SPORTS-INNOVATION

ついに大企業が本気で進出

スポーツ界に迫る「産業革命」

2014/10/10
テクノロジーの力によって、スポーツ界で大きな変革が起ころうとしている。弾道ミサイルを追尾するシステムから派生したカメラによってピッチ上の全選手を補足できるようになり、スマートフォンを利用したスタジアム・サービスも進化し続けている。その牽引役となっているのが、世界的なソフトウェア企業の『SAP』だ。同社は「スポーツ&エンターテインメント・イベント」部門を立ち上げ、ドイツ代表、バイエルン・ミュンヘン、49ersなど次々に有名チームと提携を結んで改革を押し進めている。いったいスポーツはテクノロジーの力によってどう変わっていくのか? 同社のChief Innovation Officer の馬場渉が、業界の最先端からレポートする。
SAP社が開発したサッカー分析システム『マッチ・インサイト』。ブラジルW杯では、優勝国のドイツが使用していた(写真:馬場氏提供)

SAP社が開発したサッカー分析システム『マッチ・インサイト』。ブラジルW杯では、優勝国のドイツが使用していた(写真:馬場氏提供)

業界を越えて存在する本質

サッカーW杯でドイツが優勝したこともあり(編集部注:SAPはドイツ生まれの企業)、最近スポーツ関連の仕事がとても多くなりました。幸いにしていろんな方とお話するようになりいくつか気付いたことがあります。

「スポーツもビジネスも一緒だ」

一緒というとスポーツの人は怒るかもしれません。そんな人にビジネスとスポーツが似ている理由を説明すると、少し納得した様子を見せてくれるんですが次には「まぁサッカーはそうですけど、XX(別のスポーツ競技)は……」という答えが返って来る。はい、スポーツごとに全然違いますよね。でもこう同じだと言うと次は、今度は「ドイツだからできたのであって、日本はその以前の問題で……」と返して来る。

「カリスマがいるアップルだからできた」、「軍隊組織のサムスンだからできた」、「人口の少ない鯖江市だからできた」、「ボストン市くらい大きい都市であればそれはできるだろうけど」、「民間企業だからできた」、「外資系だからできる」、「NPOなら簡単でしょうね」etc.

私に言わせれば、湾岸戦争以降の米軍とレーブ監督のドイツ代表の戦略ですら本質的に同じです。トヨタの「かんばん方式」だっていろんな業界に派生しましたが、あれすらもともとアメリカのスーパーマーケットの仕組みを基にしたものです。

ビジネス、行政、NPO、スポーツというカテゴリ自体で違いがあるのではなく、その括りとは異なったもっと本質的な構造要素がパラメータとなり、特徴付けられるのです。同じ「業界」、「職種」、「競技」、「地域」はたまたま類似性が高く同種の人たちが集まりがちですが、本質的に「一緒」と呼べる括りは、それら表面的な括りとは別に存在するものです。そこにイノベーションのヒントがあります。

「スポーツは夢や感動を売る仕事」であるなら、世の中のあらゆる夢や感動、生きがい、自信、余暇の楽しみ、助け合い……それに携わる全てがスポーツをより良くするためのヒントであり、ビジネス上の競合となります。

テクノロジーの偏り

次に気付いたのは、スポーツ業界におけるテクノロジーの偏りです。どんな業界でもその業界特性によってテクノロジーの活用が非常に進んでいる領域と、全く使われない領域と濃淡があるものです。差別化に繋がるから急速に一部の領域で利用が進んでいることもあれば、逆にある領域はコモディティ過ぎてテクノロジーで代替され普及しきっていることもあります。

スポーツはどうでしょうか? 全般的に選手個人のパフォーマンス向上を狙った個別最適に偏重しているように見えます。個別最適というと悪い文脈で使われることが多いですが、個別には最適化されているのでそれが勝利に結びつく場合は有効だと思います。事実フィジカルやメディカル、フットウェアやアパレルのようなアスリートの能力を伸ばすテクノロジーは多く普及しています。困ってしまうのは個の積み上げでは勝てない場合です。

サッカーでは約半分の時間が誰もボールを持ってない時間で、それを22人で割ると1人当たりのボール保持時間は90分間のうちたった2分です。その2分をより良くするためのテクノロジーもあれば、自分がボールを持っていない88分をより良くするためのテクノロジーもあります。

「ドイツ代表は選手それぞれのボール保持時間の短縮を、データ分析で改善してきた」と報道されています。1試合全体で約2,000ほどのプレーがあるサッカーという競技において、1人1人の約100のプレーがどうであったかは今ならデータで瞬時に把握できます。これまでの過去の100試合と合わせた10,000プレーの傾向もわかります。リーグに所属する約1,000人との比較も可能です。でもこれでは「何が起こったか?」はわかっても、「なぜ起こったのか?」、「どうすればいいのか?」の理解にはいまいち役立ちません。

「ある選手がボールを3秒ボールを保持した」としたら、この人は持ちすぎなのか? それはわかりません。本人が悪いのか、周りの選手のポジショニングが悪いのか、その人に出してしまった前の選手が悪いのか? プロセス全体の中での個のプレーを見なければわかりません。でも見ればわかります。今の技術は全ての選手の位置情報と時間情報を取れますので角度や距離の計算でかなりの部分が自動的にわかります。

アパレル小売はフィッティングルームでの試着をデジタル化することで、興味は持ったけど買ってもらえなかった商品を初めて知ることができます。走っている自動車の位置と時間を集めれば渋滞情報が計算できるだけでなく、「は・じ・き」の計算で個々のクルマのスピードがわかりますので急ブレーキを踏んだ箇所、つまり地球上の「ヒヤリハット地点」が自動的に収集できます。先行指標である急ブレーキ発生箇所と件数を減らしていくことで、交通事故や死傷者が減ることがわかっています。

「ゴールを決める」などの成果を生むまでのプロセス全体を、これまでに取ってない情報も取ることによって最適化を行う手法はまだまだビジネスに比べると発展途上の領域のように思います。

新しいことへの抵抗

スポーツにITなどと言えば、いろんな批判も出てきます。今から200年前の産業革命時には技術革新を恐れた労働者が機械を叩き壊す「ラッダイト運動」が起こりました。ディズニー短編映画の『ジョン・ヘンリー』では強い肉体と人間的な英雄を、無機質な蒸気機関車が代替してしまう闘いが描写されました。

こういう抵抗はお互い様です。テクノロジー音痴のマネジメントも悪いかもしれませんが、マネジメント音痴のテクノロジーも悪いのです。人間味音痴のテクノロジーもマネジメントも大いなる責任があります。

スポーツ・イノベーション

さて、10月からNewsPicksのスポーツ部門で「イノベーション」をテーマとした連載を受け持つことになりました。普段はSAPという欧州生まれのソフトウェア企業で日本に席を置き活動をしています。14年間ここで働いていますが、当初はグローバル化と「わりきり」や標準化の価値を売るビジネス、次にイノベーションの手法とその道具を売るビジネス、現在はそれに加えあらゆることを徹底的にシンプルにする価値を売るビジネスを行っています。

スポーツはビジネスにおけるマネジメントやイノベーションの手法に多くを学ぶことができますし、ビジネスはスポーツにおけるシンプルさとその手法に非常に多くを学ぶことができます。それが私が今スポーツに取り組む最大の動機であり、NewsPicksのスポーツ部門の連載を引き受けた理由です。

ヨハン・クライフは「サッカーはシンプルだ。しかしシンプルにプレーするのが難しいのだ」と言い、ドイツ代表監督のヨハヒム・レーヴ監督は「我々はシンプルさを非常に特別なものへと昇華させなければならない。試合中のパスやそのタイミング、プレスやトラップ、ボールがないときの動きといった全てのものだ」と言っています。

スポーツの世界でそのシンプルなやり方を練習で試合で育成で現実なものとするとともに、スポーツが当たり前にやっているシンプルなことをなんとしてもビジネスの世界に還元したいと思います。だってビジネスの世界って、勝利の定義すら曖昧にしている組織の方が多いでしょう!? そのチームはW杯で優勝を狙うのか、ベスト4狙いなのか、決勝トーナメント進出なのか、本大会出場なのか? それとも県大会なのか、市内大会なのか? 動機付けられてないんですよね。スポーツは明確に目標を皆で持ってますよ、ビジネスは持ってますかね? スタートアップ企業くらいではないでしょうか。

今、私は産業革命の地、ロンドンに向かいながらこれを書いています。スポーツ×マネジメント×テクノロジーで、この分野にも産業革命が訪れるのは間違いありません。次回連載ではロンドンからドイツ代表の戦術コーチが語るデータ革命、バイエルンのマーケティングによるファンエンゲージメント、ラグビー元イングランド代表監督らのお話しを中心にお届けする予定です。

第1回連載、最後までお読み頂きありがとうございました。

馬場 渉 Chief Innovation Officer, SAP

*本連載は毎週金曜日に掲載する予定です。