2022/2/28

ユーザーの「熱狂」を生み出すプロダクト開発4つの極意

NewsPicks Brand Design Editor
 多くの人に使われるプロダクトには共通項がある。
 新しいテクノロジー、洗練されたデザイン、手厚いサポート、考え抜かれたビジネスモデル。
 中でも、特に重要なのが「ユーザーが『熱狂』するかどうか」だ。
 どんなに優れたプロダクトでも、ユーザーの心に響かなければスケールは見込めない。
 では、ユーザーの熱狂を生むプロダクトとは具体的にどのようなものか。一過性ではない、長く続くユーザーの「熱」の正体とは。
 熱狂を軸にしたプロダクト開発を得意とする株式会社ブックリスタ・新規事業開発室 室長の本澤友行氏と考える。
INDEX
  • 「神アプリ!」とSNSで反響を呼ぶプロダクト
  • 「周りは興味ないけど私は好き」に光を当てる
  • 「泣き出すほど深い」ユーザーのペインを探る
  • 「ああ、面白かった」と最後に思えるか

「神アプリ!」とSNSで反響を呼ぶプロダクト

 今、ある界隈の10代女性から熱狂的な支持を集めるプロダクトがある。
 それが、「推し活」アプリ「Oshibana(おしばな)」だ。
 一般的に、推し活とはアイドルやキャラクター、俳優といった特定の「推し」を愛でたり、応援したりする活動のこと。
 Oshibanaは、推しの誕生日やツイッターでの発信といった情報を管理するとともに、スマホのホーム画面にウィジェットを作成できるなど、推し活に関する便利な機能を備えている。
 昨年9月末のローンチからたった4カ月で、ダウンロード数は右肩上がりで増加。
 今年1月には、月間ウィジェット作成数も10万件を突破した。
 機能自体はいたってシンプルだが、SNSでは「神アプリ!」「有能すぎる」と反響を集め、App Storeでは5段階中4.81の評価、「グラフィック/デザイン」「無料」カテゴリーでランキング3位(※)を得るなど、ユーザーの評価は非常に高い。
※2021年12月末日時点
 なぜ、Oshibanaは短期間でここまでの反響を得られたのか。
 Oshibana開発責任者の株式会社ブックリスタ・本澤友行氏の答えは、「ユーザーの『熱狂』を第一に開発しているから」。
 本澤氏は前職時代からtoCプロダクトの開発に携わり、ブックリスタでは新たなビジネスの可能性を探る新規事業開発室 室長として、さまざまな新規プロダクトの開発をリードしてきた。
 その経験からたどり着いたのが「熱狂」というキーワードだったのだ。では、熱狂とは何か。
「熱狂とは、ユーザーが『これは私のためのプロダクトだ』と感じること。ただ『使いやすい』『あると便利』ではなく、『なくてはならない』という状態です。
 ブックリスタでは、この『熱狂』を実現することにこだわってプロダクト開発に取り組んでいます」(本澤氏)

「周りは興味ないけど私は好き」に光を当てる

 そもそも、本澤氏が「熱狂」に着目し始めたきっかけは前々職時代にある。
 かつて本澤氏は、国内外の本やサブカルチャー商品を扱うヴィレッジヴァンガードで、事業企画や商品のバイイングを担当していた。
 その時に気づいたのは、「周りの人は興味を持っていないかもしれないけど、私はこれがとても好き」という気持ち、いわば「偏愛」の熱量の高さだ。
「SNSの発達によって発信のハードルが下がり、コンテンツが溢れた。その結果、ユーザーが興味や関心を持つ対象は細分化しています。
 ですが、今はまだ無数の『好き』に応えるだけのグッズやプロダクトが足りていません。
 逆に、それらを提供できれば、ユーザーの『これは私のためにあるものだ』という熱狂を引き出せると考えたのです」(本澤氏)
 ブックリスタに入社したのも、同社のビジョンである「エンタメ×テック」に共感したからだ。
「ここでのエンタメとは、エンタテインメント業界ではなく、『知的好奇心』、つまりユーザーのドキドキやワクワクを指します。
 ブックリスタは、この知的好奇心にエンジニアリングで応え、ユーザーの期待を超えていく。
『偏愛』や『熱狂』に光を当てたいという、自分の希望に近いと感じました」(本澤氏)
 今、ブックリスタの新規事業開発室では「好き」を起点に人が集まる「場作り」に力を入れている。
 一般的に、ニッチなニーズを満たそうとすればビジネススケールは見込めなくなる。しかし、本澤氏の考えはその真逆と言っていい。
 収益性を高めるために、まずはユーザーにとって「居心地の良い場所」を作ること。それが、中長期的に見たビジネスの成否を分けると考えているのだ。
「熱量が一番高まるのは、リアルにせよオンラインにせよ『偏愛』を持った人が集まる場所。
 一見ニッチにみえる市場でも、自分の『好き』を共有し、コミュニケーションを独占できる場を作れれば、強いビジネスにつながるのです。
 法律や規制の関係上、日本のビジネスの収益モデルは限られています。一方で、熱狂するユーザーを集め、継続してもらう方法はまだまだ探す余地がある。
 ならば、それを先に考えたほうが、新しいビジネスを考える余地が広いと考えています」(本澤氏)

「泣き出すほど深い」ユーザーのペインを探る

 では、「熱狂」を生むプロダクト開発とは具体的にどのようなものか。
 本澤氏によると、4つの重要なポイントがある。
 まずは、徹底した「①ユーザーインタビュー」だ。
 新たなプロダクトを作る際、調査会社への委託や社内でのヒアリング、既存のデータなどを用いてリサーチをするケースが多い。
 だが、ブックリスタの新規事業開発室は直接行ったインタビューを起点にプロダクト開発に取り掛かる。
 形式ばったリサーチでは見えてこない、ユーザーの「深いペイン」や「ドライブ(行動の動機)」を探すのだ。
「日頃から他者のペインやドライブ、ヘイト、欲望などをメモアプリにストックしています。
 そして、当事者にアポイントを取り、具体的に感情や行動を深掘りしていくのです。
 Oshibanaでは、『推し活』に関して極端に困っていたり苦しんでいる人、のめり込んでいる人を探してインタビューしました。
 すると、インタビュー中に泣いてしまうユーザーがいたほど、当事者にとっては深刻な問題が複数あるとわかったのです」(本澤氏)
本澤氏のメモアプリには、「日常での気づき」が大量にストックされている
 次のポイントは、「②仮説構築」だ。
 インタビューの後は、内容を整理してプロダクトの仮説を立てる。一見、当たり前の流れにも思えるが、実はここが「熱狂」を生み出すための肝。
「単にインタビューの内容を整理するだけではなく、そこから得られる仮説は何か、どんな解決策があるかをチーム全体でディスカッションし、プロダクトのデザインに落としこんでいきます。
 通常はリサーチを一通り終えてから仮説を作るケースが多いですが、私たちはリサーチしながら仮説、そしてデザインを考える
 だから、素早くプロトタイプを作るフェーズに移れるのです」(本澤氏)
「インタビュー内容をより深く理解するために、エスノメソドロジーやライフストーリーといった学術的な方法論も用いるのも特徴です」と本澤氏
 3つ目のポイントは、「③最速でのMVP(Minimum Viable Product)リリース」
 MVPとは、顧客に価値を提供する最小限のプロダクトのこと。
 インタビューによって得た仮説をすぐにプロトタイプに落とし込み、ユーザーに公開して検証するのが、ブックリスタの新規事業開発室のやり方だ。
 はじめから完全な状態を目指すのではなく、あくまで「プロトタイプ=仮説を早く試せる動く状態」の段階で使ってもらう。
 そこで得た検証結果をスピーディーに反映しながら、一気にプロダクトを磨き込み、ユーザーのワクワクする状態に近づけていくのだ。
 実際、Oshibanaの開発は一般公開から5カ月で15回ものアップデートを実施した。
 そして最後は、「④オープンな開発」
 実は、プロトタイプで公開するメリットは他にもある。フィードバックを素早く反映し、ユーザーにも「一緒にプロダクトを作っている」と感じてもらうのだ。
 そこで、Oshibanaは開発タスクそのものも公開
 開発スケジュールや開発作業の様子などをユーザーと共有し、「開発する機能の順番」もツイッターでの投票機能で決める。
実際に公開されているOshibanaの開発状況の様子
「ユーザーから直接感謝の声をもらう機会が毎日あるので、開発メンバーのモチベーションが高まる、アウトプットのクオリティも上がるという好循環が生まれています。
 そこに魅力を感じ、ジョインしてくれるメンバーも多いですね」と、本澤氏。
 他にも、Oshibanaに関するツイートにはすべて返信し、そのユーザーをフォロー。ダイレクトメッセージへの返信も欠かさない。
 こうして、ユーザーとの密なコミュニケーションを徹底しているのだ。

「ああ、面白かった」と最後に思えるか

 ブックリスタの「ユーザーを熱狂させる」プロダクトはOshibanaだけではない。
 現在は、興味・関心にあわせてコンテンツをパーソナライズする、縦スクロール型のショートマンガアプリ「YOMcoma(よむこま)」など、新たなプロダクトも開発中だ。
 今後も引き続き推し活やショートコンテンツ領域に力を入れつつ、新たな市場への参入も視野に入れている。
 それらはもちろん、日々のユーザーインタビューから発掘した「深いペイン」や「ドライブ」によるものだ。
 どんな仮説を試すべきかはわかっている。しかし、それらを実現するにはまだまだ人が足りない。
 本澤氏が求めるのは、ずばり「『熱狂』を作るという試みに共感し、仮説検証を楽しめる人」
「そこへの共感さえあれば、推し活やショートコンテンツに興味がなくても構いません」と言い切る。
 今活躍するメンバーも、ヤフー出身のフルスタックエンジニア、メルカリ出身のデザイナー、フリーランスとバラバラだが、プロダクトそのものや開発手法への強い共感だけは共通している。
 インタビューの最後に本澤氏は、宮沢賢治の『毒もみのすきな署長さん』という短編作品の話をしてくれた。
 この作品では、ある登場人物が死の間際で「ああ、面白かった。おれはもう、毒もみのことときたら、全く夢中なんだ。いよいよこんどは、地獄で毒もみをやるかな」と言うのだ。
「そんなふうに、自分自身も夢中になれるプロダクト作りがしたいし、ユーザーの『好き』や『偏愛』に光を当てられるプロダクトが作れたら幸せだな、と。
結局、作ることに夢中な人のほうが、ユーザーの『好き』を生み出しやすい
この考えに共感してくれるメンバーとともに、常に熱量高くプロダクト作りに邁進できる環境を作っていきたいですね」(本澤氏)