シティ・ポップ、世界的ブームの立役者が看破した「日本の本質」
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シティポップブームが加速したのは、海外というよりはYouTubeで2015年辺りからドンドン広がって行ったのが大きいです。
元々、Nighttempo自体も2019年ぐらいから徐々に動画上げてた記憶があります。彼の功績は、山下達郎や細野晴臣のようなある程度評価が確立していたシティポップを取り上げるのではなく、winkとか角松敏生辺りをプッシュしていたことかなと思います(当時のクラブシーンだとこの辺、ほとんど黙殺状態だったと思います)
カワイイフューチャーファンクみたいなジャンルを切り開いたのは、彼の功績でしょう(80sのアニメとフューチャーファンクを組み合わせた動画)
なので、海外輸出なんか気にせずにやったから、受けたというよりは「音楽が良かったのに、知られてなかったのを掘り返した」という方が適切なんだと思います。
それをレコメンドしたのがYouTubeのサジェスト機能というのが面白いですね。
ちなみに、欧米のポップシーンがシティポップに介入してきたのは、2013年以降ブギ―ファンクやフューチャーファンクがポップシーンの中で中心になっていたというのがあります。
2013年にダフトパンクがRAMでブギ―ファンクをやって以来、このトレンドがポップシーンでずっと受けてます。BTSの去年のButterやデュアリパのフューチャーノスタルジアとかモロにこの路線です。
この辺りの欧米のポップシーンのトレンドとマッチしたのも大きいでしょうね。
デュアリパのこれとかモロにnighttempoの影響出てます。
https://www.youtube.com/watch?v=N000qglmmY0
注目のコメント
「自分たちを下に感じ、上(西洋)に認めてもらうと嬉しがる」アジアの植民地の民っぷりの指摘が痛快です。
海外輸出なんて全く意識せずに、自分たちでワイワイ試行錯誤しながら「オーガニックに成長」していくことがポイント、ということはアニメや音楽だけでなく、ファッションの領域でもいえることと受け止めました。狙った「日本らしさ」を売る「海外戦略」にはまるほど人は愚かじゃないですよね。シティ・ポップがこれだけ世界に浸透した理由のひとつに70〜80年代の日本のポップス、ロックシーンの音楽的冒険を挙げていたのが印象的でした。
黒人のものだったブルースのグルーヴや魂を、白人が表現するための試行錯誤の末にロックンロールが成り立ったように、大瀧詠一や山下達郎、松本隆、細野晴臣らを始めとする先人が試みた、欧米のロックやポップスをどう日本語に乗せ「日本の音楽」として表現するかの実験が、半世紀近い時を経て世界に認知されたと言えるのかもしれません。
その日本の音楽の特徴を「せつなさ」と言い切ったのは、松岡正剛さんの日本論とも通じるものがあり、はっとさせられました。
今の日本の音楽に対する辛辣な批評もありますが、それでも興味は日本から離れないとのこと。Night Tempoさんの仕事(今はバブル後のカルチャーにハマっているとのこと)は、外から日本を見続ける人ならではの示唆を今後も与えてくれる気がしています。何度もうなずかされました。こういうのを見ても、日本と韓国はいろいろ協働したら世界に対して色々な発信ができるだろうなと感じます。個人的に会うとナイスで才能のある人も多いのに、国レベルになるとややこしくなってしまうのは本当に残念です。