが、他の事業者と連携し新たなサービスを生み出すという「組み込み型金融」と呼ばれる戦略です。金融業界においては、大きなトレンドになると言われています。
 ただ、いきなり金融機関が事業会社と連携しようとしてもやはりさまざまな問題が起きます。そこでCaaSが事業会社と金融機関の間に入る形で、両者をつなごうと考えています。
 金融機関が事業者の裏側に入って、ローン領域で新規サービスを提供したいというときに、我々がプラットフォームとしてお手伝いをするという形です。
 一方、「事業会社向け」の場合は、各社のサービスにCaaSの与信機能を取り入れていただくイメージです。金融とはまったく関係のない業態の企業でも、CaaSを使って新たなサービスを生み出せます。
──具体的な事例はありますか。
 まだ2021年に始まったばかりなのですが、スキマワークス社の「Sukima Works」に、CaaSを利用した「Sukima Credit」という機能が実装されました。
 Sukima Worksはスキマ時間に働く場所を探せるマッチングプラットフォームです。この利用者に向けた、スマホで簡単に利用できる少額の無担保借入サービスがSukima Creditです。
 Sukima Creditの特徴は、Sukima Worksの出勤や欠勤などの実績を加味した借入審査を行っている点です。つまり、きちんと仕事をした人は、その実績によってお金を借りやすくなります。
 今はCaaSとしてデータをためている段階のため、あくまでも少額融資です。でも、いずれデータの蓄積から与信の精度を上げ、ギグワーカーでもまとまった金額のローンを組めるような形に持っていきたいと思っています。
──海外では、既にそのようなローンサービスが出ているのでしょうか?
 よく知られているところではUber Moneyですね。今はいったんストップしていますが、Uberのドライバー向けに金融サービスが提供されていました。
 また、アメリカ発のDoorDashもフードデリバリーサービスを手掛けながら、レストランなどにローンサービスを出しています。シンガポールを拠点とするGrabもシティバンクと提携して、クレジットカードを発行したり、アプリ内で消費者向けのローンサービスを提供しています。

日本のフィンテックはブルーオーシャン

──今後の戦略は。
 僕たちはまだまだ入り口に立ったばかりですが、戦略の手前に、今のタイミングが大きなチャンスだと考えています。
──なぜでしょう。
「市場の変化」「技術の変化」「スタートアップの環境変化」という3つの意味から、今は非常にいい波が来ていると感じます。
 市場の変化は、モバイルシフトと金融業者の活性化ですね。技術の変化は、各種開発環境からクラウド、AIまで枚挙に暇がありません。
 さらにスタートアップの環境が整ってきたのが大きい。
 日本でもマネーフォワードさんなどのフィンテックの成功例が出ていて、僕らはいわば第二世代です。第一世代の企業による成功事例のおかげで規制緩和や社会的認知も進み、フィンテック業界はさらに伸びようとしています。
 10年前なら、僕らのようなフェーズの会社が10億円近い資金調達をすることはほぼ不可能でした。でもCrezitは創業3年目にして累計9.2億円の資金調達を実行できた。
 ファイナンスの環境が整ったことで、優秀な人材を採用でき、大きな投資も可能となっています。
──Crezitはどんな人材がほしいのでしょうか。
 日本のフィンテックはまだまだカオスですから、新しい分野を開拓することになります。
 このとき、ただ切り開くだけではなく、一つひとつきちんと形にできる人がいいですね。スキルや経験を積み上げていけるマインドがあると、社会を変えるような仕事ができると思います。
 また、僕らが扱う個人向けローンの分野はいまだに誤解が多いと思っています。大きな社会的な価値があるのに正しく評価されていません。
 そうしたなかで、このビジネスの価値を信じる人とともに働きたい。世の中に与信審査という壁が存在することを認知しつつ、その壁を越えた未来を一緒に描けたらと思っています。