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インターネットの時代になって無駄だと切り捨てられた日本人のおもてなし精神や遠回しな表現などは、もしかするとweb3時代には強みになるかもしれません。UI、便利さを追求したweb2.0以前に比較すると、UX、体験に大きくウエイトが移動するのがweb3の印象。メタバースの音楽LIVEに『出待ち』の概念を入れたり、映画を見た後の帰り道を長く設計して、友人と語らせるなどの仕掛けは、音楽を聴く、映画を見るという目的への一本道へのCVRを落とすノイズと見るか、新たな価値とみるか。侘び寂びのような『価値ある無駄な取り組み』を発想できるのは、日本人の強みとなって顕在化することを期待してます。
希望と失望が入り混じるインタビュー。インターネットが90年代にビジネス化した時も、00年代にWeb2.0で騒いだ時も、青い規模が論じられてはその後失敗した分散化、民主化。今回こそはと言っているが今のところ悪い予兆があると。結局のところ何をどうしょうが資本主義、市場経済である限り分散化や民主化というのは幻想なのかもしれないと思わされるJoiさんの言論は重く響く。
「これまでの資本主義自分だけ権力ワールドとどこが違うの?」

これ凄く共感します。ジャックドーシーも批判してましたね。
POWで電力消費凄まじいし、取引スピードも遅いので、ビットコインが実際に使えるような世界が来るとはまったく思わないのですが、分散型の理念を忠実に表現していることが変わらないところに未来を感じる人たちが居続けるのだと思っています。

イーサもPoSに移行し、実際社会へのインストールがどういう形になっていくのか。2020年代後半が楽しみです。
自律分散、非集権化が進んで参入障壁が薄れることは、多くの人にチャンスがあると同時に市場がより混雑することになるのではないでしょうか?結局人は選択肢が多い方が良いと言いながら、多すぎると選べなくなったり「人気商品」に走るので(この辺りはシーナ・アイエンガ―教授の有名なジャムの実験を検索してみてください)最終的にどうなるか個人的には?です。1つ間違いなく言えるだろうことは、情報を支配していた媒介者としてのメディアが大きく変わるだろうことでしょうか。
素晴らしく冷静な分析でした。まさに、と思うところばかりです。特に「バブルだから出来ること」っていう観点は面白かったです。web2.0の名付け親であるTim O’Reillyも、ドットコムバブルが崩壊してから web2.0が見えてきたと言っています。
https://www.oreilly.com/radar/why-its-too-early-to-get-excited-about-web3/

また、web3は日本にチャンスがあるかもしれない、というのも個人的にも考えていたことでした。もちろん、web3が今後どうなるかは分かりませんが。

一つは、この記事でも出てくるカルチャー面。私が見た限りだと、クリプト界隈では日本語のプレゼンスはそこそこある印象です。日本人が背後にいるのか、日本好きが多いのかは分かりませんが、日本(語)がクールだと思われているようです。

- Shibainu:Dogecoinのライバル通貨
- Kintsugi Testnet:イーサリウムのテスト環境/テストのプロセス?
- Tsuyoku Naritai:最近イーサリウム創業者がtwitterに挙げていた謎の日本語
- Ronin:Axie Infinityの運営会社が作ったWallet。体制に縛られない侍という意味が込められている。
- SushiSwap:分散型取引所の大手, 彼らのサービス名はShoyu, Bento, Kashi, Shoyuなどとなっている。

もう一つはリープフロッグ的な考え方。web2.0の世界は基本的にアメリカの巨大テック企業(Tech Giant)に覇権を握られてしまいましたが、逆に言えば日本にはレガシーが無いと言えるかもしれません。Tech Giantは今後も人・モノ・カネというリソースをマーケットから吸収し続けると思いますが、日本のテクノロジー企業はweb3にリソースを集中させられるかもしれない(その賭けが成功するのかは別の問題ですが)。多くの人が「DXという言葉の一人歩き」を通じて体感されている通り、トランスフォーメーションって実際かなり難しい。それよりも新しく作った方が早い可能性はあるんじゃないかなと妄想します。
日本って歴史的にも中央集権型ではなく、他律分散型の土壌が培われていると思います。

江戸時代の幕藩体制を顧みても、藩ごとにコミュニティが自律しており、その中で地域の風土に合わせて独特な特産品(地酒など)や伝統工芸品が生まれてきました。

国土がそこまで大きくない中、今もどこの都道府県にいってもその地域ごとの特筆すべき産物・工芸品があるのは、地域の小さいコミュニティに支えられてカルチャーが育ってきた証左と言えるのではないでしょうか。

ゲームやボカロ、アイドルなどの文脈で、一つのコンテンツに対してファンが小さいコミュニティを作り応援するいい意味での「ヲタク文化」が根付いてるのも、この歴史的背景と全く関係がないとは言えない気がします。
「環境問題に意識が高い分散型の若者 VS 資本主義おっさん」というのがすごいパワーワードですね
それぞれの主張で対比すれば、「資本主義/中央集権派古いしダサい」VS「分散っていっても理想で結局中央があるから整備されるんでしょ」という感じでしょうか
どちらも真実だし、どちらかだけだと偏ってるんでしょう
どちらの主張も理解しながら偏りすぎず客観的にみたいな、とどちらかといえば「資本主義おじさん」に分類されるだろう身としては自戒を込めて思います
ネットの黎明期から、その可能性にワクワクしながらもBoom & Bustの歴史も見て体験していると、未来への希望は持ちつつこうなる確率が高いよねぇと同じような結論になると思う。
Cautiously Optimistic(慎重ながら楽観的)というよりOptmistically Cautious(楽観は捨てず、でも慎重に)となる。
幼少期から漫画、アニメ等カルチャーの英才教育を受けて来た日本人(シン・ニホンの受け売りです)の強みを活かすシーンになるといいですね。と言うより、日本人のプレイヤーが増えて自ら舞台を作り出す必要があるのだと思います。
日本の初等教育でもリベラルアーツ的要素が重要視され、今後文理一体の人材を育成できる環境を構築しているという教育現場の話を聞くこともありますし、遅れているとはいえ追いつける要素は充分にあると個人的に思っています。
俳句制作AIを作ったり、化学物質の構造式をモチーフにアクセサリーを作ったり、分野横断的な活動を元にカルチャーを育てる作業は、むしろ得意な方も多いのではないでしょうか。
自分自身もその環に加われるよう、頑張りたいです。

Web3の記事は見るたびに新しい学びがあり、自分の理解力のなさに情けなくなりますが、とてもわくわくしますね。
感じちゃいます。

"若者発のBored Apesでも、これまでの資本主義自分だけ権力ワールドとどこが違うの?と感じちゃいますよね。"