2022/2/22

【京都】「一生着られる」ウエディングドレスの秘策

ライター(すきめし企画)
使わ「れなくなった」、着ら「れなくなった」テキスタイルを、新たなファッションとして蘇らせた「renacnatta(レナクナッタ)」。ブランドを立ち上げた大河内愛加さんはクラウドファンディングを大成功させ、ものづくりのきっかけをつかみました。3回連載のインタビュー2回目は、2019年の結婚を機に京都に移住し、新たな展開を迎えたビジネスにフォーカスします。
*記事内の情報は取材時(2021年7月)のものです。
この記事はNewsPicksとNTTドコモが共同で運営するメディア「NewsPicks +d」編集部によるオリジナル記事です。NewsPicks +dは、NTTドコモが提供している無料の「ビジネスdアカウント」を持つ方が使えるサービスです(詳しくはこちら)。
INDEX
  • 京都暮らしで出合った伝統工芸
  • 西陣織のドレスが24時間で完売
  • マスク作りの始まりはTwitter
  • 商品だけでなく世界観を伝えたい

京都暮らしで出合った伝統工芸

初めてのブランド「renacnatta」が順調に滑り出した裏で、大河内さんのプライベートにも大きなターニングポイントが訪れていました。ミラノで出会った日本人男性と、結婚を前提とした交際が進んでいたのです。そして、工業デザイナーである彼が京都の企業に就職することが決まり、大河内さんはミラノと京都を行き来するように。
「京都の古い街並みや歴史を重んじる価値観は、ミラノにも通じるところがありました。また、手描き友禅の工房を見学したり、四季折々の景色を楽しみながら寺社仏閣を訪ねたり、同世代のクリエイターや伝統工芸を引き継ぐ職人さんと出会うこともあって、京都のものづくりへの興味が高まっていきました」
その中でも、大河内さんの感性を揺さぶったのは、緻密に織り上げられた西陣織の繊細な美しさでした。高級帯などに使われるだけで、一般にはなじみの薄いテキスタイルですが、もっと多くの人に親しんでもらえないかと考えるように。やがて、結婚を機に京都で暮らすことになった大河内さんに、新しいアイデアが浮かびます。「私の結婚式に向けて、西陣織のウエディングドレスを作ってみよう!」
それは、「renacnatta」にとっても新たなスタートの号砲でした。

西陣織のドレスが24時間で完売

京都の西陣織は着物の帯などに用いられる高級生地。普段着に使うには値がはりますが、人生の大事な機会で着るウエディングドレスとして仕立て、さらにその後も愛用できるデザインにしたら…。それなら、実用性と大切な思い出を兼ねるものになる。多くの人に購入してもらえるのではないか、と考えたのです。
「挙式だけでなく、ライフイベントごとに着て欲しいという想いを込めて、『一生着られるウェディングドレス』という名前をつけました。ワンピースではなくセットアップにして、スカートは巻きスカート、トップスも着物のようなカシュクールデザインにしたので、体型が変わってもフレキシブルに着こなせます」
西陣織の「一生着られるウェディングドレス」は、上下ともに「巻いて着る」和服のもち味が生かされています。
より多くの方の手に渡るように、ザ・リッツ・カールトン ホテルなどとコラボレーションの実績がある西陣織ブランド「RE:NISTA(リニスタ)」に生地の製造を依頼。受注生産の体制も整えました。
西陣織の伝統的な織柄に手刺繍を施したセットアップ(上の写真)は18万円と、高めの金額設定になりましたが、「試着会を開く前に、24時間で完売してしまいました」(大河内さん)。
ヴィンテージのデッドストックシルクに金彩を施したイヤーアクセサリーやポケットチーフといった小物も準備。ドレスと合わせて使える。
初回のクラウドファンディングと同様、そこで集まった資金の一部を使ってミラノサローネ(2020年は6月開催予定だった国際見本市)に出展し、日本の伝統工芸の新しい形と可能性を披露しようと意気込んでいたものの、コロナ禍で中止に。それどころか、ミラノと京都を行き来することすらできなくなり、ふたつの国を新鮮な気持ちで見る感覚が薄れてきました。
また、実際に手で触れていないので、思っていた生地感と違ったり、顔を合わせていない取引先が納期遅れなどミスを連発したりと、製作スケジュールはガタガタ。海外ビジネスのリスクを痛感しました。

マスク作りの始まりはTwitter

ネガティブなことばかり続いていたある日、大河内さんのTwitterに、ひとりのフォロワーから要望が届きました。「西陣織の残った布でマスクを作ってほしい」。軽い気持ちでリツイートしたところ、相互フォローしていた織物の製造元や縫製工場の経営者から、「やりますか?」「いつでも大丈夫です」という展開に。ほんの数日のうちに商品化が決定しました。
大河内さんにとっても、今まで以上に受注が細っていた生産者にとっても、うれしい忙しさが訪れました。
マスクを作るには残布でも十分だったが、衛生管理を重視して織物を一から作ることに。多くの西陣織は絹だが、こちらはポリエステル製。水や摩擦に強く、絹に劣らない柔らかい質感、上品な光沢感を楽しめる。注文を受けて織られた西陣織は100cm幅で257mにもなった。

商品だけでなく世界観を伝えたい

こうして完成した西陣織のマスク「Nishijin Mask」は、多くの人の手に渡っただけでなく、新聞・テレビ・雑誌・オンラインメディアなどに取り上げられて、「renacnatta」の知名度を大きく押し上げました。その半面、「届くのが遅い」「他のマスクを買ったのでキャンセルしたい」といった問い合わせが購入者から舞い込むことも。対応業務に追われて、本来やるべきブランドコンセプトを伝えることが、二の次になってしまうこともありました。
「広く知らせることと、コンセプトを理解していただくことは違うと、改めて知りました。かつてクラウドファンディングでは、アピールポイントが多いことが功を奏しましたが、ある程度知っていただけるようになった今は、別の打ち出し方が必要です。
それには、私の考えをシンプルにまとめた“文化をまとう”というワンフレーズで発信するほうが、ブランドの世界観をわかっていただける。そう気づきました」
大河内愛加(おおこうち・あいか)さん
株式会社Dodici 代表取締役CEO

1991年生まれ。15歳のときに家族で伊・ミラノに移住。Istituto Europeo di Design ミラノ校広告コミュニケーション学科卒業後、メイド・イン・ジャパン専門のショールーム「JP HOME」勤務を経て独立。2016年2月にブランド「renacnatta」を立ち上げ、日本の着物地とイタリアンシルクのデッドストックを組み合わせたスカートや金彩を施したイヤーアクセサリーなどを製造・販売。さらに、2021年にはアップサイクルブランド「cravatta by renacnatta」を立ち上げ、紳士向けの商品も展開している。現在は京都とミラノとの二拠点生活を送っている。2021年に京都府主催の第9回京都女性起業家賞にて京都府知事賞優秀賞、京都信用金庫主催の京信・地域の起業家アワードにて優秀賞を受賞。
Vol.3に続く (※NewsPicks +dの詳細はこちらから)