2022/3/3

実は「ポータブルスキル」の塊。敬遠される営業職の意外な実力

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私たちは不確実性の高い、先の見えない時代に生きている。自分の意思とは関係なく、転職を余儀なくされることも多い。そうした時代に重要だとされるのが「ポータブルスキル」だ。言葉通り、業種や職種が変わっても「持ち運び可能な能力」だが、これを身につけることによって、いつの時代も軽やかかつ自由に生き抜くことができる。
では、「ポータブルスキル」という観点で見たときに、「営業」はどれほど魅力的なのか。「潰しがきかない」という意見は本当か。
営業に必要なスキルを体系化した著書『シン・営業力』を上梓した元キーエンストップセールス天野眞也氏と、転職サービスdoda編集長の喜多恭子氏が意見を交わす。

必要なのに誤解ばかりな営業職

コロナ禍で、どの職種も求人は大きく落ち込んだ。しかし、ほかの職種に先駆けて復調した職種が3つある。
IT系、建設系、そして「営業」だ。
「世の中に必要とされているのに、誤解も多い。それが営業です」
こう話すのは、転職サービスdodaの喜多恭子編集長だ。
一時期は4割も求人倍率が落ち込んだ営業職だが、2019年1月を基準にすると、現在は6割増しと、コロナ以前を上回る水準になっている(doda調べ)。
ただ、その仕事内容には大きな変化もある。
ひとつは、インサイドセールス(相手先を直接訪問せず、電話やウェブなどを用いる営業)やカスタマーサクセスといった、新しい形態での募集が増えたことだ。
国土の広いアメリカではインサイドセールスが当たり前だったこともあり、すでにフィールドセールスよりもインサイドセールスのほうが重視されている。加えて、ジョブが工程別に切り分けられることで、より専門性の高い営業が必要とされつつある。
と言っても、従来通りの営業がいきなりなくなるわけでもない。
「実は世界的には、『日本の営業はユニークだ』と言われています。海外では、マーケティング部隊、リードを取る部隊、提案部隊、黒字にすることだけを考える部隊など、それぞれ専門のチームがあって、自分の領域だけに注力するのが一般的。
一方で、従来のいわゆる『日本型営業』は、ヒアリングをして、課題を特定して、提案して、その後のフォローまで、同じチーム、あるいは個人が担当するワンストップ型です。
海外で『日本型営業を取り入れよう』という声もあるほどで、単純にどちらがいい・悪いという話ではありません」(喜多氏)
そんな特殊性があり、なおかつ求められる職種である営業だが、聞いただけでアレルギー反応を示す人も少なくない。
喜多氏の言う誤解とは、まさにこういったことだ。
「これまで多くの企業を見てきましたが、こうした『古い営業』の価値観から抜け出せない企業もあるのは事実です。しかし、ほとんどの企業はそれでは成果が上がらないことを自覚して、違うアプローチに切り替えています。
それに、テクノロジーの進化によって、営業にまつわる数値の見える化が進み、数値を分析しながら、自身のスキルを高めやすい状況ができています」(喜多氏)

営業の仕事は「相手のビジネスを最大化すること」

営業活動の記録や数値化に注目が集まるはるか以前から、それに取り組んでいた企業の代表格がキーエンスだ。顧客管理、訪問管理、商談時間の管理など、さまざまな情報を蓄積しながら、営業を科学してきた。
「とはいえ、僕が入社した30年前はキーエンスも『理屈はいいから、とにかく圧倒的に量をやれ』という世界でしたよ」
そう言って笑うのは、「キーエンス伝説の営業」と呼ばれる、FAプロダクツ代表の天野眞也氏だ。そして、天野氏もまた、「営業」という仕事について誤解していたひとりだった。
新卒採用一期生としてキーエンスに入社した天野氏。もともとはマーケティングや商品企画を志望していたこともあり、営業に配属されたことはショックだった。
加えて、「とにかく電話をかけまくれ」「カタログを送りまくれ」「訪問しまくれ」と理由も教えられず、量をこなすことを求められた。
「すぐに辞めるわけにもいかないと思いつつ、最初のうちは本当に嫌でしたね。
ただ、『お客さまに伴走しながらビジネスの最大化をお手伝いするのが営業だ』と自分のなかで定義したことで、営業ほど面白い仕事はないし、そこで身につけたスキルは営業以外の立場でも生きる。営業こそが、ビジネスであり経営の基本なのだと気づきました。
僕は『営業はお客様を主語に置くべき』と気づくのに1年かかりましたが、のちのち独立して経営者としてやってこられたのは、営業を経験していたからこそです」(天野氏)
iStock.com/kazuma seki
天野氏の言う「お客様を主語に置く」とはどういうことか。
たとえば食事したばかりの人に「このハンバーグおいしいですよ」とすすめても食べるはずがない。お腹が空いていたとしても、昨日の夕食がハンバーグだった人に「そのハンバーグよりおいしいですよ」と言っても喜ばれないだろう。
要は、顧客がやりたいことや解決したい課題と合っていない製品は売れない、ということだ。
「無茶をしなくても製品が売れるタイミングがキーエンスには2つあった」と天野氏は話す。
顧客が新製品を出すときと、それまで人がやっていた作業を機械に変えるなど、工法が変わるとき。新製品用のラインが立ち上がる際や新設備の導入に際して、キーエンスの製品が必要とされた。
無理な営業をかけずとも、売れるタイミングで売る。それが営業にとっても、顧客にとっても最良のかたちだ。
そのためには、顧客が今、どんな状況なのか、これからどんなことをやろうとしているのかを聞き出しておく必要がある。
「訪問したタイミングで売れなくてもいいんです。そのかわり、顧客とのコミュニケーションのなかから、次の『売り』につながる情報を得ておかなければいけない。それを実感してから、営業はプロセスこそ重要だということがわかりました。
同時に、『数をこなせ』というのも、『売れるタイミングで売るためには、多くの企業と接点を持ち、多くの情報を得ておくことが大事だ』という意味なんだと理解しました」(天野氏)

営業自身が営業を過小評価してきた

「今でこそ、なぜ数をこなすべきなのか、理由を教える企業は増えていますが、自分で経験することが重要なのは変わりません」と、天野氏は強調する。
多くの企業にアプローチすることでビジネス的な「体力」がつく。また、人から聞くだけではなくて体感し、しっかりと腹落ちすることで、その後、さらにスキルを磨くために、何をするべきかを考えるようになるからだ。
「そこまで行けばその営業パーソンは、営業以外でも通用する、ポータブルスキルの塊になっています。『営業は潰しがきかない』なんて、とんでもない誤解ですよ」(天野氏)
特定の企業や職種でしか発揮できないものはアンポータブルスキル、どういった業種・職種でも発揮可能なスキルをポータブルスキルと呼ぶ。
「営業は世の中から誤解を受けていますが、営業自身が『自分にはポータブルスキルがない』と誤解してもいます。『担当者と相性がよかっただけ』『何となくできているだけ』なんて、そんなわけありません。
エージェントと話すうちに、『論理思考が非常に強い』『1社の商品だけではどうにもならないことを組み合わせて提案するクリエイティビティがある』など、自分が身につけていたスキルに初めて気づくのです。
天野さんのように自分で気づけた方や、自覚できる環境で働いている方はいいのですが、自分の武器がわからず、次に行く先が見つからない方がたくさんいらっしゃる状況は本人にとっても残念ですし、多くの企業にとっても損失です」(喜多氏)
ポータブルスキルには、以下の3つの構成要素がある。
しかし、こと営業において、それぞれの能力を分析的に捉えたり、評価したりする仕組みは、ほとんどの企業に備わっていない。
事業規模や業種・業態、モノを売るのか、無形物を売るのか。いろいろな違いがあっても「営業」の一言で済まされ、そのスキルもふわふわした「営業力」という言葉で片付けられてきた。
対照的なのはITエンジニアだ。フロントエンドか、サーバーサイドか、どの言語が使えるのか、など、カテゴライズがしっかりしていて、スキルを表す共通言語が存在する。
「ITエンジニアのように営業に必要なスキルを体系化して、身につけるべきスキルを明確にしながら、それぞれが自分の立ち位置を把握できるようにしたい。それが、僕がオンラインサロン『営業大学』を立ち上げた理由のひとつです。
もうひとつ、営業の最大コミュニティを作りたいという思いもあります。営業個人が、競合意識がない、横のつながりを作りたいと思っても、企業側がいい顔をしないことがよくある。その状況を変えたいんですよ」(天野氏)
とはいえ、スキルについての捉え方が曖昧だからこそ、自腹を切ってまでスキルを磨く意識を持つ営業はまだまだ少ないと天野氏は苦笑する。
一方、ITエンジニアには多くのコミュニティがあり、企業の枠を超えたイベントや勉強会が頻繁に行われている。これでは、営業に就く個々のスキルだけでなく、職種全体としても力を高めることができない。

「AIに仕事を奪われる」営業になってはいけない

このままでは、デジタル化やグローバル化の波に日本の営業パーソンが競り負けてしまう。
これは、天野氏と喜多氏に共通する危機感だ。
たとえば、私生活でLINEなどのSNSを使っていても、仕事のやり方は変えたくないという人は大勢いる。だから、プライベートではどんどん便利なデジタル技術を取り入れていても、仕事は旧態依然という矛盾が生まれる。
iStock.com/metamorworks
「また、外資系企業と仕事をしていると、いつのまにか彼らのルールで、まるで支配されるように仕事をしている自分に気づくことがあります。相手のゴールや目的に沿いつつ、自分たちに有利なほうへ誘導するのが彼らは本当にうまい。
この『遅れている』状況を放置するほどもったいないことはありません。これまでの延長線上を歩き続けるのはやめて、時代のルールを先取りするくらいの姿勢で臨みましょう。そうすれば営業の仕事はもっと面白くなるし、付加価値も高くなるはずです」(天野氏)
リコメンドやチャットボットなど、従来人が担ってきた仕事がAIに担われはじめている。それでも、人がやるからこそ価値がある仕事はまだ残っている。
クライアントの抱える課題の本質を見抜く、財務や人事などクライアントが置かれている状況を総合的に把握する、あるいは表情や雰囲気などのノンバーバル(非言語)なコミュニケーションを読み取って課題を特定したり、提案をする。
これらはまだ人間にしかできないことだ。
「自分のスキルを客観的に把握し、それを最大限発揮しようとする人が増えることで、『AIに仕事を奪われる』と恐怖するのではなく、『AIを相棒に価値を提供しよう』と考える営業が増えるはずです。
そうすれば、いずれ天野さんのように、営業という枠を飛び越えて活躍する人も今まで以上に出てくるでしょう。その先にある、新しいビジネスや新しい日本のかたちを、dodaも働くみなさんと一緒に作っていきたいと思います」(喜多氏)