2022/2/22

【新・組織戦略】コロナ下の人材育成、どうしてる?

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
パンデミックの混乱から約2年。その間、未来を見据える企業はリモートワーク化を進めるなど、大胆な改革を起こしてきた。しかし、働き方の急激な変化によって、多くの企業は人材育成などの新たな組織課題に直面している。

組織のあり方が激変する今、企業は経営資本である「ヒト」にどのような課題を抱え、どうアプローチしようとしているのか。

今回は、みずほ銀行LINEユーザベースの3社に、組織づくりや人材育成の現状と課題、導入したビジネスゲーム研修「マーケティングタウン」活用の成果までを赤裸々に語ってもらった。

オンラインでは「クリエイティビティ」が磨けない

──コロナ前の研修は、どのように行っていましたか?
井伊 すべて対面です。最も大規模なものだと、約500人にのぼる新入社員が研修所に一堂に会する集合研修があります。コロナ禍に入って、それを一気にオンラインに切り替えました。
 以前から社員にはタブレットを配布しており、オンライン研修に必要な機材は揃っていました。新たにeラーニングシステムを整備して、オンラインへの移行は比較的スムーズだったと思います。
──オンライン研修自体はうまくいきましたか?
 もともと座学であった預金や融資、財務に関する講義では、オンラインの良さを感じました。録画して巻き戻しや早送りができますし、わからないところは繰り返し視聴することもでき、効率がいい。
 ただし集合研修に比べると、オンラインはどうしても研修の熱量が下がります
 また、銀行の営業は非常にクリエイティブな仕事で、業種も背景も異なる企業に合わせ、五感を使って相手の状況を読み取りながら提案や交渉をすることが求められる。そうしたスキルはオンラインでは磨けません。
 そうした課題感が、「マーケティングタウン」という今までにないスタイルの研修方法の導入につながったとも言えます。
 導入の理由は他にもあります。オンライン研修後に、新入社員から「同期とのつながりがほしい」という声が次々に上がったんです
 銀行では入社すると同期全員で研修を受け、その後、全国に配属されます。厳しい研修期間をともに過ごした同期の絆は相当に強い。何かあったらお互いに支え合う関係が自然とできます。
 悩みの多い新人の時期に気軽に話せる仲間がいないのは、さぞつらかったでしょう。私たちも面談数を増やしたり、アンケートを強化したりしてメンタルケアに努めましたが、それだけでは限界がありました。
 そこで、チームでコミュニケーションがとれる研修方法として、マーケティングタウンを活用する案が浮上したのです。

研修のポイントは「リアリティ」

──マーケティングタウンのどこに魅力を感じましたか?
 実はみずほ銀行では、以前から研修の改革を進めていました。そのポイントの一つに“リアリティの追求”があります。
 内部の講師では説得力に欠けるテーマについて、各分野のプロフェッショナルをゲスト講師として迎えているんです。たとえば「経営戦略」がテーマなら現役の経営者を、「情報収集」のときは新聞記者をお呼びする、といった具合です。
 このリアリティこそが、研修で学んだこととビジネスの現場を結びつけるには欠かせない要素。マーケティングタウンは、ゲームを通して「経営視点」を疑似体験できる。リアリティの追求という点で最適な教材です。
 参加者一人ひとりが仮想の街で小売店の経営者となってプレイするので、経営や企業のお金の流れを理解し、BS(貸借対照表)やPL(損益計算書)といった座学で得た知識の定着が図れます。
 とはいえ、いきなり500人近い新入社員研修に導入するのはハードルが高い。まずは25人ほどのグループでの研修で効果を見ました。
──参加者の反応はいかがでしたか?
 対面だったこともあり、非常に盛り上がりましたよ。参加者の思考を促進し、競争心を刺激する設計になっているので、みんな夢中で、座学にありがちな“やらされ感”がまったくありませんでした。
 ゲームの特性上、見て考えるだけでなく手を動かしたり計算したり、通常のビジネスのフローを繰り返し体験できたのもよかったと思います。「今後の仕事のビジョンが明確になった」といった感想が寄せられ、明らかに仕事に対する意識が深まったな、と。
 銀行のビジネスの源泉は、何といっても「ヒト」です。同じ取引先でも、営業担当者の着眼点次第で、提案する内容や進め方はまったく違ってくる。そこにビジネスチャンスが宿るからです。
 今後も銀行の枠を超えてさまざまなことを考え、提案・実行できる人材を育てていきたい。来年度は、いよいよ新人研修に導入できたらと考えています。

多様性があるからこそ重要な共通言語

──原則リモートワークに移行したことで生まれた組織課題はありますか?
大岩 まずは、新たに入社してくる新卒・中途社員のケアが大きな課題となりました。
 LINEでは4月と10月の新卒入社以外にも、恒常的に新メンバーが加わります。コロナ前ならオフィスで雑談をしたり、ランチやカフェに行ったりできましたが、今は実際に会えない。だから新メンバーとの相互理解には、課題感がありました。
 オンラインでは顔を合わせますが、目的ベースで設定される会議では、やっぱり雑談は難しくて、新しい人とのコネクションはどんどん弱くなりましたね。
大岩さんのチームがコロナ下でオンライン開催した勉強会の資料。ここでも、組織拡大に伴うメンバーの多様化やリモートワークによる横連携の薄れが課題として挙がっていた(提供:LINE)
 加えて、チームの“共通言語”にも課題を感じるようになりました。
 私たちは広告プラットフォームを企画していく部署ですので、マーケティングの基礎知識が欠かせません。
 しかし、中途入社や海外メンバーが多い上に、ビジネス系からエンジニア系まで得意な領域も多様で、マーケティングのフレームワークに慣れている人ばかりではありません。
 タイや台湾などに多国展開しているプラットフォームとして、広告企画の精度や確度を上げていく必要がありました。そのためにも、メンバーの共通言語として、オーソドックスなフレームワークを使えるようにしておく重要性を改めて感じました。
──リアルに会えないなかで、どのようなアプローチを実践されましたか?
 コミュニケーションベースの会社ですから、まずはコミュニケーションの総量を増やしました。
 社内のSlackに個人部屋のようなチャンネルをつくって、どうでもいいつぶやきや業務に役立った情報などを書き込んでもらう。
 そこに他のメンバーが好きなタイミングで覗きに行って、スタンプを押したりコメントを残したりできるようにしました。通訳botを入れて、海外のメンバーも読めるようにしています。
大岩さんの“個人部屋チャンネル”でのやりとり(提供:LINE)
 定期的な勉強会も始めました。勉強会や研修では、体験や議論を通して、みんなが主体的に参加できるかを重視しています。やはり、読むだけ・聞くだけの受動的なスタイルよりも、議論に参加したり人に教えたりするほうが知識が定着しやすい実感がありますから。
 私の部署はメンバーのバックグラウンドが多様なので、毎回テーマを変えて、持ち回りで講師を担当しています。みんな学習意欲が高く、主体的に参加してくれていますね。
 実はこうしたメンバーが主体的に参加するスタイルの勉強会が始まったのは、マーケティングタウンの研修がきっかけになっているんです。

学びの時間が増えた今こそ、ヒトに投資する

──マーケティングタウン導入の決め手はなんだったのでしょうか?
 NewsPicksの記事です。広告業界の他社事例を読んで、期待以上の効果が得られたとあり、興味を持ちました。
 マーケティングタウンの研修にはオンライン版があり、コロナ禍でリアルに集まれない時期にも使えました。
 オンライン版はチーム戦形式なので、メンバー間でコミュニケーションが発生するのもいい。もちろん、ゲームを通してマーケティングの基礎知識を実践できる。
プレイヤー個人で競うオフライン版に対し、オンライン版は、5人1組で経営戦略を相談しながら進めるチーム戦が特徴。
 研修には25人のチームメンバーが参加しました。研修後にフレームワークを自分で勉強する人が増えて、業務中に3Cや4Pといったマーケティング用語が飛び交うようになったんです
 論理立てて物事を考える際の共通言語ができつつあるなと実感しています。
 オンライン上ではありましたが、準備過程で同じチームのメンバーと議論して、それぞれの考え方や得意分野を理解できたのもよかったと思います。
──ITは人の入れ替わりが激しい業界です。人材にどこまで投資するか、悩むことはありませんか?
 個人的には、もっと投資すべきだと思っています。
 ただでさえ変化のスピードが速いIT業界ですが、コロナによってそのスピードはさらに加速しています。
 そのような状況下では、自ら考えて学んでいく姿勢がなければ、どんなに優秀な人材でも厳しい。リモートワークで、せっかく勉強に使える時間が生まれたんです。
 まず“自ら学ぶ姿勢”を根づかせていくこと。そのきっかけや環境づくりに、これからも投資していきたいと考えています。

先行投資を適切に判断できる人を増やす

──現在のユーザベースの課題は何だと思われますか?
張替 浮かび上がったのが、投資の意思決定のスピードですね。
 新型コロナで環境が一変し、各社で変化に対応する速さが向上しました。その結果、我々ユーザベースの強みだった「スピード感」が相対的に弱まったようにも感じ、これまで以上の迅速な意思決定が不可欠になったと考えています。
 このスピード感は、顧客起点で変化に迅速に対応する「アジャイル経営」を実践する上でも重要です。外部環境の変化を素早く捉え、反応できるかどうかがカギになる。
 私が2021年3月までSaaS事業全体のCOOを務めた観点からは、投資の意思決定を行う上で、今の組織に2つの課題を感じていました。
──どんな課題でしょうか?
 1つ目は、何をどう投資すれば売上につながるのかという「投資からリターンまでのプロセス設計に対する理解」
 2つ目は、投資からリターンまでどれくらい時間がかかるか、どのタイミングで投資すればどういうリターンが返ってくるかという「時間的な価値の理解」です。
 SaaSというビジネスモデルの優位性は「売上の予測のしやすさ」です。ある程度のユーザーが継続使用すれば、期初の段階でもその期の売上の7割を予測できるといわれています。こうした予測には、ビジネスプロセスの理解が欠かせません。
 また、SaaSのビジネスモデルの競合優位性を維持するには、将来を予測して先行投資の意思決定を加速させることが何より重要。なぜなら先行投資が早ければ早いほど、売上が立つのも事業成長も加速するからです。
 そしてこれを実践できるかは、先行投資のタイミングと売上のタイミングをつなぐ「時間的な価値」を理解していなければなりません。
 これら2つの理解をもとに、将来の投資とリターンを設計するスキルを高めて、先行投資を迅速かつ適切に意思決定できる人材を、もっと増やさねばと考えていました。
自立自走できる組織づくりにも生きる学習テーマは、マーケティングタウンの研修で扱う
──では、経営層の強化をされたのですか?
 意思決定力が必要なのは、経営層に限りません。
 ある程度の規模の会社であれば、おそらくユーザベースと同様に、複数の事業部が部門に分かれ、それに付随して細分化されたチームにメンバーがいますよね。
 変化の激しい今の時代は、それぞれの管理可能な範囲内での、細かく迅速な意思決定が求められます。
 最終的にはメンバー個々人が環境変化を予測し、可能性や確率を踏まえた上で、現場レベルで「何をつくってどう売っていくか」の意思決定ができるようになってほしいですね。

数少ない体験型の研修だった

──そうした課題へのアプローチとして、なぜマーケティングタウンを選ばれたのでしょうか?
 私の過去の経験が大きいですね。
 以前にアメリカのビジネススクールで学んでいたときに、戦略的マーケティングのクラスで、顧客分析やプロダクト開発から販売までを行うシミュレーションゲームを使った研修を受けました。
 その経験から、投資の意思決定力を強化するには、ハンズオン(体験型)の研修が一番役に立つと実感していました。
 日本にも同じようなものはないかと調べて見つけたのが、マーケティングタウンだったんです。
──実際にマーケティングタウンを使ってみて感じたメリットは何でしたか?
 体験型の研修をベースにしながら、研修内容のカスタマイズが可能なところです。
 通常は、ゲーム前にルール説明を兼ねたフレームワークの講義が入り、終了後にプレイを振り返りつつ、マーケティングや財務の知識を紐づけていく解説パートが設けられていますが、この流れを変更しました。
 ゲーム中の1タームごとに振り返りと講義パートを繰り返して、理解を深められるようにしたんです。
講義で学んだ内容を、すぐにゲームで実践。こうしたインプットとアウトプットの繰り返しで、学びを深められるシステムだ。
 ルールもユーザベース独自のものに変更しました。営業利益の最も多い人が勝つという通常の勝利条件に加えて、たとえば、「競合がいないエリアに出店する」といった適切な先行投資をした人に多く加点するんです。
 マーケティングタウンの研修プランナーも「意思決定力の強化」という研修目的に適うように、知恵を絞ってくれました。
──参加者の反応はいかがでしたか?
 ファイナンス系や事業開発、システム管理といった会社の数字に強いメンバー7人をピックアップして実施したのですが、「あのとき、ああしておけばよかった」というコメントがいくつも出てきて、狙い通りの手応えを感じました。
 最適な一手とは、“今この瞬間の状況や情報”だけでは決まらない。次に競合がどう動くかまで考慮する必要がある。こういうコメントが出るのは、その気づきが得られた証拠ですから。
 コロナはいつ収束するかわかりません。そんな状況下では、ビジネススキルの高い人材に加えて、課題解決を楽しめる人、自分の専門外の新しいことも積極的に身につけようとする成長意欲のある人が、組織に必要です。
 潜在的な成長力の高い人材を見つけたら積極的に採用し、マーケティングタウンのような実践型の育成研修などに投資して、成長を支援していきたいと考えています。