2022/3/16

【教育】子どもたちの「未来の教室」はどうあるべきか

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
教育ICTの遅れを挽回するため、2019年12月に文部科学省が打ち出した「GIGAスクール構想」。2023年までに義務教育段階にある児童生徒に「1人1台の情報端末」と「ネットワーク環境」を整備することで、一人ひとりに最適化された教育の実現を目指している。
昨年7月に発表された文部科学省「端末利活用状況等の実態調査」によると、全国の約96%もの自治体の公立小中学校に「1人1台」の学習用端末が整備されるまでに至っている。
参照:文部科学省 端末利活用状況等の実態調査(令和3年7月末時点)
このGIGAスクール構想の実現に向けて教育現場のDXに注力するのが、グローバル・国内ともにPCシェアNo. 1企業として知られるレノボグループだ。
同社は端末の提供だけでなく、プログラミング教材の開発などさまざまな取り組みを通じて構想の実現に向けて動いている。教育DXに強い想いを持つレノボ・ジャパン執行役員副社長の安田稔氏に、GIGAスクール構想の現在地と課題、今後の挑戦について聞いた。

端末を「文鎮化」させない

──GIGAスクール構想の現在地をどのように捉えていますか。
安田 多くの教育現場に端末そのものを配布できたことは大きな進歩だと捉えています。ただ正念場はこれからです。
 今後は端末の「利活用」を促進するフェーズになるわけですが、すでにさまざまな課題が浮き彫りになっています。
──どのような問題が顕在化しているのでしょうか。
 率直に申し上げてしまうと、「教育現場のデジタルリテラシーの低さ」が大きな問題として浮き彫りになっています。
 子どもたちにとっては、スマホやタブレット、パソコンなどデジタルを日常で扱うことに慣れ親しんでいます。ですが学校では「トラブルが起きたときの解決策がわからない」などの理由で、頼りの先生がデジタルを活用することに積極的ではない。
 こうした「教育現場」と「子どもたち」のデジタルリテラシーギャップを早急に埋めなければ、大量の端末が「文鎮化」(=使われない機器)してしまう事態を招いてしまうでしょう。
デュポン・ジャパンでの営業経験を経て、1994 年コンパック日本法人に入社。以降SAP、DELL、AMD、サンマイクロシステムズ等で事業責任者を歴任。2010 年以降はQLogic、Violin Memory、MAPR などの日本法人社長を務め、スタートアップ企業の日本市場参入を多数成功に導く。 2015年8月レノボ・ジャパン入社。 同年レノボ・ジャパン 執行役員専務、NECパーソナルコンピュータ 執行役員に就任。レノボNECブランドの企業向け事業統括、レノボ・エンタープライズ・ソリュー ションズ 取締役執行役員を経て、2018年5月より現職
 また安全で正しい端末の使い方を、児童生徒や先生方にどう伝えるかも課題です。
 2021年、端末のパスワードを統一して使い回したために、なりすましの被害が横行し、端末のチャット機能で悪口を言われるなどのいじめが起こり、児童が自殺する痛ましい事件まで起こりました。
 端末もインターネットも「悪」ではない。正しい使い方さえ知れば、私たちに多大なる恩恵を与えてくれるものです。
 大切なのは「使い方」であり、机の上に端末が置かれたままにならないよう、利活用を促進するための働きかけをより一層強化する必要があります。

教育現場の「意識改革」がカギになる

──30年以上、さまざまな業界のデジタル支援に携わってきた安田さんは、なかでも教育業界に強い関心があると伺っています。
 いまやあらゆる業界においてデジタルの活用は当たり前になっていますが、日本の教育現場は一向にデジタル化が進んでいない領域のひとつです。
 逆に言えば、デジタル活用により日本の教育は大いに変わる余地がある。だからこそ教育DXには大きな可能性を感じています。
 私たちが直接、現行の教育制度を変えることはできませんが、現場をテクノロジーでサポートすることで教育現場の課題解決に貢献できるのではないかと考えています。
 デジタルが浸透すれば、教育の在り方そのものが変わるはずです。
 たとえば日本では「詰め込み型教育」がいまだに続いていることが問題視されています。受験システムに適応するために、暗記による知識量の増大に比重を置く教育方法は、複雑に変化する現代社会には決して適しているモデルとは言えないでしょう。
 もちろん教育に正解があるわけではありませんが、これだけ多様性の重要性が叫ばれている時代にもかかわらず、「全員が同じ内容を同時に学習する」ことが当たり前になっているのは見逃せない問題だと私個人も考えています。
 詰め込み型の均質化された教育では、授業の進むスピードについていけない子どもや、学習障害や発達障害のある子どもなどは取り残されてしまいます。逆に理解の早い子どもたちにも、周囲と足並みを合わせて学ぶことを強いてしまっている。
 一人ひとりに個別化した教育を届けるためにも、「GIGAスクール構想」の実現は意味あるものだと考えています。
 これらの詰め込み型の教育スタイルが変わらないために、教育制度や教員採用の在り方にも変化が見られないのも問題でしょう。だから、先生方の意識も変わらない。端末が行き渡っても、ふだんの授業で使われない事態が起きているのです。
 海外ではすでに、教員採用試験にICTの知識や技術を問うプロセスが導入されています。制度そのものを変える取り組みを推進しながら、同時に教育現場の「意識改革」をボトムアップで進めることが今後の教育のカギを握ることになると思います。
──硬直化した日本の教育はどうすれば変わるのでしょうか?
 日本の教育に、変化の兆しがないわけではありません。
 入試形態が多様化し、総合型選抜入試(旧AO入試)や一芸入試のように学力以外の要素も加味する大学が増えています。学校によっては、児童生徒の個性を伸ばす教育を独自に工夫して実践しているところもあります。
 2020年度より小学校でプログラミング教育が必修化され、2022年4月からは高校で「情報Ⅰ」が必修となります。さらに2025年度から、大学入学共通テストの科目に加わることも決まっています。
 我々も同業他社と連携して文部科学省に提言を続けつつ、レノボのデバイスとコンテンツ、サポートで学校と家庭のギャップを少しずつ埋めていきます。
 そのためにはまず、児童生徒が端末を自分の「文房具」として自由に使えるようになることが前提です。先生方には、これからの教育にはICTが不可欠であることを理解していただく。
 まずは端末やインターネットがどういうものなのかを実際に使ってみる。使いながらメリットもデメリットも学び、安全で適切なデジタル活用の在り方を獲得していくことが重要だと思います。

「草の根運動」にも取り組み、端末の活用を促進

──教育現場のDXを推進するために、現在注力している取り組みはありますか。
 端末の配布だけではなく、良質なコンテンツ開発にも注力しています。たとえばレノボが配布した端末のなかには、教科書出版を手がける東京書籍と共同開発した小学生用のプログラミング教材「みんなでプログラミング」が利用できる端末もあります。
 「みんなでプログラミング」にはプログラミングを学べるコンテンツだけでなく、ICTを安全に使うためのコンテンツ、タイピングの練習ツールも入っています。
 実際に使った子どもたちや親御さん、先生方からはコロナ禍で始まった自宅でのリモート学習でも使いやすく、楽しく学べたとご好評いただいています。
 高校で「情報Ⅰ」が必修化されますが、指導側の知識や人材の数は足りていません。「みんなでプログラミング」の中学校版、高校版もリリースして、先生方をサポートしていこうとしています。
 またレノボの社員が講師となって、プログラミングの基礎を学ぶ講習会も開催しています。すべての自治体や学校で講習会を開くのは難しいため、講習会の動画の無償配布も行い、全国の学校におけるデジタルリテラシーの底上げを図ろうとしています。
 2021年11月には神奈川県大和市の大和市立図書館で小学生向けのプログラミング教室「図書館でプログラミングワークショップ」を開催しました。大変好評で、申し込み開始直後に定員に達しました。
 端末を「文房具」のように気軽に使ってもらうためにも、私たち自ら「現場」に足を運び、子どもたちが実際に端末に触れてその恩恵を感じられるような体験を提供する。
 こうした「草の根運動」も重要だと考えています。学校や先生の負担を減らすべく、私たちも教育現場にデジタルを根づかせる取り組みをしていきます。
──デバイスを配るだけでなく、地道な活動にも力を入れているのですね。今後、チャレンジを考えていることがあれば教えていただけますか?
 プログラマーやゲームクリエイター、eスポーツ選手といった最先端の技術を活用する人材育成のサポートにチャレンジしていきたいです。私立高校や専門学校での専門コース立ち上げの提案やカリキュラムの提案、提供も視野に入れています。
 レノボの教育領域での最終目標はSDGsの4つめのゴール「質の高い教育をみんなに」が達成された世界です。質が高い教育をすべての人に提供すると同時に、誰一人取り残さない教育の実現を目指していきます。
 具体的には最先端技術を活用して、国や言語、ジェンダーも関係ない、インクルーシブなプラットフォームを教育現場に提供していきたいと考えています。
 たとえばメタバースの技術を活用して仮想の教室空間をつくって、子どもたちにアバターで参加してもらう。仮想空間であれば、リアルの学校に行く心理的ハードルを下げられます。
 学校に行けない子どもでも教育を受けることができるため、いじめや不登校の対策にもなるでしょう。現在、とある学校にVRのデバイスを提供して実証実験を始める計画が進んでいます。
 また「非認知能力」の視点も欠かせません。学力やIQのように測定可能な認知能力に対して、非認知能力とは意欲や忍耐力、協調性、コミュニケーション能力などのような測定できない能力を指します。
 複雑化する未来を生き抜くために必要な能力とされて注目を集めています。この非認知能力を伸ばすコンテンツの開発も今後進めていきたいと考えています。

すべては子どもたちのために

──レノボならではの強みをどのように捉え、今後教育分野に貢献をしていきますか?
 レノボは「すべては子どもたちのために Smarter Technology for All Students」の合言葉のもとに、教育機関へのPC普及に取り組んでいます。K-12 (小・中・高)市場における販売シェアは世界No. 1です。
(画像提供:レノボ・ジャパン)
 初めの一歩となるハードに強みがあるレノボだからこそ貢献できることがあると考えています。ハードを提供しているからこそ、ユーザーのニーズを直接把握して、スピーディーにプロダクトやサービスに生かすこともできる。
 加えて、ハードを配るだけでなく、良質なコンテンツ提供や教育団体とのコラボなど総括的な支援に注力していきたい。たとえば、レノボでは「2025年までに世界で500万人の子どもたちがSTEAM教育に触れる」ことを目標に、イベントの開催や教育団体の支援を行っています。
 レノボであれば、各種デバイス、コンテンツ、ソリューションやサポート体制まで一気通貫で教育現場に提供できます。これからもレノボのコンピューティングパワーで、社会で通用する人材育成のための環境整備を加速させていきたいと思います。