2022/3/25

地味だけど実はスゴイ、身近な食品包装と食品添加剤の世界

NewsPicks / Brand Design 編集者
 近年、世界中で発生している「食品ロス」が大きな社会課題となっている。食品ロスの削減は、SDGsの目標12「つくる責任とつかう責任」でも取り上げられているが、まだまだ進んでいないのが実情だ。
 FAO(国際連合食糧農業機関)の報告書によると、世界で廃棄されている食品の量は年間約13億トンにもなるという。
 このうち、日本では年間約570万トン(2019年度推計値)が廃棄されており、国民1人あたりに換算すると年間約45キロになる。この量は、年間1人あたりのお米の消費量(約53キロ)とほとんど変わらない。
 また、世界のGHG排出量のうち、食品の廃棄によるものは全体の8%から10%を占めているといわれている。
 年間でおよそ13億トンもの食品ロスを減らすことは、GHG排出を減らすための効果的な取り組みといえるだろう。
 この食品ロスという地球規模の社会課題に向き合い、多様な素材や技術を通じて社会貢献を行っているのが三菱ケミカルだ。
 同社が独自の製造方法で開発した食品包装フィルムや、コロナ禍で注目された抗菌シートおよび、日持向上のための食品添加剤は、実は読者の誰もがコンビニの食品で日常的に目にしている。
 そして“縁の下の意外な力持ち”として食品の賞味期限を延ばすことで、食品ロスの削減に一役買っているのだ。
 三菱ケミカルの取り組みや技術の独自性を、同社の食品添加剤担当の八坂稔彦氏鳥居久義氏と、食品包装材の担当である江角俊明氏に伺った。

コンビニ食品の賞味期限を延ばした化学のチカラ

──コンビニのお弁当など、意外と身近なところで三菱ケミカルの技術が使われているとのことですが、具体的にはどういうものでしょうか?
八坂 コンビニなどのお弁当には、弊社の抗菌剤「ワサオーロ」や、日持向上剤「アミカノン」が使われています。
 ワサオーロは、おかずの上にのっている薄いシート状の製品です。わさびやからしに含まれるアリルカラシ油という抗菌成分を利用していて、菌の繁殖を抑える効果があります。
 また、アミカノンは唐揚げ、ハンバーグ、お惣菜などの食品に添加することで静菌効果を発揮する日持向上剤です。主剤のリゾチームは、鶏卵の卵白から抽出していますので、ワサオーロと同じく天然素材由来になります。
ワサオーロの主成分、アリルカラシ油は日本人の食生活になじみ深い香辛料成分。食中毒菌、腐敗細菌、カビなど幅広い抗菌作用を有する天然由来の成分だ
鳥居 ワサオーロはシートタイプのほかに、ラベルやビーズ分包剤、カセット、粉、液体といった形で展開しています。
 からしから抽出した抗菌成分には防カビや防虫の効果もあるので、カセットタイプのワサオーロは、スーパーのお惣菜売り場で小バエ対策として活躍していますし、農作物の防カビ対策としてもご利用いただいています。
──コンビニで見かける食品で、ほかに三菱ケミカルの技術が使われているものは?
八坂 いろいろな食品に使われているのですが、たとえば即席のフライ麺にはビタミンEが添加されていますね。ビタミンEと言えば、美容やサプリをイメージされる方が多いかもしれませんが、食品の酸化を防ぐ働き、すなわち酸化防止剤の効果があります。
 酸化は空気中の酸素によって引き起こされるのですが、食品の風味を劣化させるだけではなく、変色や栄養価の低下などを招くことも。そこでビタミンEを添加することによって酸化を防ぎ、製品を美味しく保つことができます。
 弊社は、大豆やパーム油などからビタミンEを抽出し、天然素材由来の安全な酸化防止剤として製品化しています。
ビタミンEは、生体の機能維持と健康増進に重要な役割を果たす栄養成分としての働きのほか、抗酸化作用を活用した、食品等の酸化防止剤としての働きが知られている
江角 サラダチキンやチルド商品などを包むフィルムには、弊社が開発した共押出多層フィルム「ダイアミロンMF」が使われています。
 ダイアミロンMFは、独自の共押出技術でナイロンやポリオレフィンなど、特性の異なる複数のプラスチックを重ねて、多彩な機能が発揮できるのが強みです。これにより、お客様のさまざまなニーズに対応できるラインナップを取り揃えています。
 サラダチキンなどの包装材には、ナイロンの持つ強靭性やEVOH(エチレン-ビニルアルコール共重合樹脂)の持つ酸素バリア性が活かされていて、食品の見た目が分かりやすい深絞りの成形や、透明性なども好評をいただいています。
 もちろん、利便性にもこだわりました。イージーピールという技術を用いているのですが、気密性や保存性をしっかりと保ちながら、開封しやすくなっているのもダイアミロンMFの大きな特徴です。
 また、ダイアミロンは食品包装に使われることが多いので、クリーンな環境下での生産体制を整備してきました。
 ダイアミロンの特徴とこのクリーンな生産環境が評価され、近年は医療の現場で輸液・薬液バッグや、注射針、手術キット製品などの医療品の包装にもダイアミロンが使われています。

食品やボトルのビール、ワインの美味しさを保つ技術

──ダイアミロンのほかに、食品包装に使われている技術はありますか?
江角 ダイアミロンのような、食品の保存性を高めるフィルムをいくつか作っているのですが、一例では「スーパーニール」と呼ばれる製品があります。
 優れた酸素バリア性を持っているのが特徴で、お土産売り場に並んでいるお菓子のパッケージに使われることが多いですね。
 あとは、「テックバリア」という製品も皆さんが目にする機会が多いと思います。テックバリアは、プラスチックフィルムにシリカを蒸着させた透明なフィルムで、高い酸素バリア性を持っているうえ、水蒸気バリア性、保香性や耐薬品性にも優れています。
 このテックバリアの特徴を活かして、パックご飯や惣菜のパッケージや、切り餅、削り節などの個包装によく使われています。
 ただの透明なフィルムに見えるかもしれませんが、実際には酸素バリアをはじめさまざまな機能が詰め込まれており、食品ロスの削減に貢献しています。
──ペットボトルも製造されているとのことですが、最近、ペットボトルのビールやワインを見かけるようになりましたね。
江角 ビールやワインをペットボトルで販売するには、いかに酸化を防ぐかが大きな課題でした。内容物の酸化を防止すべく、これまでさまざまな挑戦をしてきましたが、我々が新たに注目したのはペットボトルの内面です。
 ボトルの内面に、「ダイヤモンドライクカーボン(DLC)」と呼ばれる薄い膜を蒸着して形成することによって、酸素バリアをかなり高めることに成功しました。
 通常のペットボトルと比べて、酸素バリア性は10倍近く高まっているので、ビールやワインなどもペットボトルで商品化することができました。
 ペットボトルは、ビンよりも軽量ですから、輸送にかかる燃料費を抑えることができますし、地震が起きたときに落下しても割れにくいと思います。近年はペットボトルのアルコール飲料の需要が高まっていると感じています。

環境にも配慮した新たな食品包装材が生み出すイノベーション

──三菱ケミカルの技術の強みとは?
八坂 弊社の強みはいろいろあるのですが、食品添加剤の研究を行う施設には、これまで実施してきた実験や検証のノウハウがかなり溜まっています。これまでの知見から、分析力にも自信があります。
 お客様から何らかの課題のご相談を受けたときに、客観的な視点で適切なアドバイスが送れると考えています。
江角 プラスチックをフィルムにする技術も、弊社は非常に秀でたものがあると自負しています。およそプラスチックと名の付くものはほとんど手掛けていますし、複数のプラスチックを組み合わせる技術にもかなりの知見を有しています。
 それに包装機メーカーと密に連携を取っていますので、そのさらに先の顧客である食品メーカーともうまくつながることで、要望を叶える包装材を作りやすい環境にあるのも、弊社の強みであると思います。
ハンバーグには、静菌効果を発揮する日持向上剤のアミカノンが使用されている。さらに、包装フィルムにはダイアミロンMFが使われており、食品の内と外から守ってくれている
八坂 こういった強みを活かして、今後も食品ロスの削減を実現していくことが弊社の重要な役割になりますが、それと同時に、これまで通り安全なものを提供するという責任も果たさなければなりません。
 先ほどお話ししたビタミンEのように、一般的なイメージではなく、科学的な検証をしっかりと行うことが重要です。これからも、お客様が安心してご利用いただけて、食品ロスの削減にもつながる製品を開発していきます。
鳥居 コロナ禍でテイクアウトの需要が増えるなか、いますぐにできることはないかを考えて、一昨年はNPO法人を中心にワサオーロの無償提供を行いました。
 我々の予想を超える反響を頂き、なかには感謝の言葉とともに、ワサオーロを実際に使っている写真を送ってくれた方たちもいました。社会貢献が実感でき、この取り組みを実施してよかったなと手応えを感じています。
──食品ロスのさらなる削減に向けて、安全性のほかにどのような課題があるとお考えですか?
江角 複数のプラスチックを重ねて使うメリットはお話ししましたが、リサイクルの観点から考えると、難しい課題を抱えています。
 使用するプラスチックの種類が増えれば増えるほど、リサイクルが難しくなるのですが、昨今は食品ロスだけでなく、プラスチックの海洋流出なども大きな問題になっています。
photo:solarseven/i-stock
 我々もこの問題を重く受け止めていて、食品包装フィルムの強靭性やバリア性、利便性はそのままに、より地球環境に優しい製品の開発に努めています。
 正直、実現するためのハードルはかなり高いのですが、食品包装フィルムだけではなく、食品添加剤の開発も行っている弊社だからこそ、実現できるのではないかという確信もあります。
 たとえば、フィルム側で担っていた役割を添加剤に任せることによって、フィルムで使用するプラスチックの種類が減らせるかもしれません。逆に、添加剤を減らしたいときは、フィルム側でフォローできる可能性もある。
 社内の連携を今後さらに強化していき、食品ロスとともに、プラスチックごみの削減も実現するべく、積極的に取り組んでいます。