グローバルタレントに会いに行く

課題は意思決定のスピードをどう上げるか

MBA同期に言われた「だからソニーは駄目」の一言

2014/10/13
国内労働人口の減少や事業の多角化・グローバル化、商品・サービスの早期コモディティ化などを背景に、 グローバルタレント(グローバルに活躍するタレント人材)の育成が日本企業の急務となっている。では、実際にグローバル・タレント・パイプライン(=経営者候補を長期にわたって育成する仕組み)に乗った人とはどのような人なのか? そして、日々どのような“特訓”を受けているのか? 彼ら彼女らの実像に迫る。
第1回 ソニー若手エースは、会社の危機を救えるか
第2回 ソニー若手が言う。「勝てない理由は戦略だ」

 [RS]ソニーST_857

INSEADに留学

ソニーのビジネスクリエーター室で、新規事業のマーケティングを担当する中島豊氏は、2011年、経営やマーケティング戦略を学ぶためにINSEADに留学した。

前赴任地のタイで味わった競合との熾烈な争いの中、「自分に足りないのは戦略性」と実感したことが、MBAに進む強烈な動機になった。

愛読書「ブルー・オーシャン戦略」の著者であるW・チャン・キム氏の薫陶を受ける幸運に恵まれたのだ。

だが、元来2年生が多いビジネススクールの中で、1年間で短期集中して学ぶINSEADのプログラム内容は厳しく、それだけに学友も優秀。そんな環境で存在感を発揮するのは生易しいことではなかった。

「INSEADでは、生徒が授業や学校に貢献することが求められます。つまり、受け身的に経営のフレームワークやケーススタディを学ぶのは自習でやりなさい、という方針。ですから、授業は主に討論。そしてこの討論に、自分のこれまで実務としてやってきた経験からくる視点や学びを放り込まなくては駄目だ、と教え込まれる。自分の専門や経験を生かし、討論を盛り上げることが生徒の役割なのです」

中島さんは自身の国内外でのセールス・マーケティング経験から得た視点を討論に生かし、賞賛されることもあった。

その反面、多彩な経験を持つ学友から、容赦ない言葉の批判を受けることもあったと言う。

特に中島氏にとって印象的だったのが、社内政治や人の動かし方を学ぶ組織行動論の授業で、ある戦略コンサルタントのフランス人女性に、こう切り込まれたことだ。

留学中②(後方一番右が中島さん)

INSEAD留学時代に同級生の仲間と(後方一番右が中島氏)

関係部署に花を持たせようとするから駄目なんだ

「私は、社内で大きな物事を進めるには、関係部署の合意を取り付けて取り組むのが大事だと言いました。すると、その女性は、そんなことをやっていたのでは意思決定のスピードが落ちるし、意思決定内容も各部署に花を持たせた総花的な内容にならざるを得ないと指摘してきました」

そして、ついにはこんなことを言われてしまった。

「結局、ソニーは合意形成に手間取って、負けたんじゃないの?」

強烈なパンチの応酬だ。人によっては、心が折れかかる人もいるだろう。

だが、中島氏も負けてはいなかった。

「西洋と東洋では歴史的に物事の考え方や決断のプロセスが違うから、仮に東洋の会社で合意形成プロセスをすっ飛ばして独断専行しても上手くはいかないと説明しました」

師匠のW・チャン・キム氏は、中島氏にこうアドバイスしてくれたと言う。

「確かに東洋の組織では合意形成プロセスを抜きに物事を前には進められない。では、中島さんはそうしたプロセスを大事にする組織で何が出来るかというと、その意思決定プロセスのスピードを早めることだ。それが、あなたがマネジメントを目指す上でのチャレンジだ、と指摘してくださいました」

実は、中島さんは、この議論の“正解”は何なのか、その明確な答えは分からないと言う。

だが、「良い悪いはともかく、コンサルタントや投資銀行家など様々なバックグラウンドを持つ人と議論したことで、今まで私が持たなかった軸や視点を意識することが出来たことは大きな実りだった」と振り返る。

また、中島氏は、組織で戦略を実行する、改革を推進するには、ある意外な要素が最も重要だと悟ったと言う。

「それは、“我慢”です。こう言うと古臭く聞こえるかもしれません。でも、国籍も考え方もバラバラのメンバーが好き勝手な意見を出し合っているとカオスになりますよね。すると、我慢が足りないチームの場合、そのカオスに絶えきれずに、誰かが『この意見でいいだろ』と突っ走り、結果、メンバーが納得できずに、チームは崩壊してしまう」

「一方、我慢を知っているチームは、お互い意見を言い合う過程で相手の意見にその場では納得が出来なくても、聞き役に徹するべき場面では割り切ってそれに徹する。そして、お互いが納得できる意見にたどり着くまで、議論を重ねる。そうして、最後まで我慢して、持てる力を出し切ったグループが一番成果を出すことを実感しましたね」

タレント人材の資産は「社内人脈」

さらに、MBA留学は思わぬ“副産物”を中島氏にもたらした。

「それは、社内に貴重な仲間が出来たことです」

中島氏が留学した2011年の同じ時期に、海外の理系の大学院や別のビジネススクールに留学した仲間とは、留学前の説明会で、知り合いになった。

その仲間たちとの交流は留学中も留学後も続き、この部門を超えた社内人脈が、「刺激になっている」と語る。

「僕は入社以来、セールス・マーケティングの仕事しかしたことがなかったので、それ以外の仕事は知りませんでした。ところが、留学仲間の所属部署はバラバラ。中には、かなり具体的な商品アイディアを持っている仲間もいて、その人は現実にそれを社内で事業化しようとしていた。彼にその事業の話を聞いたり、反対に彼に今後どういう市場が有望だと思う?とか、どうマーケティングしたらいいか?とヒアリングされて、私自身、新規事業をやってみたいとの思いにかられました」

このやりとりが直接的なきっかけとなり、中島氏は社内のスタートアップ事業の推進役である「ビジネスクリエーター室」に、自ら手を上げ応募したいきさつがある。

現在は、何もない壁に鮮明な巨大映像を映し出す「4K超短焦点プロジェクター」をはじめとする『Life Space UX』という新たなコンセプトの事業化を中島氏の専門であるマーケティングの側面から推進しているが、この仕事で成果を出したら、次はまた別のスタートアップ事業に携わる予定だ。

そして、将来的には事業の経営に携わりたいと意欲を燃やす。

社内のグローバルタレントが一同に介し、切磋琢磨して経営者としての素養を鍛える「ソニー・ユニバーシティ」にも機会があれば参加してみたいと言う。

ただ、現状のソニーは電機大手の中でも業績回復が遅れ、改革が急がれる。

そんな中、次世代リーダーとしての期待される一人である中島氏は自身の役割について、こう語る。

「我々の世代が会社に貢献出来ることは、『会社を変える』こと。すなわち、新しい事業の芽を育て、経営の柱に成長させることだと思っています」

「そのためには、ダイバーシティのさらなる実現が極めて重要です。国籍や年齢、性別は問わず、いろんな分野にいる優秀な従業員がもっと有機的に結びつき、事業部を横断したダイナミックな取り組みを実現することが欠かせないと思っています」

60年代、日本の製造業が飛躍的に成長した理由の一つは、同質的な人材を集めて、集団パフォーマンスを上げる日本型雇用慣行が「大量生産時代」にマッチしたからだといわれる。

だが、今の日本は、空洞化が進みもはやモノ作り大国とはいえない。どれだけ有効な情報付加価値を持っているかの、勝負になっている。

そして、付加価値の高い情報とは、ノイズ——つまりは−−システムとシステムの間の落差—にしか産まれないという。

そう考えると、今後のグローバルタレントに求められる重要な能力の一つは、ダイバーシティを受容する力、中島氏流に言い換えるなら、ノイズやカオスを「我慢する力」なのかもしれない。
 
※本連載は毎週月曜日に掲載予定です