2022/3/4

【大阪】試行錯誤で感じた「イノベーション萌え」

ライター(すきめし企画)
デジタルトランスフォーメーション(DX)なんて、うちの会社には関係ないしーーなんて思っていませんか?いえいえ、実は近所のお店から誰もが知る企業まで、たくさんの事例が全国で生まれています。

専門家ではないけれど、まずは手を動かしてデジタル化に一歩近づく。そんなDXのストーリーをお届けする「隣のカイシャのDX」。1回目は、大阪の業務用空調機メーカー「新晃工業」(大阪市北区)のお話です。

同社は2020年8月、オーダーメイド型空調機の生産工数を自動で予測するAI(人工知能)を自社開発しました。当初はAIの知識を持つ社員はゼロ。そこから自学に励み、4年ごしで実装。その歩みをメンバーに振り返ってもらいました。
この記事はNewsPicksとNTTドコモが共同で運営するメディア「NewsPicks +d」編集部によるオリジナル記事です。NewsPicks +dは、NTTドコモが提供している無料の「ビジネスdアカウント」を持つ方が使えるサービスです(詳しくはこちら)。
INDEX
  • 「IT企業でなくても、AI開発できそうだ」
  • 苦しんだ低い予測精度
  • AIスキルは令和の「読み書きソロバン」
  • 「効率アップで技術者に手を動かす時間を返してあげたい」

「IT企業でなくても、AI開発できそうだ」

開発のきっかけは2017年夏。経営企画室の片井信介さんが、収益アップやコスト削減の施策立案を探るヒントになればと、外部のAIセミナーを受講したことから始まります。
「セミナーを受けて、AppleやGoogleのようなIT企業ではなくても、AI開発ができそうだと感じました。でも自社でどう活用できるかまでは浮かばず、現場の実感に基づいた開発アイデアを募ろうと、社内勉強会を企画したのです」(片井さん)
まずは役員や上司に理解してもらうために、マイクロソフト「AzureML」の体験セミナーを開きました。続いて、大阪・東京の本社と神奈川の技術本部、工場の社員向けに説明会を開いたところ、自主参加ながら10~20名ずつ集まりました。
入社6年目の中野健太さんもその一人でした。「参加前は、AIが空調機の製造にどんな関係があるの?野菜を選別するようなものでしょう?といった程度の認識でした。でも、説明会で片井さんの熱意とAIの知識に触れ、やる気と興味が沸いてきました」。こうした若手社員の強い反応が社内にじわじわと伝播し、説明会は20回以上繰り返されます。
このときの受講者からどの業務にAIが使えそうかアイデアを募り、約50もの提案の中から選ばれたのが、オーダーメイド空調機の製造工数を予測するプロジェクトでした。
中野健太さん(左端)
高層ビルや大型商業施設、病院などに向けたセントラル空調機器の国内出荷台数でトップシェアを誇る同社だが、“一品一様”が当たり前という少量多品種への対応は、他社との差別化を図る武器であると同時に、労働集約型ビジネスに陥りかねない弱点でもありました。
当時、生産工場では、工程予測や資材見積もりなどに関する多種多様なデータを、もっぱらエクセルで管理していました。生産・関連事業部の根本憲一さんは、人に頼るデータ管理の苦労をこう吐露します。
「たとえば、受注製品の見積もり額は過去の類似品の価格を参考に算出するのですが、膨大な過去データから類似品を探し出すだけでもひと苦労でした。それに“一品一様”なので、自分が選び出したデータが本当に参考になるかどうかを見極めるのも難しい。人の力だけでやることに限界を感じていました」
根本憲一さん(左端)
2019年9月、機械学習プログラミングに触れたメンバーで工数予測のAI開発プロジェクトが立ち上がりました。プロジェクトに加わるため、岡山工場から本社に異動した左子光二さんは、当時からAIの効果に期待を寄せていました。
「工場では、紙を一枚一枚めくるなど、泥臭く手作業をしてきました。何種類ものエクセルデータと格闘する手間がAIの導入でなくなるのなら、こんなにすごいことはありません。普段、顔を合わせることのない部署の方々と接点ができるのも楽しみでした」
左子光二さん
しかし、開発への理解はできても対応に苦労する部門もありました。生産本部技術統括部の毛塚進さんは、こう振り返ります。
「正直なところ、興味はあっても自分には関係がないと傍観する社員がほとんどでした。何か新しいことを始めるとき、現場には“アメ”と“ムチ”の両方がもたらされますが、技術統括部は文字で書かれた要件をAIの学習に必要なデータに変える役割ーーつまり、まず“ムチ”を担わなければなりません。ただ、データ化は技術統括部にとっても図面を作るうえで重要なプロセスです。より精度の高いデータ化が行えればAIだけではなく、巡り巡って帳票作成の自動化などの“アメ”が返ってくるのだと、理解してもらうのに苦労しました」
毛塚進さん(中央)
全社一丸となるためには、AIの生産予測が、あらゆる部署の実務に効果をもたらすことを、できるだけ早く数字で証明する必要がある。そう判断した片井さんは2018年冬からAI説明会に加えてプログラミングの説明会も開きました。

苦しんだ低い予測精度

プロジェクトの開始からしばらくは悶々とする日が続きました。というのも、初期の予測精度が60%程度と低迷し、思うように数字が伸びなかったためです。
膠着状態を破るきっかけとなったのは、生産現場の“感覚”から工数に響くパラメータ(変数)をあぶりだすことでした。生産管理システム課の川崎仁史さんはそのプロセスをこう説明します。
「オーダーメイドと言っても、標準品に近いものはある程度の規格が決まっているせいか、AIの予測範囲に収まりやすかったんです。そこで、高さや重量が大きく違ったり、特殊な塗装が必要、といったイレギュラー度が高い事例をピックアップし、設計の担当者に、どこが特殊扱いだったのか、どこが製造の負荷になったかを丁寧にヒアリングしていきました」
川崎仁史さん
こうしたプロセスを経て、過去3万台の案件から新たに切り出されたデータを再学習したAIは、人力では考えられないスピードで予測工数をはじき出した。
「成果が出るにつれ、プロジェクトメンバーが“萌える”というか、イノベーションに立ち合えた喜びがモチベーションにつながるようになり、加速度的に精度が上がっていきました」(片井さん)。
最終的にはMAE(平均絶対誤差)で80%ほどの精度となり、自社だけでここまでできたという自信になりました。同時に、実用化に向けた最後のブラッシュアップを外注しても、投資コストを十分に回収できると判断。AIスタートアップのABEJA(東京都港区)の手に委ねました。
AI導入から約1年が過ぎたいま、生産工程の予測精度は80%を超え、ベテラン社員に引けを取らない“知能”を発揮しています。

AIスキルは令和の「読み書きソロバン」

将来的には、様々な部門で「読み書きソロバンのレベル」(片井さん)でAI技術を使いこなしてもらおうと、2019年からは新入社員研修に1日でAIプログラミングを完成させる体験会を組み込んでいます。
いまも続くAI説明会は、中途採用者にも門戸を開いています。技術本部で設計を担当する星道也さんと道廣信吾さんは、2017年に中途入社するや、片井さんから説明会に誘われました。
「予備知識ゼロの私でも、その日のうちにノートパソコンでプログラミングを実践できました。Python(パイソン=プログラミング言語)のライブラリ(プログラムの部品を集めたファイル)に蓄積された先人たちの知恵を借りれば、目的に合わせたプログラムが組めそうだと手応えを感じました」と、星さん。
画像に写っているものを認識させる画像認識のAI開発に参加し、AIの予測精度を上げるデータを作る「特微量エンジニアリング」を担当しています。
星道也さん
チーフプログラマー的な役割でプロジェクトチームを引っ張る道廣さんも、実務者が経験で培った感覚とAIとの融合が大切だと強調します。「AIのデータ分析の速さは、手作業では太刀打ちできないレベルです。そこに、高さや重量などが異なる過去事例の中から適切なデータを選び出す感覚が加わることで、予測精度が上がります」
道廣信吾さん

「効率アップで技術者に手を動かす時間を返してあげたい」

AI開発は、同社が蓄積してきた様々なノウハウをデジタル化し、強みである個別受注生産方式を進化させる「SIMAプロジェクト」の一環として進めてきました。同プロジェクトではほかに「ライン生産方式」が2021年1月から神奈川工場で本格稼働したばかりです。個別受注生産ながら標準的な製品の同一ライン上での生産を可能とすることで、対象品の組立効率の30%アップを見込んでいます。
設計や積算のデータへの深い知見を生かし、新プロジェクトに参加している相亰直樹さんは、こう話します。
「技術畑が長かった私にとって、ざっくりとした数字をAIが示唆してくれることは、イメージ強化にプラスだと感じる半面、数字の“根拠”がブラックボックス化されていくことに一抹の不安を感じてもいます。わずか1ミリでも干渉すると組み立てられないのがモノづくりの世界。技術者には、最後の最後は裏付けされた知識を持っていてほしい」
相亰直樹さん
効率化で労働集約型からの脱却を目指し、さらには付加価値の高い作業に特化できるチャンスをつくるのも、AIプロジェクトの重要なミッションです。
製造設計を理解する立場からデータ改善を助言している石原壽織さんも「効率がアップしたあかつきには、管理業務が増えてしまったベテラン技術者に、手を動かす時間を返してあげられたら」と語ります。
石原壽織さん
片井さんも「効率化で生まれた時間や労力を社員に還元することで、10年後20年後を見すえた、創造的価値の高いことにチャレンジする社員が増えてくれたら嬉しいです」と話しています。
※NewsPicks +dの詳細はこちらから