2022/3/22

新興市場「フェムテック」が秘めるポテンシャル

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 2025年までに世界で市場規模が5.3兆円に達するといわれる新興市場がある。
 女性の健康課題をテクノロジーによって解決するフェムテック市場だ。
 マーケットはアメリカを中心に2010年頃から拡大しており、日本でも“フェムテック元年”と呼ばれた2020年頃から、吸水ショーツや月経管理アプリなどが登場。
 2020年10月には、女性政治家たちによるフェムテック振興議員連盟も発足している。
 潜在的なニーズの中核にいるのは、働く女性たちだ。
 経済産業省の調査によれば、フェムテックを通じて働く女性のウェルビーイングが実現すれば、その経済的なインパクトは2.2兆円とも試算される。
 急成長する市場としてはもちろん、そこから波及する経済効果の点でも注目されるフェムテックは、いったいどのような課題を解決するのだろうか?
 オンラインのピル処方アプリ「スマルナ」を提供するネクイノ 石井健一氏、同社との業務提携で婦人科領域への新たな価値提供を目指すNTTコミュニケーションズ 久野誠史氏、働き方を選択できる社会づくりを推進するat Will Work 藤本あゆみ氏に聞いた。
INDEX
  • コロナ禍が示すジェンダーギャップ解消の糸口
  • 日本のフェムテック市場の現在地
  • 壁は「世界トップの医療・保険制度」
  • 医療全体を見据えて、まず婦人科領域から登る

コロナ禍が示すジェンダーギャップ解消の糸口

──なぜ今、これほどフェムテックに注目が集まっているのでしょうか?
藤本 大きな要因として、女性の社会進出に伴う健康課題の顕在化が挙げられます。性別を問わず、長期的に高いパフォーマンスを発揮するには、心身の健康が大前提です。
──女性が社会進出していると聞く一方で、日本はジェンダーギャップ指数120位で、特に政治と経済のスコアが低いですよね。
藤本 確かに、労働人口だけ見れば、女性は約3000万人と全体の44%に上ります。
 長年、女性の6割が出産で離職していましたが、今では半数以下まで減りました(※)。女性が出産や育児で退職してしまい、30代を中心に就業率が下がる「M字カーブ」問題は解消されつつあると言えます。
※編注:第一子出産離職率=46.9%(厚生労働省「出生動向基本調査」2015年)
 ただ、女性の雇用は非正規が多く、女性の役員登用率も低い。質の面ではまだまだ、ということなのでしょう。
 その背景にあるのは、「家事育児は女性がすべき」といった根強いジェンダー規範。男性だけでなく、女性自身もそれを払拭できずにいると感じます。
 旧来の価値観を持つ私たちの親世代が、まだ労働人口の中心という影響もあるでしょう。
久野 若い世代には、出産・育児でキャリアを諦めない女性や、積極的に育児参加したいと考える男性も増えていますよね。
 コロナ禍で在宅ワークが広まり、性別を問わず働き盛りの世代の意識が変わってきているように感じます。
藤本 リモートワーク化が進んでから、大企業での女性の役職登用が大幅に増えたとも聞きます。
 在宅時間が増えて、「妻の家事・育児がいかに大変かよくわかった」と話す男性も少なくないそうです。
石井 私たちネクイノは、オンライン診察のサービスを手掛けていることもあって、コロナ以前からほぼフルリモート・フルフレックスでした。
 約100人の組織のうち65%が女性で、毎年6〜7人が出産しますが、離職率はゼロです。
 こうした事例の積み重ねで、企業は生産性が高い仕事に女性をアサインできると証明していくべきですよね。
久野 NTTコミュニケーションズでも、以前は男性のほうが高かった従業員満足度が、この2年で男女同程度になりました。
 女性の「働きたいのに働けない」「重要な仕事が与えられない」といった不満が、リモート化で解消されたのが一つの要因と考えています。
 制度やテクノロジーで、働く女性の可能性はもっと広がる。フェムテックが注目される理由も、まさにこの点にあるのでしょうね。

日本のフェムテック市場の現在地

──海外が牽引しているフェムテックですが、市場はどのように広がっているのでしょうか?
石井 「フェムテック」という言葉が生まれた2012年頃から、その市場は(1)生理用品や月経、(2)妊活・不妊、妊娠・出産(3)更年期障害・セクシャルウェルネス(性生活向上)、(4)女性の疾患の新治療発見と、4つのフェーズを経て広がってきました。
 市場を牽引するアメリカで今ホットなのは、更年期障害とセクシャルウェルネスですね。
 日本市場はアメリカから11〜12年後れを取っていて、2つ目の妊娠や不妊のフェーズにさしかかったところです。
藤本 フェムテックのスタートアップは、世界的に急増しています。
 Plug and Playでは昨年、世界のフェムテックスタートアップを調査してeBOOKにまとめました。避妊や尿漏れ(失禁)なども含む11カテゴリに分けて、20カ国108社をピックアップしています。
 そのうち日本企業は26社。石井さんが代表を務めるネクイノも、オンライン診療カテゴリでご紹介させていただきました。
石井 ありがとうございます。私たちが提供する「スマルナ」は、ピル(経口避妊薬)のオンライン処方アプリで、医師や助産師、薬剤師とユーザーをつなぐサービスです。
 まだまだ日本のフェムテックは新興市場で、パーソナルデータを活用するような狭義のテック系サービスはマネタイズが難しい段階です。
 ハードルの一つは、薬機法などの規制です。効能効果を謳えないうちは、なかなか適切な広告表現が使えません。また医療制度が整っている日本では、治療目的の医療行為に比べて劣後しやすい。
 ただ、ここ2年で市場は確実に盛り上がっていて、スマルナの認知度も大きく上がりました。
 大きなきっかけは、新型コロナの感染拡大です。
 巣ごもり需要で自分の健康状態に目を向ける人が増えたり、病院へアクセスがしづらくなったりといった理由から、もともとあったオンライン診療のニーズが顕在化したと考えています。
藤本 「フェムテック」というカテゴライズが浸透して、情報のアクセシビリティも上がりましたよね。
 もっと「女性の社会進出のために、健康課題はテクノロジーで解決すべきもの」という認識が広まって、女性の体や健康課題をタブー視する風潮の解消にもつながってほしいです。
久野 いまだ根深い問題ですよね。私自身、スマートヘルスケア事業に携わるまでは、そもそも「男性は触れてはいけない話だ」という思い込みがありました。
藤本 女性の体や健康に対するタブー視は、文化的なアンコンシャス・バイアス(※)です。だから実は、女性たち自身も知識不足だったりするんです
※ 誰もが持つ「無意識の思い込み」。固定的な性別役割分担の意識や、性差に関する偏見・固定観念が、ジェンダーギャップの要因とされる
 かくいう私も、ピルをパフォーマンスコントロールのために使い始めたのは、海外のチームと一緒に働き始めてから。それまでは、ピルは避妊のために飲むものだと思い込んでいました。
石井 そもそも、理由付けしないとピルを選択しづらい空気があること自体が問題です。普段ロキソニンを飲むのに、肩関節用か頭痛用かなんて、使い分けていませんよね。
 生理痛やPMS(月経前症候群)のためにピルを飲むのと同じように、「キャリアのためにまだ子どもは作らない」と、女性が避妊目的で主体的にピルを選ぶこともまた、大切なパフォーマンスコントロールの一つなんですから。

壁は「世界トップの医療・保険制度」

──日本でもフェムテックが盛り上がる今、どんな課題が見えていますか?
石井 新しいテクノロジーやビジネスなので、市場の成長に伴って、まずは適切な法規制が必要になってくるでしょう。
藤本 2020年には野田聖子議員を中心にフェムテック振興議員連盟が発足し、国としての支援体制も整いつつあるように思えます。
 「経済財政運営と改革の基本方針2021」にも、フェムテックの推進が盛り込まれましたね。
石井 そうですね。その上で、日本なりのフェムテックをどう作っていくか、です。
 ただそこで、日本が持つ世界トップレベルの医療・保険制度こそが最大の課題になると思っています。
──医療レベルの高さが課題……いったいどういうことですか?
久野 日本は皆保険(かいほけん)制度で、すべての国民が何らかの公的医療保険に加入します。
 病気が見つかった後の仕組みが整っているので、逆を言えば予防に対する意識が低くなってしまうんです
石井 わかりやすい例が、インフルエンザの予防接種。1回3000円として、お子さん2人で6000円の出費になる。
 でも、インフルエンザにかかってタミフルを処方される場合、子どもの医療費は無料だったりするんですよ。
藤本 病気になんてかからないほうがいいのは確実でも、迷ってしまう人がいるのもうなずけますね。
久野 スマートヘルスケアを推進する立場からは、こうした日本の医療・保険制度の優秀さが、ヘルスケアデータの利活用を阻んでいる要因の一つと考えています。
 それはつまり、病気になる以前のアプローチや、予防医療の可能性を狭めているということ。
 ただ、最近は「自分のデータを社会のために役立ててほしい」という風潮も生まれています。新型コロナのワクチンの副反応や感染についてSNSに投稿する人が増えているのは、その現れだと思うんです。
 だから私たちは、データが安心・安全に扱われる仕組みを提供するとともに、データ利活用のメリットを広く伝えて、この流れを後押ししていきたい。
 昨年発表したネクイノさんとの業務提携は、そうした流れをフェムテック領域から始める試みです。

医療全体を見据えて、まず婦人科領域から登る

──2021年11月に発表した、ネクイノとNTTコミュニケーションズ、アーク・イノベーションの3社の業務提携は、どのような試みなのでしょうか?
石井 今回の取り組みは、スマルナのデータを活用し、さらに高い付加価値を持つヘルスケアサービスの提供につなげるのが目的です。
 スマルナのオンライン診療での問診や診察の情報に加え、医薬品、健康診断結果といった情報を収集し、48万人分のデータを蓄積してきました(2022年3月現在)。
久野 我々NTTコミュニケーションズは、そうしたデータを扱うプロとして、個人情報を扱う際の本人の同意を取る仕組みやデータを利活用する際の匿名加工、秘密計算の活用など、データを安心安全に扱う役割を担います。
 スマルナで収集したデータを「Smart Data Platform for Healthcare」というプラットフォームに乗せ、新しい保険商品の開発に活用していただくといった展開を想定しています。
石井 この提携で、スマルナユーザーを越えて、日本のフェムテックを必要とする2000万~3000万人にアプローチできたらと期待しています。
──プラットフォーム上でのデータ利活用が進めば、フェムテックにとどまらない可能性も生まれそうですね。
石井 まさに、将来的には医療全体に広げていくつもりです。ただ、医療DXという壮大な山に挑むには、どこから登るかが重要です。
 日本の医療全体で見たときに、最も乗り遅れている領域こそ、大きなインパクトにつながる可能性が高い。だから「婦人科系の領域」での「予防医療」のアプローチ。まずは、この2つに軸足を置きました。
 具体的には、がん検診のカテゴリから取り組みます。がんは早期発見が重要な病気ですが、日本では婦人科系のがん検診受診率が諸外国に比べて明らかに低い。
 検診率を上げるためのインセンティブの設計など、解決策を探りたいですね。
藤本 がん検診の予約って、本当にアナログなんですよね……。
 書面で送られてきた病院の一覧から、近所のクリニックを探して電話で予約して。受診は数カ月先なんてこともあります。
石井 医療は、1社1社ではマネタイズが難しい領域。でも、こういった自走できるプラットフォームが構築できれば、その収益を原資に、行政レベルのサービス創出も夢ではなくなります。
 そして近い将来、女性を支援する社内制度を企業が設けているかも、投資先の評価指標になっていく。こうした流れのなかでフェムテックの社会実装が進めば、ジェンダーギャップ解消の一助になるはずです。
久野 仕組みから変えていくために、ヘルスケアデータを保有し、医療やヘルスケアに活用したいと考えている企業に、今後もっとこのSmart Data Platform for Healthcareに参加してもらえたらと思っています。
 それによってさらにヘルスケアデータが蓄積され、付加価値が高まっていくはずです。
藤本 まさにオープンイノベーション。強みを活かしあい、またさらに違うプレーヤーの方々も巻き込んでどこまで輪が大きくなるのか楽しみです。