2022/3/23

カーボンニュートラルの第一歩。CO2見える化、どうやる?

NewsPicks Brand Design editor
 企業がCO2排出量を差し引きゼロにするカーボンニュートラル(CN)に取り組む必要性は、ここ数年で広く認知された。一方で「CO2をどう見える化するのか」とCNの最初の段階で躓き、動き出せていない企業も多いのではないか。

 企業がCO2削減に取り組むことで得られるメリットとは何か。CNの第一歩であるCO2の見える化は、どう実現できるか。

 2050年までの投融資ポートフォリオのCNの実現をいち早く宣言した三菱UFJ銀行のサステナブルビジネス部長西山大輔氏と、CO2の排出量を算定するクラウドサービスを開発・提供するゼロボード代表取締役の渡慶次(とけいじ)道隆氏の対談で読み解く。

拡大する“見える化”市場

──CO2の排出量を算定・見える化するクラウドサービスを提供するゼロボードは、数ヶ月前からサービスを始めました。市場の反応はどうですか?
渡慶次 正直言って、私たちの予想を遥かに上回る勢いで、市場が伸びています。去年の8月に会社を立ち上げたのですが、2022年の年間売上目標は、最初の1ヶ月で達成してしまったくらいです。
 もちろんCO2排出量の算定という新しい市場で、既存のサービスがほとんどないという点もありますが、何よりもCO2排出量を見える化したいという需要の高まりを強く感じます
──その需要の高まりには、どのような背景があるのでしょうか?
渡慶次 昨今のカーボンニュートラル(CN)の潮流は皆さんもご存じのとおりですが、特筆すべき点は、CO2を削減すべきというターゲットが、国だけではなく企業にも広がったという点です。
 そもそも気候変動は、1990年代から活発に議論され始めていました。ですが実際は、あまり有効な施策が打たれてこなかった。国同士で議論しても、発展途上国と先進国の負担の割合といった争点が折り合わず、落とし所が見つからなかったんです。
 そこで2015年に発足したのが、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)。これは金融安定理事会(FSB)によって設立された組織です。
「企業の気候変動への対応」を投融資における重要指標と捉え、「企業」に対してCO2排出量の開示を求める提言をしています。
 このTCFDの提言により、気候変動問題に向き合わない企業は、株価も上がらないし、融資も受けられなくなるという状況ができつつあります。
 こういった金融業界からの影響により、企業は経営戦略としてCN、ひいてはCO2の見える化に取り組まざるを得なくなったのです。
西山 加えて、温室効果ガス(GHG)排出量と気候変動の相関性が、科学的に証明されたことも大きいと思います。
 2013年にIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)から出された第5次評価報告書では、「温暖化については疑う余地がない」「人間活動が、20世紀半ば以降に観測された温暖化の支配的な要因であった可能性が極めて高い」等の主張が、科学的根拠とともに報告されました。
 こうしたファクトを受けて投資家は、明確に姿勢を変えました。気候変動への対応の有無や強度が、投資する際の外せない指標になったわけです。

投融資先のCO2も見える化する

──三菱UFJフィナンシャルグループは、2021年に「カーボンニュートラル宣言」を発表。自社だけでなく、投融資先のCNにも言及しました。
西山 昨年の宣言では、2050年までに投融資ポートフォリオのGHG排出量(Scope3)ネットゼロ、2030年までに自社自らのGHG排出量ネットゼロという目標を掲げました。
 投融資先、いわゆるお客様との取引を含めたCNは、お客様のGHG排出量ネットゼロの結果として実現できるものです。お客様と一緒に、脱炭素社会の実現に向けて活動していくことをコミットした宣言と言えます。
 お客様のGHG排出量ネットゼロの手順は、まずはGHG排出量の算定、そして削減計画の検討、計画の実行という流れとなります。ですから、まずは排出量を知るところからスタートします。
 その排出量は、お客様自身の排出量に加え、サプライチェーン各社の排出量を含める必要があり、数多くの企業を巻き込んだ仕組みが求められます。
 そのために、CO2排出量を見える化するクラウドサービスを提供するゼロボードとの提携に至りました。
渡慶次 ESG投資の潮流もあり、Scope3のCNに取り組む銀行はますます増えていくでしょう。
 融資の判断基準にCNに対する取り組みの有無が入ってくるとなれば、企業がCO2排出量の見える化と削減に取り組む切迫感は、より増してくると思います。
──とはいえ、Scope3のCNはかなり難易度も高いはず。三菱UFJフィナンシャルグループでは、どのように実現する計画なのでしょうか?
西山 今ある技術で省エネなどに取り組み、毎年GHG排出量を少しずつ減らしていけばCNを実現できるかというと、そのやり方だけではネットゼロには到達しません。
 そこで必要になるのは、例えば新技術のイノベーション。それに伴い、イノベーションを実現するためのルールや補助金、投融資の枠組みも必要となります。
 そのために三菱UFJフィナンシャルグループとして、国際的なルールやガイドラインの制定プロセスに参画し、制度やルールの変遷の適時把握、そしてお客様の現状をつなぎ合わせていくことが求められると考えています。
 こうした観点から、NZBA(注)という国際イニシアチブにも加入しました。
(注)Net-Zero Banking Allianceの略。2050年までに投融資ポートフォリオにおけるCNを目指す銀行間の国際的な連合のこと。

サプライチェーン全体で取り組む必要

──Scope3のCNという観点では、日本は後れをとっているのでしょうか?
西山 Scope 3のCNで日本が後れているというわけではありません。
 ですがそもそも日本は地政学上、CNが難しい立場にあります。欧州は再生可能エネルギーのポテンシャルが高い一方で、日本はそれと比較すると活用に向けた課題が多い。
 元々地政学的に難しい日本企業が後れをとると、巻き返しは難しくなる。そういった背景を理解した上で、しっかりと手を打っていくべきだと考えています。
渡慶次 大前提として現状のCNのルールは、欧州主導で作ったルールなんです。言ってしまえば、欧州に有利なルールが敷かれている中で、ビジネスの競争をしていかなければならないということ。
 それを踏まえた上で重要な視点は、個々の企業がCO2削減を頑張るだけでなく、いかにサプライチェーン全体で最適化するかということ。
 西山さんもおっしゃったように、風力や太陽光といった再生可能エネルギーのポテンシャルが限られる日本で、真正面からCNを実現しようとしても、難しいことは確かです。
 特に大手メーカーの製造拠点は、昔から省エネをやり尽くしています。もう絞れるものなんて残っていないという意味で、“乾いた雑巾”なんて言われるほど。
 そうなったときに、サプライチェーンの中で最も効率よく削減できる工程はどこかという精査が必要です。そのために、サプライチェーン全体のCO2排出量を見える化することが欠かせないのです。

見える化を、ポジティブに

──取り組むべき意義は理解できる一方で、資金も人手も足りない中小企業が今CNに投資するのも、辛いものがあると思います。例えば数十人規模の町工場は、この潮流とどう向き合えばいいでしょうか?
渡慶次 CNの第一ステップであるCO2の見える化の方法に関しては、皆さんが思っているよりシンプルです。
 まず自社が排出している特定期間のエネルギー量を把握。その数値に原単位(一単位あたりの活動量から排出されるCO2の量)を掛け算します。
 原単位については、環境省が開示しているデータベースがありますし、「zeroboard」の場合は、それが計算式としてソリューションに埋め込まれていますので、簡易的な排出量なら自動で算定できます。
 ですから、CO2の見える化の作業自体は、そこまで心配しなくても大丈夫です。
 一方できちんと考えなければいけないのが、「この努力を企業の成長にどう結びつけるか」という観点。
 特に規模が小さい企業の場合は、CO2を見える化・削減できたとしても、「それで自社の収益も減ってしまいました」という状況では、それこそサステナブルではありません。
 ですから、中小企業の皆さんにまずやっていただきたいのは、自社製品の納品先といったステークホルダーとの会話です。
 CNに取り組むことで、自社製品の単価は上がるのかシェアに影響はあるのかを、しっかりと交渉すべきです。
西山 私たちのような銀行や、製品や部品を購入する側の企業に求められるのが、融資先やサプライヤーへのインセンティブ作りですね。
 GHGの削減には大きなコストもかかる一方で、きちんと環境に配慮した事業を行うことが、サステナブルな企業を目指すための基盤となる。
 さらに、サステナビリティ経営の実現に強くコミットしている企業にはしっかりと投資家がついて、長期的には資金が流れていくということなのです。
「ペナルティがあるから取り組む」というよりも、事業創出の機会、そして投資家と事業をつなぎ合わせるポジティブな機会に切り替えていきたいと考えています。
 また、そこまで規模が大きくない企業に関して言えば、GHG排出量をクラウドで見える化して……という議論の前に、そもそもDXが進んでいない企業も多い。帳簿を紙でつけているという企業も少なくありません。
 そういった企業に対して、ゼロボードを導入してGHG排出量だけクラウドで管理しましょう、と提案するのはやはり不自然ですよね。
 ですから、今私たちが模索しているのは、GHG排出量の見える化をきっかけに、企業のDXのご提案・支援ができるのではないかということです。
 GHG排出量を管理するならクラウドが便利、だったら会計も勤怠も一律クラウドで管理できる仕組みも併せてご提供できないか、と。
 まだ発表には至っていませんが、昨年11月に連結子会社化したBusiness Techの問題解決型プラットフォーム「ビジクル」のノウハウを活用し、こういったご提案もできるよう準備を進めているところです。
渡慶次 用途が環境問題対応に限定されたグリーンローンといった金融商品も出てきていますよね。こうした金融機関の取り組みは、企業がCNに取り組む大きなインセンティブになると思います。
 ゼロボードとしても、CNに取り組む企業がきちんとメリットを得られるようなエコシステムを作りたいと考えていて。
 企業同士をつなぐだけでなく、CNを推進したい銀行や自治体とも関係を築き、CNを実践する企業が融資等で優遇されやすくする。そうすることで、経済的合理性の観点からCNに取り組める環境を構築したいと考えています。
ゼロボードが掲げる、脱炭素社会の実現に向けたエコシステム構想。
 また、企業がCNを達成する手段の一つとして、カーボン・クレジットを活用する方法もあります。カーボン・クレジットとは、森林保護や省エネ技術、再生可能エネルギー導入といった事業によるCO2の排出削減効果を、取引できる形にしたもの。
 つまり企業がカーボン・クレジットを購入すれば、自社のCO2排出を“なかったもの”にできる(カーボン・オフセット)。もうこれ以上どう頑張ってもCO2を削減できないという企業が、クレジットを購入することで、自社のCN達成に役立てることができるのです。
 もちろん、自社の削減の状況を確認し、どれくらいクレジットを購入する必要がある/販売できるのかを認識するためにも、CO2の見える化は第一ステップと言えます。
 一方でクレジットを創出するためにはもちろん、森林を保護したり、再生可能エネルギーを使ったりして、CO2を削減する必要があります。ですが国内でのクレジット創出余地が、かなり限られているのも事実。
 カーボン・クレジット市場が活性化し、世界全体のCNが進むことは歓迎すべき流れです。
 一方で、国境を超えた環境価値の購入が、国としての排出量削減としてカウントされない限り、CO2排出量削減余地の少ない日本は、国際競争の中で不利な状況のままになってしまうという事実もある。
 カーボン・クレジットは、企業がCNを達成するための手法の一つとして上手に活用しつつ、日本が国家としてカーボン・クレジットとどう向き合うかは、より一層の議論が求められると思います。
参考:ルールメイキングに関する議論

民間企業によるルールメイキングについて
グリーントランスフォーメーション(GX)に向け、野心的な削減目標を掲げる企業群が経済社会システムの変革の議論と市場創造のための実践を行う場としてGXリーグを設立予定。
GXリーグでは、民間企業によるルールメイキング(見える化も含む)も議論する予定。

カーボン・クレジットについて
カーボン・クレジットの適切な活用の促進に向け、課題や今後の取組の方向性について、供給・需要・流通の観点から議論する場を立ち上げた。
2022年3月24日(木)に第3回検討会を開催し、これまでの検討会の内容を整理したクレジット・レポート(案)について議論する予定。