プロ経営者という働き方

会社を変えるのはいつだってアウトサイダー

プロ経営者は、「破壊的イノベーター」だ

2014/10/15
世の中の「経営者像」が、変わろうとしている。「社長」といえば、自社で数10年勤め上げた人物が就任するもの、または親会社の役員が子会社の経営を任されるもの、といった暗黙の了解があった。しかし最近では、アップルでイメージ戦略を成功させたあとマクドナルドの業績をV字回復させベネッセコーポレーションのトップになった原田泳幸氏や、三菱商事からローソンを経てサントリーHDのかじ取りを任された新浪剛史氏など、いわゆる「経営のプロ」がトップとして招聘される例が増えている。今、なぜ、彼らのような役割が求められるのか? 第3回は、プロ経営者の要諦とは何か? について、引き続き論じたい。
第1回 プロ経営者が大企業で引っ張りだこな3つの理由
第2回 コンサル出身者が「プロ経営者」に向かない理由

既存の主力事業をぶった斬る

筆者は、これまで多くの経営者を取材してきたが、企業経営者は「尊敬する財界人」として、元アサヒビール社長の樋口廣太郎氏を挙げる人が多い。

樋口氏は言うまでもなく、1980年代半ば、住友銀行(現在の三井住友銀行)頭取から、アサヒビールのトップに招聘された人物だ。当時のビール業界は、銘柄数も多くなく、消費者の嗜好に合わせるというより、各社の職人が「うまい」と感じる味を、営業が「これがうちの味です!」と売るスタイルだった。

かつ、当時のアサヒビールは――いまでは考えられないが「夕日ビール」と揶揄されるほど業績が不振だった。そんななか、樋口氏は、顧客の大規模調査の結果を優先した新商品をつくった。

調査では「ビールは口に含んだときの『コク』のほか、爽快な『キレ』が求められている」という結果が出ており、これを受け同社は87年に「スーパードライ」を発売したのだ。

商品は日本のビールのターニングポイントとなるほどの大ヒットを記録した。のちにヒットの理由は、「食生活が戦後のスキームから脱却して豊かになり、つまみに脂っぽいものが多くなったから。ビールに爽快感が求められるようになった」と分析されているが、それ以前に、味は職人が決めるのが当然だったビール業界に「マーケティング」という概念をいち早く取り入れた樋口氏ら首脳陣の経営判断が躍進の最大の要因だったと言っていいだろう。

つまり、樋口氏はアサヒビールにイノベーションをもたらしたプロ経営者だったということだ。経営のプロを育成するコンサルティング会社プロノバの岡島悦子氏も、プロ経営者はイノベーションの推進役としての要素も大きいと語る。

「企業には、非連続イノベーションや破壊的イノベーション(既存の市場や商品の価値を破壊する程のインパクトのあるイノベーション)を起こして新しい領域に進出をしていくべき瞬間がありますが、このとき、今までは稼ぎ頭だった事業とカニバリゼーション(自社製品同士がシェアを奪い合うこと)が起きて、時には相手に泣いて貰う場面も出てくる。そんな時、生え抜きの経営者は決断を躊躇(ちゅうちょ)しがちです。そこへいくと、社内にしがらみのないプロ経営者はその推進役としてふさわしい場合が多いのです」

アサヒビールの例に当てはめれば、スーパードライが人気になる一方で、それまで主力商品だった旭日のマークをあしらった『アサヒビール』という商品はサッパリ売れなくなり、今では復刻版で見る程度だ。

長らく主力の『アサヒビール』の味を守ってきた職人や営業にとって、スーパードライは目の上のタンコブだったに違いない。

このようなケースは他にも、枚挙にいとまがない。

たとえばカネボウの場合、長らく繊維が主力事業だったが、日本で繊維を作っても利益は出にくいのは自明の理。だからこそ、化粧品や健康食品を打ち出す戦略に変えた。保険業界も同じだ。リアルな生保レディを大量に採用して営業する手法で長年業績をあげてきたが、最近はオンラインによる生保商品販売に軸足を移しつつある。

岡島氏によると、企業はこのように事業ドメインを変更すべきタイミングがあると言う。そして、その変化に伴い、「組織運営の仕組みや組織カルチャーなど、組織のOSを変える必要」があると言う。

「たとえばビール会社などが、大量生産から顧客ニーズをとらえた多品種少量生産へと戦略変更するためには、均質的、同一的な組織OSから、必然的にイノベーションが生まれ続ける組織OS、つまり権限委譲し、多様性と新陳代謝の起こり易い組織OSへと変化させる必要があります」(岡島氏)
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B/S、P/Lの改善だけなら、凡人でも出来る

そして、現在の「経営のプロ」は、こういった「OSのアップデート」を任される場合が多い。「私は、事業再生のステージ別に、必要な経営課題を3つにわけています」と岡島氏は語る。

「1つめはB/S(バランスシート)改善。財務リストラを進め、キャッシュの創出、捻出をする時期です。医療にたとえるのであれば、『止血』行為といえます。2つ目はP/L(損益計算書=プロフィット・アンド・ロス・ステートメント)の改善。このフェーズでは、コスト削減や、業務のアウトソーシングや、事業の売却撤退などを進めます。まさに、『外科手術』の領域です。ただし、前回お話ししたように(連載の第1回、2回)、止血と外科手術が出来る“ターンアラウンド・マネジャーは”の数は現状、十分足りています。この2ステップは、再生の原理原則を、愚直かつ合理的に実施すればよく、そのミッションを達成するのは、さほど難しくないからです」

「しかし、私が『内科的根治治療』と呼んでいる、3つ目の再生領域、トップライン(売り上げ)の拡大は、非常にハードルが高いミッションです。いままでにない有望市場の開拓を実施する必要がある上に、企業理念の再構築と浸透、既存の事業の深耕、戦略的業務提携などを実施する必要があるからです。従って、この領域まで任せられるプロ経営者は大変に貴重です。既得権益者や抵抗勢力を巻き込む人間洞察力が必要ですし、将来の市場を見通す先見の明も必要です。また、人間力を駆使しながら内部人材をコーチングし、養成していく力も求められます」

決め手は「修羅場経験」

再生の請負人たる経営者は「OSの変更」の過程で、リーダーや従業員の行動モデルの変更が必要になる場合もある、と岡島氏は話す。

「プロ経営者は、その企業の環境要因と部下要因に適合すべきマネジメント・スタイルはどれかを判断し、変革のステージに合わせてマネジメント・スタイルを演じ分けることが求められます。あるいはそれが出来ないのなら、局面によって人を入れ替える必要がありますね」その際のマネジメント・スタイルは以下の4つの類型に大別できると岡島氏は言う。

「1つ目は、『指示型』です。『この手順でこの仕事をやりなさい』と論理的に説明し、仕事の内容も、作業方法も指示していく。2つ目は『指導型』。従業員の感情に訴えかけ『どういうやり方がいいと思う?』と聞きながら、仕事の内容や作業方法を一緒に考えるスタイルです」

「3つ目は『委任型』。仕事の必要性を論理的に説明し『君に任せた、後は私が責任を持つから全力でやってみてくれ』と、仕事内容や進め方は一任してしまう手法です。そして最後の4つ目は『支援型』。目標を提示し、『必要なサポートはない?』と必要に応じて支援するやり方です」

やり手と呼ばれるプロ経営者の多くは、結果が出始めるまでは「指示型」でいき、手応えを感じてきたら「支援型」に変えるといった具合に、4つの類型を、時と場合によって使い分けることが出来ると言うから凄い。

つまり、経営のプロは、大まかに言えば、基本となる経営戦略を立案する力に加え、従業員の心を掴み、彼ら彼女らの行動モデルを変え、ひいてはトップラインを拡大する力が求められる。

しかも、その具体的な方法は岡島氏曰く、「イシュー(経営課題)次第」。経営のプロとして送り込まれた企業の持つ課題や歴史、従業員の資質や価値観によって、最良となる改革策はバラバラで、王道はない。

だからこそ、プロ経営者の仕事は難しく、そのなり手も限られる、というわけだ。とはいえ、プロ経営者に一歩近づく方法はないのだろうか。

「それはやはり、試合に出て、打席に立つ経験をつむしかありません。(『CEOを育てる』などの著書がある)ラム・チャラン氏も言っていますが『CEOは徒弟でしか育たない』のです。いかに多くの経験を積み、成功パターンを認識できるかどうかが問われます」

この意見に、リクルートエグゼクティブエージェントの波戸内啓介氏も首肯する。

「プロ経営者の必要条件はとどのつまりが、『どれだけ修羅場をくぐってきたか』なんですよ」

次回連載第4回では、その修羅場経験のくぐり方について、より詳しく述べたい。

※本連載は毎週水曜日に掲載する予定です