2022/3/11

【医療危機】DXを阻む「3つの壁」を越える方法

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
少子高齢化、医療費の増大、人手不足など、複数の要因によって日本の「医療現場」が危機にひんしている。こうした状況を回避し、持続可能な医療を実現しようとDXの取り組み自体は増えているものの、その実現の難易度の高さは並大抵ではない。
医療DX支援に注力するレノボ・エンタープライズ・ソリューションズ 代表取締役社長 ジョン・ロボトム氏は、医療業界のDXを推進するには3つの壁を越える必要があると語る。
ジョン氏が語る3つの壁というのは、「システムのサイロ化」「移行コスト」「専門家の不在」だ。これらは旧態依然とした商慣習や文化が根付いている他業界でも共通する問題だという。
デルやマイクロソフトなどで要職を務め、約20年以上IT業界に携わるジョン氏に、DXの“実行”を阻む「3つの壁」を越える秘訣を聞いた。
INDEX
  • 「人力」で支えられる医療現場
  • 医療DXを阻む「3つの壁」
  • 出発点は「リーダーシップ」
  • 人類最大の課題を解決する

「人力」で支えられる医療現場

──約20年以上さまざまな業界のデジタル支援に携わってきたジョンさんは、なかでも医療業界に強い関心があると伺っています。
ジョン 日本の医療サービスの「質」は、海外の先進国と比較しても相当高いことで知られています。病床数やMRIなどの設備が充実していることに加えて、「国民皆保険制度」により良質な医療サービスが日本全国をカバーし、少ない費用負担で受けられる、世界でもまれに見る医療先進国です。
 その一方で、人口当たりの医療従事者の人数は少なく、入院日数が長いなど、その質の高い医療は医師や看護師による長時間労働などの「人力」によって成り立っているのが現状です。
 人手不足が解消されないにもかかわらず、サービスの質は下げられない。少子高齢化の加速で高齢者は増加し、さらにコロナ禍が追い打ちをかけ、医療現場の負担はより一層増えています。
 こうした需要と供給のギャップを解決するためには、一刻も早く医療現場のDXを推進し、業務効率化やテクノロジーを活用した医療サービスの向上を図る必要があります。
 優先すべきは、まずはサービスの向上よりも「現場の負荷」を軽減すること。疲弊した現場の負荷を減らすことが、最終的には医療費削減や医療サービスの向上をもたらすと、私は考えています。
サン・マイクロシステムズ、ブラックロック・ジャパン、デルなどのIT企業を経て、マイクロソフトに入社。グローバルアカウント事業担当の執行役員を務める。2019年に現在のレノボ・エンタープライズ・ソリューションズ合同会社に入社し、代表取締役社長に就任する
──他業界と比較してDXの遅れを指摘されている医療業界ですが、デジタル化が進まない理由をどのように分析されていますか。
 さまざまな要因が考えられますが、まず一つにそもそもDXを推進する「モチベーション」が乏しい業界であることが挙げられます。
 常に「安心」「安全」「均一」な医療サービスであることが重視され、例えばスマートフォンや最新のIoTデバイスを駆使したリモート診療や、医療機関間のカルテの共有などは診療ミスや個人情報保護の観点からなかなか進んでいません。
 また、患者には多くの「高齢者」が含まれ、デジタル化が急速に進むことで戸惑いや懸念が起こることも容易に想像できます。
 むしろDXを推進することで、患者が医療サービスから取り残される可能性を懸念する医療従事者も少なくありません。
 DXを推進するあまり、医療ミスなどが起こった場合には訴訟問題にもなりかねず、デジタル化の必要性を理解しつつも、医療の世界はDXを実行する難易度が極めて高いのが現状です。

医療DXを阻む「3つの壁」

──デジタル化を進めようと思っても、実行フェーズにも大きな壁があると?
 医療業界のDXを阻む壁は、大きく3つあります。
 1つ目の壁が、システムの「サイロ化」です。サイロ化とは、各種システムや業務プロセスが孤立、乱立状態で、情報が連携されていない状態のことです。
 医療現場のDXはシステム統合による横の連携が不可欠ですが、病院や診療科ごとに電子カルテは◯◯社、医療会計システムは◯◯社と、個別最適でシステムを構築・運用している実態があります。
 システムごとにITベンダーも異なっているため、それらの複雑な調整をしてシステムを統合するのは至難の業です。
 2つ目の壁は、「移行コスト」です。
 システムを統合するにあたり、乱立した膨大なシステムのデータ移行、統合には、ハードウェアとソフトウェアに精通したエンジニアが担当したとしても、相当な期間と費用がかかります。
 それぞれのシステムが老朽化するため、バラバラのタイミングでシステムを更新する必要も出てくる。システムを統合するタイミングをどうするかなどの議論になれば、優先順位が下がって先延ばしになってしまうのはやむを得ない面もあります。
 また、命に関わるデータを扱う医療業界は、データ保護の観点からも従来任せていたITベンダーを簡単に変更し、統合に踏み切るのが難しいという現実もあります。
 3つ目の壁は、「専任担当者の不在」です。医療機関のデジタル化は、これまで各部門の担当者が片手間に担当したり、それぞれ納入ベンダーに任されていました。
 しかしシステムが複雑になってしまうと、部門横断で大所高所、長期的な視点でシステム統合を推進するリーダーが必要です。ですが、そんなCIOやCDO、CSOのような人材は、医療業界では皆無に等しい。結果、サイロ化され老朽化したシステムを耐用年数まで使い続けざる得ないという現実があるのです。

出発点は「リーダーシップ」

──これらの壁を越え、DXを推進するためには何が必要になりますか。
 まず何より重要なのは、トップの「リーダーシップ」です。
 医療現場のデジタル化を推進することで現場の負担を減らし、持続可能な医療を実現する。サイロ化したシステムを解きほぐす作業は、一朝一夕で実現するものではありません。
 そのため長期的な視点で挑む覚悟が必要になります。その覚悟を育むためにも、まずは現在の「サイロ化されたシステムの深刻さ」を正確に理解するステップが大切です。
 管理・運用コストを正確に把握し、現在のシステム投資費用を可視化する。そうした現実を受け止めることで、これらの複雑なシステムを統一しなければならないという「決意」が芽生えます。
 この強い「リーダーシップ」によってのみ、医療のDX化は前進することができるのです。
 専任の担当者が不在という大きな問題もありますが、だからこそ我々のようなデジタルに詳しい企業がパートナーとして伴走させていただき、ともにDXの壁を越えていきたいと考えています。
──レノボでは具体的にどのように支援をしていますか。
 単純にハードウェアやソフトウェアなどシステムの導入支援だけではなく、まずはトップ層の方々とともに、デジタル戦略のロードマップを描くお手伝いをしています。次に、現在のシステム構造に対する課題の認識をそろえたうえで、具体的な解決策を提案するようにしています。
 一般的にレノボはハードウェアメーカーのイメージが強いかもしれませんが、ただPCやサーバーを提供するだけであれば、そこに私たちの存在意義はありません。我々は企業の経営課題を解決するソリューションベンダーとして、ハードウェアや必要なソフトウェアのほか、コンサルティングやプロジェクト管理など、あらゆるサービスを駆使した支援を提供しています。
──具体的に医療機関をDXされた事例についてお聞かせください。
 電子カルテシステムを刷新した牧田総合病院の事例があります。
 1942年に開業し、「すべての人に安心を」というビジョンを掲げる同院は、2021年2月に大森から蒲田へと移転。移転を機に、同院の荒井好範理事長から「東京で一番古い病院と言われるほど老朽化が進んでいるITシステムの刷新を行いたい」とご相談いただきました。
 まさしくシステムのサイロ化や老朽化、管理・運用コストに悩む病院の一つでした。
 荒井好範理事長は「職員が安心して働ける環境がなければ、よい医療は提供できない。患者情報をスムーズに共有できるようなIT環境を整えたい」という強い思いを持っていました。
 ですが特に旧電子カルテシステムは膨大なサーバー数を抱えており、設置スペースやサーバー室の空調費用、各システムの対障害対策やバックアップなど、管理・運用のコストが非常に重くのしかかっていました。
 一方で、十分な投資費用を用意して刷新に取り掛かることは簡単ではない。そこでハードウェアとコンサルティングの支援のためにお声がけをいただき、電子カルテをメインとした大規模なシステム刷新を支援させていただけることになりました。
 将来的には柔軟な拡張性も兼ね備えた統合プラットフォームを実現するためにも、まずはサーバーの仮想化に着手しました。
 具体的には、旧来の老朽化したサーバーを、サーバーの仮想化を実現する「HCI(ハイパーコンバージドインフラ)」と呼ばれるレノボ製品に置き換えました。これによりサーバー台数と運用費を大幅に削減、管理・運用の負担も大きく減らすことができました。

人類最大の課題を解決する

──レノボは医療領域で、ゲノム解析のソリューションやVR事業も展開しています。
 通常、生物の遺伝情報を解明するゲノム解析には、平均48時間ほどかかるものと言われています。ですが、インテルと共同開発したゲノム解析ソリューション「Lenovo GOAST」はわずか18分でゲノム解析が可能です。
 つまり、通常の約160倍もの速さで解析を実現することができるのです。実行速度が速ければ、より多くのゲノム解析を実現でき、多くの命を救うことができます。
 現在はコロナウイルスのゲノム解析で用いられることも多いですが、創薬にも応用できますし、医療だけではなく植物の遺伝子を解析して農業に役立てることもできます。
 またおっしゃる通り、VR事業にも注力しています。
 最近の事例では、認知症の方の記憶力回復やリラクゼーションのために活用されています。患者さんにかつて見た風景をVRで体験してもらったところ、過去にない経験で涙を流し喜んでくれたという話もあります。
(写真提供:レノボ・ジャパン)
 VR活用により刺激と癒やしを与えることで、患者のストレスを減らし、介護者との良好なコミュニケーションを促すことにも役立っています。
 今後、遠隔診療や遠隔手術が発展していくうえでも、ARやVRは必要になってきます。このような社会に貢献できるソリューションを、もっと提供していきたい。
──今後医療分野において、どのような貢献をしていきたいか教えてください。
 レノボには「Solving Humanity’s Greatest Challenges(人類最大の課題を解決する)」という哲学があります。
 私たちのビジネスは人類の課題を解決するために存在し、テクノロジーを武器に人々の悩みを解決し、人類の発展に貢献する。医療のような人々の命を支える世界に注力することは、こうしたポリシーにひもづいた結果です。
 医療現場の課題解決は、貢献の範囲が病院内にとどまらず、患者さんやその家族全体にまで影響しますし、非常に大きな意義がある領域です。
 「Solving Humanity’s Greatest Challenges」のポリシーに従って、これからはより多くの人に「Wow!」と言ってもらえるような、エキサイティングな価値を提供していきたい。デジタルによる効率化の先を見据えた、新たなイノベーションをともに起こせるような挑戦ができるとうれしく思います。