プロ経営者という働き方

「売れる人材」のキーワードは苦労人

プロ経営者に「三井・三菱出身者」が少ない理由

2014/10/22
世の中の「経営者像」が、変わろうとしている。「社長」といえば、自社で数10年勤め上げた人物が就任するもの、または親会社の役員が子会社の経営を任されるもの、といった暗黙の了解があった。しかし最近では、アップルでイメージ戦略を成功させたあとマクドナルドの業績をV字回復させベネッセコーポレーションのトップになった原田泳幸氏や、三菱商事からローソンを経てサントリーHDのかじ取りを任された新浪剛史氏など、いわゆる「経営のプロ」がトップとして招聘される例が増えている。今、なぜ、彼らのような役割が求められるのか? 第4回は、経営のプロたちはどのような経験を積んできたのか、そしてプロ経営者を目指す人はどんな体験をすべきかについて述べたい。
第1回 プロ経営者が大企業で引っ張りだこな3つの理由
第2回 コンサル出身者が「プロ経営者」に向かない理由
第3回 プロ経営者は、「破壊的イノベーター」だ

社外取締役ニーズも拡大中

欧米では業界を超えて経営者が次々と名門企業を渡り歩くことが珍しくないが、今日び日本でも「経営のプロ」の数は、続々と増えている。

「社長だけでなく、とくに社外取締役のニーズが高まっている

と話すのはリクルートエグゼクティブエージェントの波戸内啓介社長だ。

「米国ではコーポレートガバナンスの観点で、社外取締役が任命されることが多く、以前から米国は、日本の政府や企業にも社外取締役を入れるよう要請してきた。これを受け、日本企業は(社外取締役を)入れる、入れないで多くの議論を重ねてきましたが、2014年6月に国会で改正会社法が可決成立したこともあり、いま一気に受け入れの方向で動いています」

この流れにより、リクルートエグゼクティブエージェントが扱う経営幹部の紹介事業は年々、市場が大きくなっており、波戸内氏は「実感ベースだが、市場規模は毎年2ケタに近い成長を見せている」と話す。

では、この市場において、今、どのような人物が評価されるのだろうか。筆者が匿名を条件に取材したヘッドハンターが答える。

「マーケティング、マネジメント、海外進出など、何らかの分野で、試行錯誤を繰り返しながらも、確かな何かを成し遂げた経験があることが大前提になる」

このヘッドハンターによれば、仮に大手商社の社員なら「三菱」「三井」の社名がついていない、すなわち業界トップ企業出身ではないこと。中でも、海外法人などへ出向し、市場をゼロから作り顧客を開拓してきた人材が「売れる人材」だという。

「重要なのは経験。在籍していた会社の社格など関係ない。組織を活性化し、トップライン(売り上げ)を上げられる人を求める」(匿名のヘッドハンター)

一言で言うなら、欲しいのは「苦労人」だと彼は言う。

市場を拡大した経験のみならず、犠牲を最小限に抑えて市場撤退した経験でもいい。つまり、どれだけの修羅場を潜り、結果を出してきたかの勝負だ。

それが出来るのは、高い思考力と、何事からも逃げずに諦めないマインドの証明だからだ。

逆に、制度やインフラが整備された「大企業という名の温室育ち」タイプには野心や情熱、そして人間的な厚みや土壇場でなんとかする力を感じにくい、と言う。リクルートエグゼクティブエージェントの中村一正氏もこう口を合わせる。

「若いうちに苦労をしていない人は、年齢を重ねて大きなステージを担当するように、途中で断念してしまうことが多い。正直、1時間も話せば、この人は心が折れる人かどうかがわかりますよ」

あるヘッドハンターは、もっと過激な表現でこう語る。

「最低でも3年くらいは『あの半年って、いつ寝てたっけ?』とか『血のションベンを流した』といった経験が必要です」

売れるプロ経営者予備軍の条件

 

「親も社長」の人は社長向き?

彼はクライアントから「こういう人材がほしい」と要望を受けると、着手金をもらい、その分野で成功している人間に会いに行く。

そのとき聞くのは「成功体験」と「思考の形態」、この2点だという。

「まずは直近でどのような成果を上げたのか、成功体験を聞く。しかし、これだけでは、その方がどんな人物なのかを判断するには不十分。なぜ、その人はそんな成功体験が出来たのかを、20~30代の若年期やさらに学生時代や幼少期の経験にまで遡り、聞く必要がある」

このヘッドハンターの場合、候補者には、親の職業などについても聞く。すると、たとえば『親が自営業で、ずっと苦悩していた背中を見て育った』など、その人物の、仕事に対する基本的な考え方を形作った原点が浮かびあがってくるという。

「成功するプロ経営者には、必ずこうした一貫性のある、苦労人としての人生ストーリーがあるのです」

もっとも、子ども時代の経験は今更やり直すことは出来ない。

では、日頃からどのような働き方を心がければ、経営のプロに一歩近づけるのか。

リクルートエグゼクティブエージェントの波戸内氏が話す。

「経営幹部の教育において重要なことは『アジェンダ』(何をやるか)と『ネットワーク』(誰とやるか)だと考える。よく『苦労は買ってでもせよ』と言いますが、これは本当で、自分からアジェンダを求め、クリアしたらまた次、と常に訓練を行うことが大切」

前出・中村氏は、具体的な「苦労経験」として、「子会社への出向」も選択肢の一つだと言う。

「人気ドラマ『半沢直樹』では、最後に半沢が子会社に出向させられたことがネガティブに描写されていたが、私に言わせれば、業績がよくない会社に出向するのはビジネスパーソンとして成長する大チャンス」

そこで売り上げを上げるなどの成果を出せば、一躍、一線に躍り出る可能性は高い。

また、世界最大の人材コンサルタント企業であるコーン・フェリー・インターナショナルで長年、日本代表を務め、現在は資生堂、ブリヂストンなど数々の名門企業で社外取締役に就任する橘・フクシマ・咲江氏は、若手やミドルは常に「トップの視点」で物事を考える癖を付けるべきだとアドバイスする。

「たとえば、上司が何らかの判断をした際、『この場合、自分ならどうするか』を常に考える。その際、上司と自分の判断が異なった場合は、上司がどんな仮説を元に、その判断をしたのかについて聞いてみる。こうしたステップを習慣づけることにより、次第に、経営陣の大局的な視点が身に付くようになる」

つまりは、志を高く持ち、主体的、自立的に働くことが、トップマネジメントに高みに登る第一歩ということか。

ちなみに、経営のプロにとって、ビジネススクールでMBAを取得した経験や高度な英語力は必要条件なのだろうか?

波戸内氏は「いいえ」と答える。

「MBAは自分に体系的な経営能力が欠けていると思った時に取りに行けばいいし、経営幹部の中には英語が話せない人もいる。英語が話せれば、英語が必要な職場にも行けるから選択肢が広がる、というだけのこと。それよりも、自分の市場価値を常に客観的に見ることの方が遥かに大切」(波戸内氏)

もっとも、自分の市場価値を知ることこそが、難しい。

「確かに、私が会う候補者のなかには、自分の価値を気づいていない。しかし、たとえば今やっている仕事も『この経験は、この仕事を目指す上で、将来必ず役に立つはずだ』と日頃から意識しておけば、選択的にその能力を伸ばすことができるはず。また、個人の市場価値を客観的に判断出来る転職エージェントやヘッドハンターに定期的に会う、あるいは別の企業で活躍している人の話を聞き、今の自分と比較するといった行為も、自分の市場価値を測る上で有効」(中村氏)

次回からは、実際に「経営のプロ」として企業を任され、成果を出している人たちに話を聞き、その働き方、生き方に迫っていきたい。

※本連載は毎週水曜日に掲載する予定です