2022/3/4

【リアルとECの融合】「世界最高のシステムづくり」の舞台裏

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 コロナ禍での消費行動の変化により、大きな打撃を受けた小売業界。低迷にあえぐ業界を尻目に、グローバルNo.1ブランドを見据えて成長を再加速させているのが、ファーストリテイリングだ。
 成長の原動力の一翼を担うのは、店舗とECをつなぐ「デジタルコマースプラットフォーム」。世界で最良の方法を採用して全社に展開する「グローバルワン」というビジョンのもと、ゼロベースで構想された大規模自社プラットフォームである。
 同社の事業規模はもちろん、次の3つの条件がその構築の難易度を跳ね上げた。
1. ユニクロ・ジーユー・セオリーなど、ブランドごとの商流に対応すること

2. グローバルに展開する事業を支える共通基盤となること

3. 最高の購買体験を提供するために、柔軟に変化し続けられること
 つまり、ファーストリテイリンググループの全ブランドの膨大な商品を、世界中に存在する顧客それぞれが、合理的かつ思うままに手に入れられる──目指したのは、そんな“世界最高の購買体験”をもたらすシステムだ。
 その構築はどのように進められてきたのか、現在までの軌跡を追った。

まったく新しい“骨格”をつくるゼロベースの改革

 ファーストリテイリングは、顧客が中心となる“情報製造小売業”の実現に向け、2016年より全社業務改革「有明プロジェクト」を進めてきた。
 「無駄なものを作らない、運ばない、売らない」というビジネスのあり方の変革と同時に、より良い社会の実現に向けた取り組みでもある。
 プロジェクトの範囲は、製造や販売といったアパレルビジネス全体のあり方から従業員の働き方にまで及ぶ。なかでも全社の業務に変革を起こすエンジンの一つとなっているのが、ECシステムの刷新だ。
 有明プロジェクトでは“ECの本業化”を掲げており、「店舗とECの融合は、大きな柱の一つです」と、同社CTOの大谷晋平氏は語る。
「システムの都合で、購買体験に制約をかけてはいけない。いつ・どのようにお買い物されるかはお客様自身が選ぶものであって、我々はその選択肢をできるだけ柔軟にご提供したい。
 店舗とオンラインが融合した“世界最高の購買体験”を叶えるためには、その基盤となるITプラットフォームをゼロから考え直す必要がありました」(大谷氏)
 ファーストリテイリングには「グローバルワン」という考え方が根付いている。
 異なる文化や価値観を尊重しつつも、“世界で最良の方法”を探し、それを全世界で実行するという理念だ。
 そしてその実現には、ファーストリテイリング自体のビジネスの規模が大きな壁となって立ちはだかる。
 グローバル統一の仕組みづくりには、さまざまなハードルがある。EC開発領域部長の平岡大輔氏は、その難しさについてこう話す。
「グローバルワンとはいえど、法律や支払い方法、配送方法など、国ごとに商習慣が異なる点もあるのでローカライズの視点も必要です。
 ただローカライズするほど、コンセプトは崩れ、どの国でも等しく質の高いサービスを提供するのが難しくなる。“本質的に変えるべきものか”の見極めには、いつも頭を悩ませています」(平岡氏)
 グローバルとしての一貫性と、その国の売上規模や運用効率などを総合的に判断し、ベストなバランスを見つけ出す。
 こうした繊細なジャッジを伴うなか、世界中のお客様のニーズに応えるには、機動的に変更できるシステムが不可欠となる。
 そこで、グローバルワンに店舗とECの融合を実現する、まったく新しい骨格「デジタルコマースプラットフォーム」が構想された。2017年のことだった。

すべては“世界最高の購買体験”のために

 ファーストリテイリングは、ユニクロのほかにも、ジーユーやセオリーといった複数ブランドを手掛ける。従来はブランドごと、さらにはECやアプリごとに、独自にシステムが作り込まれてきた。
 新たな機能追加のたびに改修を重ねてきた結果、機能同士が複雑に絡み合い、そのメンテナンスや改修は煩雑さを増すばかりで、全体最適を図るのも難しい。
 有明プロジェクトが始まった2016年当時のECシステムは、“世界最高の購買体験”という理想に耐え得るものではなかった。「システムを維持しながら、日々の業務を回すだけでも精一杯でした」と大谷氏は振り返る。
「稼働から5〜6年が経ち、事業拡大についてこられなくなったシステムが、肥大化・硬直化していました。たった1カ所の変更でも影響が多岐にわたって壊れやすい構造でした」(大谷氏)
ECやアプリの会員数は伸び続け、徐々に従来のシステムでは耐えられないユーザー規模となりつつあった。
 しかし、ファーストリテイリングのビジネス規模でのECシステムの刷新、それもマルチブランド・マルチカントリーでの実現は、同社にとっても大きな挑戦。そう簡単に決断できるものではない。柳井正会長兼社長やECの責任者らと何度も討議を重ねた。
 そこで出た結論は、「今のシステムでは現状維持はできても、時間や方法にとらわれない自由な購買体験は提供できない」ということ。抜本的な再構築はマストだったのだ。
「今後の成長を考えれば、結論は明白でした。特にEC本業化にあたっては、膨大な処理に耐え得るシステム性能が求められるほか、柔軟に機能を追加していかねばなりません。
 私たちが何を達成すべきか、そのためには何が必要かを追求し続けました」(大谷氏)
 こうして単なる老朽化したシステムの置き換えではない、“世界最高の購買体験”という理想に向けた大改革が動き出した。

常に“世界で最も良いやり方”を追求できる基盤とは

 新しい骨格「デジタルコマースプラットフォーム」は、複数の小さなサービスを組み合わせる、いわゆる「マイクロサービスアーキテクチャ」として着想された。
 最大のポイントは、ブランド固有のサービスと、決済や顧客情報基盤といった“ECのコア”としてグループ共通で提供するサービスが、それぞれ独立して設計・構築されている点だ。
 ブランド固有のサービスと、グループ共通のサービスを、レゴブロックのように組み合わせれば、各ブランドの要求に柔軟に応えられる。
 さらに、グループ全体で一貫したサービスのコンセプトや基準を適用しやすい。グローバル展開においても、コアなサービスを共通化したまま、各国向けにローカライズが可能となる。
 しかしここまでの形を描き、開発を進めるなかでも、グローバルスタンダードの最高峰となり得る“世界最良”であるか然るべき検証は続く。
「市場に存在するパッケージの調査はもちろん、EC事業部のメンバーと中国やアメリカの企業を訪ねて、直接ヒアリングをすることも。その上で議論を尽くしました。
 新システムの開発と並行しながら調査をし、常に世界で最良のやり方を模索し、改善していく。それを何度も繰り返し、プラットフォーム像を磨き上げていきました」(大谷氏)

内製化で業務改善は加速する

 商品開発から物流、販売に至るまで、ファーストリテイリング社の“妥協なき変革”の根底には、同社に根付く「お客様に価値を届けるために、すべてを自分たちでコントロールする」という顧客起点ゆえの方針がある。
 その思想は当然、デジタルコマースプラットフォームの開発においても不可欠だった。
「事業の変革を考えるとき、そのカギとなるのは、高度なIT知識自社の業務及びシステムへの深い理解です。
 これらが備わっていなければ、適切な判断を下すことは難しい。だからこそ、業務部門とIT部門が同じ熱量で、同じ目標に向かって協力していくことが必要になる。
 特にお客様が直接触れる店舗やECの領域は、みなさまの期待に直結します。求められるものをスピード感をもって実現するには、開発組織の内製化による高度な技術力の獲得は絶対条件でした」(大谷氏)
 激しく変化する市場環境に適応し、世界中に存在する顧客のニーズを満たすには、開発中のサービスであっても、ときに当初のコンセプトからの大胆な方針転換も必要になる。柔軟に対応できる体制でなければ、理想に近づくのは難しい。
 内製化へのシフト、しかも既存システムの改修ではなく、新たな業務システムをゼロから作るとなれば、技術の専門人材における精鋭の力が必要となる。まずやるべきは、主体的に動けるエンジニアチームづくりだった。
 2016年当時、数十名だったエンジニアは現在100名を超えるまで拡大し、コマースプラットフォーム開発部門を技術的にリードしている。
 グローバル人材の採用にも積極的に取り組み、東京が拠点のメンバーの多くは外国籍だという。
提供:ファーストリテイリング
 開発の現場には、最新のプログラミング技術や最先端のクラウド技術などを取り入れる。常に新たな手法を取り入れながら、さらなる価値提供を模索し続けているのだ。
 ただ、ファーストリテイリングで活躍するのは、単純に高い専門性を持つ人材よりも「システムの仕様変更や改善にとどまらず、業務そのものを変えていこうという発想を持つ人」。そう話すのは、EC開発領域統括リーダーの村田雄一氏だ。
「デジタルコマースプラットフォームの構築にあたって、ファーストリテイリングに加わったメンバーは、これまでIT業界の最前線で経験を積み、幅広いデジタル業務に精通している人材ばかり。
 だから、業務部門からシステムに関する要望が上がっても鵜呑みにせず、『そもそも業務をこう変えるのはどうですか?』と本質的な解決につながる逆提案もできるんです」(村田氏)
 ファーストリテイリングの強みは、現場で顧客と真摯に向き合ってきたメンバーと、デジタルの専門性を持つメンバー。双方が意見を交わすことで、業務がより良いものになる。
「私たちが一緒に現場に入り込んでいくと、上流からのデータ連携で業務を自動化したり、なくしたりできることがわかってきました。現場の業務もシステムも、よりシンプルに変えられれば、もっとお客様への提供価値を高めていく余地が生まれます。
 同じ熱量を持つ社員同士だからこそ実現できる業務改革に、エンジニア自身もプライドを持って取り組んでいます」(村田氏)

世界中の「こんなことはできますか?」に応えていく

 2017年以降、デジタルコマースプラットフォームへの移行はグローバルで段階的に進み、2020年7月には国内のユニクロとジーユーで、2022年3月現在はカナダ、フィリピン、インドでも完了している。
 こうして有明プロジェクトはまた一歩、理想へと歩みを進めた。
 移行のインパクトは、もちろん社内的な業務改善にとどまらない。スピーディーな改修に耐え得る柔軟な基盤を築いたからこそ、さまざまなアイデアをより短いスパンでサービス化し、世界中の顧客へと届けられるようになった。
 たとえば、ユーザーが投稿した着こなしを検索し、そのまま商品を購入できる「StyleHint(スタイルヒント)」は、当初の構想には存在しなかった機能だ。
ユニクロ原宿店の地下1階には、壁一面を埋め尽くす240台のディスプレイで、StyleHintの着こなしから、店内のアイテム位置までチェック可能だ。
 また、ユニクロのアプリで注文した商品が、最短2時間で店頭で受け取れるサービス「オーダー&ピック」は、わずか数カ月でリリースに至っている。
「システムに機能追加をしやすくなったことで、現場からも『こういう取り組みをしたい』という要望がたくさん寄せられるようになりました。
 『これってできますか?』とカジュアルに話しかけられるのも、内製開発のアドバンテージの一つだと思います」(平岡氏)
「私たちの作るデジタルコマースプラットフォームは、まさに世界中の店舗・ECビジネスで使われる“骨格”となるもの。世界中から求められる仕事をしているのだと毎日のように感じますし、貢献できることにやりがいを感じます」(村田氏)
電波によって非接触でID情報を読み取れるRFIDタグを活用したセルフレジは、会計にかかる時間を劇的に短縮。
 こうしたOMO(※)をはじめとする新たなサービスが続々と生まれることで、私たちが普段ユニクロやジーユーでしている何気ないショッピングが、一人ひとりの“世界最高の購買体験”へと近づいていくのだろう。
※ Online Merges with Offline:オンラインとオフラインの融合。ネットとリアルを切り分けず、一連の顧客体験として捉えるマーケティングの概念。

新システムへの移行は、ゴールではなくスタート

 開発メンバーたちは「まだやりたいことはたくさんある」「いよいよこれから」と口を揃える。
 コマースプラットフォームの構築・展開は、スタート地点。「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」というステートメントの下での改革に終わりはない。なぜなら、ファーストリテイリングのすべての業務変革に関わる基盤だからだ。
 ECと店舗のシームレス化、新たな商品やサービスの開発、より良い売り場づくり。そして、世界中の一人ひとりが自分に合った1着を楽しめる情報発信を。
 変革を導くのは、顧客の声だ。ユニクロの購買履歴やジーユーの商品レビュー、StyleHintでチェックしたコーディネート情報……共通基盤の構築によって、今やあらゆるところに改革の糸口が見えてきた。
「私たちが目指すのは、あくまで顧客満足であり、より良い社会の実現。今より良いやり方が見つかれば、それをグローバルに適用できるかを考える。この思想はずっと変わりません。
 普段の生活で、ECで購入して店舗で受け取る方や、コンビニで商品を受け取られている方を見かけるんですよ。そのたびに、自分の仕事が日常につながっている喜びを感じます。
 自分の身近な人たち、そして世界のどこかにいる誰かが、当社の服で生活を彩ってくれている。その実感が、ファーストリテイリングの仕事の醍醐味ですね。
 一方で、日常につながっている仕事だからこそ、発見できる課題も日々生まれてきます。その課題をテクノロジーも駆使しながらチームで解決した先に、お客様のもとに商品が届く手応えがある。
 このおもしろさを味わえるのは、ファーストリテイリングならでは。今はまだ始まりにすぎません」(大谷氏)