2022/1/24

グローバルに通用するプロダクトの条件は「引き算思考」

NewsPicks NewsPicks編集部
故スティーブ・ジョブズから直接オファーを受けた日本人をご存知だろうか。Nota株式会社でCTOを務める増井俊之氏は、米Appleに招かれてiPhoneのフリック入力システムを開発した人物だ。ジーニアス=増井氏を率いるNota CEOの洛西一周氏もまた、経産省IPA未踏ソフトウェア創造事業において「天才プログラマー」に認定された経歴を持つ。
そんなジーニアスたちが集うNotaのプロダクトは、私たちの常識を軽やかに裏切るものばかりだ。独自技術でFAQの検索ヒット率98%を実現する『Helpfeel』はその代表格と言える。
では、なぜNotaでは常識破りのプロダクトが生まれるのか。グローバルに通用するプロダクトの条件とは。洛西氏、増井氏へのインタビューから明らかにする。
INDEX
  • 世の中の課題を解決するのは「開発」ではなく「発明」
  • 「ボーングローバル」が生まれる前からシリコンバレーにいた
  • 人が検索を諦めるのはクリック3回
  • プロダクト開発のスタートは、内在する「普遍的なストレス」
  • 世界に通用するプロダクトには「引き算」が必要だ

世の中の課題を解決するのは「開発」ではなく「発明」

スクリーンショットを瞬時に共有できる『Gyazo(ギャゾー)』、企画書やマニュアル、アイデアなどを何千何万という単位で共有・管理できる『Scrapbox』、さらにはどんな質問にも答えられる本当に役立つFAQシステム『Helpfeel』と、Notaはグローバルに通用するこれまでにないプロダクトを次々と生み出してきた。
それを可能にするのが、CEO洛西一周氏とCTO増井俊之氏に共通した哲学だ。増井氏は次のように説明する
「Notaは『人を置き換えるのではなく、人の弱い部分を助けるツールを作る』ことをビジョンに掲げています。
これまで自分用も含めて、いろいろなソフトを作ってきましたが、その動機は、自分が苦手だったり、面倒くさいと感じたりすることを、テクノロジーの力で解決したかったからです」
それだけ聞くとものぐさな人物のようだが、増井氏は故スティーブ・ジョブズからヘッドハンティングされ、iPhoneのフリック入力システムを開発したという驚くべき経歴の持ち主だ。
なんと、個人サイトに載せていた電話番号に、米Appleから「来てほしい」と電話がかかってきたのだ。
「何だろうと思って行ってみると、ジョブズが出てきて『面白いことをやるから、一緒にやろう。いつから来れる?』と言うんです。詳細は何も教えてもらえませんでしたが、『ジョブズが言うなら面白いんだろう』と話に乗りました。
つまらないプロジェクトじゃなくてよかったですね(笑)。
でも、これだけ多くの人に使われているスマホだって、私はまだ使いにくいと思っています。そう言うと、『こんなに便利になったのに?』と驚く人もいるんですが、それって『こんなもんだ』と思ってしまっているからなんですよ」(増井氏)
iStock.com
スマホが不便とは、どういうことなのか。増井氏は馬車のたとえを引き合いに出す。
馬車に乗っている人にどんな馬車が欲しいかを聞くと、「もっと早い馬車が欲しい」という答えが返ってくる。
「馬に引かせるんじゃなくて、エンジンを積めばいいんじゃない?」という答えは、「どんな馬車が欲しい?」と聞いている限りは出てこないし、自動車の発明にはつながらない。
CEOの洛西氏は「そういう意味で、Notaがしていることは『開発』ではなく、『発明』」と話す。
「ユーザーの意見を聞いてプロダクトを『改良』することはしません。自分やほかの多くの人にとっての普遍的な課題を捉え、それをユニバーサルな方法で解決するプロダクトを『発明』するのがNotaのやり方です」(洛西氏)
では、Notaの「発明」を見ていこう。

「ボーングローバル」が生まれる前からシリコンバレーにいた

2010年代中盤からはじまった第4次ベンチャーブーム。インターネットを舞台に多くの企業、サービスが生まれているが、洛西氏はブームに先駆け、アメリカ・シリコンバレーで起業している。
高校生のときに開発した情報管理ソフト『紙copi』が3億円のセールスを記録し、大学時代には「経産省IPA未踏ソフトウェア創造事業」において「天才プログラマー」と認定された。そして2007年、渡米してNotaを起業したのだ。
起業が珍しくなくなった昨今でも、なかなか見ない経歴の持ち主だが、洛西氏は当時を思い返してこう語る。
「当時、僕が作っていたソフトウェアはWindows上で動くものでしたが、WindowsもMacもオペレーティングシステムはすべて海外製です。それを作っている現場を見ないと話がはじまらない、と渡米しました。
僕の場合、最初は起業よりも個人の興味だったから、迷わずアメリカに行けたというのもあるでしょうね」
そんな洛西氏が率いるNotaの代表的なプロダクトが、スクリーンショットを共有するための『Gyazo(ギャゾー)』だ。
検索エンジンのグーグルは普及していく過程で「ググる」と動詞のように使われるようになったが、Gyazoも「I gyazoed it.」と同様に使われている。
Gyazoは、ユーザー数は世界1000万、使用されている国は150を超えるグローバルなサービスに成長し、国内でもスマートニュースやDeNA、mixiなどの大手企業に採用されている。
売上の8割は海外(北米とヨーロッパでそれぞれ4割程度)で、日本での売上は15%程度だというから驚きだ。
「パソコンの画面を撮影するだけのプロダクトならいくらでもありますが、簡単に共有までできるプロダクトはほかになかった。
スタート時点から、Gyazoのような機能を求めていた人は世界中にいるはずだと考えていたし、事実、そのとおりでしたね。世界に渇望されるシンプルな機能を備えたプロダクトだけが、広くグローバルで使われるのです」(洛西氏)
Gyazoなら静止画だけでなく、動画の撮影と共有も簡単にできるため、ゲームのプレイ動画共有に使われることも多い。eスポーツの盛り上がりにより、新たな顧客を開拓しつつある。
ここ数年、「ボーングローバル企業」という言葉が聞かれるようになった。起業後、十分な力を蓄えてから海外展開するのではなく、起業時点、あるいは起業後すぐに海外にプロダクトを展開する企業を指す。
Notaはそんな言葉が生まれる前から、ボーングローバルだったのだ。
簡単に共有するという思想は、Notaが提供する『Scrapbox』にも共通する。Scrapboxはクラウド上で個人のアイデアを書きためたり社内情報を共有できたりする便利なツールだ。
必要な情報を探しだす手間を省くことで、業務の効率化につながり、チームメンバーの考えや仕事内容が可視化されることで、コミュニケーションが加速する。わざわざミーティングをする必要もなくなる。
ここで気になるのは、世界に通用する「発明」がどのようにして生まれるのか、ということだ。

人が検索を諦めるのはクリック3回

『Gyazo』『Scrapbox』に続いてNotaがローンチしたのが、『Helpfeel』だ。Helpfeelはコールセンターやカスタマーサポートに革命をもたらすものとして、多くの企業に採用されつつある。
たとえば製品やサービスにトラブルがあったとき、多くの人はサイトを訪ねて解決方法を探す。そこで参照するのは、「よくある質問と回答」のページ、つまりFAQ(Frequently Asked Questions)だ。
FAQを見るだけで自分でトラブルを解決できることもある。しかし、「聞きたいのはそういうことじゃない」「自分の探している情報がどこにあるのか見つけられない」と不満を感じながらコールセンターに電話をかけるケースのほうが多いのではないだろうか。
そして、なかなかオペレーターとの電話はつながらず、さらにストレスを募らせていく。
「3回クリックしても答えが見つからないと、ほとんどの人が答えを探すのを諦めてしまいます。
企業としては、電話やメールでの問い合わせを減らしたくてFAQを充実させているつもりでも、ユーザーが使いやすいかというと、必ずしもそうではありません」(洛西氏)
FAQ検索に必要なキーワードをユーザーが思いつくのは難しいため、企業の提供するFAQが有効に利用されていることは少ない。
また、大規模なFAQはカテゴリで分類されていることが多く、何も知らないユーザーにとっては必要な情報にたどり着くためのコストが増大する。
そこで、ユーザーがもっと簡単に必要とする情報にたどり着けるようにするのが『Helpfeel』だ。
検索窓に質問を入力すると、入力している最中から、想定される質問がどんどん表示されていく。スマホの予測変換と同じような感覚だが、これはNotaの独自技術である「意図予測検索」。ユーザーが求めている情報を先回りして推測するのだ。

プロダクト開発のスタートは、内在する「普遍的なストレス」

増井氏は、笑って『Helpfeel』誕生秘話を明かす。
「企業のFAQだけでなく、パソコンのヘルプ機能も『使えた試しがない』と感じている人は少なくないでしょう。私自身、ものすごいストレスを感じていました(笑)。
どうしてそうなるかというと、ユーザーの頭のなかにあるキーワードと、FAQに使用しているデータベース上のキーワードが一致していないからです」
たとえば、「注文したものと別の商品が届いたから返品したい」というユーザーがいたとする。FAQ内を検索するときに「別の商品」と入力しても、情報が見つからない。なぜなら、企業側が用意していたのが「注文と異なる商品」が届いた場合といったページだからだ。
一方、Helpfeelは、「異なる」でも、「別の」でも、「この言葉を使ったとき、ユーザーが解決したいのはこういうことだ」と想定できるものを関連付けていく。
すると、あいまいな言葉であっても意図を汲み取り、送り仮名の違いやスペルミスにも左右されずに回答候補を提示できる。
その成果は数字でも明らかで、ユーザーが検索した際のヒット率は驚異の98%だという。
「ユーザーが自分で答えを探し出せる確率が上がると、電話やメールでの問い合わせは劇的に減ります。ある企業では月に約2000件あった問い合わせが、導入から1ヶ月で700件と、7割近くも減少しました。
あまりにも電話が鳴らなくなって、不具合じゃないかと慌てた企業もあったほどです(笑)」(洛西氏)
ユーザーからの問い合わせに対応する人員を削減できるのは企業にとってのメリットだが、これまでより簡単にトラブルを解決できることで、ユーザーの満足度も向上した。
HelpfeelはGyazoとは異なり、日本での普及が先行しているサービスだ。しかし、それを支えている技術はどんな言語でも転用可能だ。今後は日本だけでなく、世界中のFAQのあり方を変えていくだろう。

世界に通用するプロダクトには「引き算」が必要だ

コンピュータやテクノロジーの進化により、従来不可能だったことが実現できるようになった例は多い。増井氏に異を唱えるわけではないが、スマホもそのひとつだろう。それでも、身の回りの不便さや世の中の課題はまだまだたくさん存在する。
そうした「多くの人にとっての普遍的な課題」を捉えるのがNotaの得意とするところだが、グローバルに通用するプロダクトのもうひとつの特徴は「引き算」だという。
「いろいろな要求に答えるためにどんどん機能が追加されていくのは、ソフトウェアだけでなく家電製品にもよくあることです。テレビのリモコンはその最たる例でしょう。しかし、闇雲に機能を増やした結果、誰にとっても使いにくいものになってしまう。
『自動ドア』のように、犬でも使えるくらいにユニバーサルに設計されていれば、世界のどこでも誰でも使えるはずです」(増井氏)
この考え方から、Notaでは開発において「機能を厳選する」過程をもっとも重視している。「あれもこれも」と機能を足せば足すほど、市場が縮小していくことを知っているからだ。
このようにしてグローバルで戦うNotaだからこその、日本のスタートアップへの危惧もある。
「『世界で通用するプロダクトを』というより、海外で成功したプロダクトの日本版を作ろうとしている企業が多いように感じるんです」(洛西氏)
メタバースが流行している今、メタバース関連で起業すれば、たしかに儲かるかもしれない。でも、いつまでたってもメタには勝てないし、他の誰もが諦めた課題を解決するプロダクトは生まれてこない。これは、冒頭の馬車の例と同じだ。
「プロダクトはそれによって、日々がより楽しくなったり、便利になったりするものでなくてはいけない。そう考えるからこそ、Notaではユニバーサルなもの作りができるし、そういう気質のエンジニアが集まってきます」(洛西氏)
現在、従業員は50名程度と小所帯のNotaだが、そこでは自分や世の中にとって必要だと考えるサービスだけを「発明」することができる。エンジニアにとっては理想的な環境と言える。
Notaはこれからも、世界を「あっ」と言わせるようなプロダクトを生み出し続けていくのだろう。