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2022年1月5日 公開

シティ・ポップ、世界的ブームの立役者が看破した「日本の本質」

いまや世界で市民権を得た日本のシティ・ポップ。その立役者として音楽シーンを席巻するのが韓国出身のプロデューサー、Night Tempoだ。竹内まりやなどニューミュージックの楽曲にとどまらず、Winkや中山美穂など歌謡曲のグルーヴを再解釈してシティ・ポップの領域を広げ続けている。80年代のポップミュージックをストイックに愛するNight Tempoが、探求の中でたどり着いた「日本らしさの核」を指摘。コンテンツの海外展開成功のヒントを語る。(10分/出演:Night Tempo、岡ゆづは/デザイン:黒田早希、浅野春美/企画:谷口健、森川潤/撮影:高戸圭祐/編集:王芸杉/プロデューサー:小西健太郎)
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「自分たちを下に感じ、上(西洋)に認めてもらうと嬉しがる」アジアの植民地の民っぷりの指摘が痛快です。

海外輸出なんて全く意識せずに、自分たちでワイワイ試行錯誤しながら「オーガニックに成長」していくことがポイント、ということはアニメや音楽だけでなく、ファッションの領域でもいえることと受け止めました。狙った「日本らしさ」を売る「海外戦略」にはまるほど人は愚かじゃないですよね。
何度もうなずかされました。こういうのを見ても、日本と韓国はいろいろ協働したら世界に対して色々な発信ができるだろうなと感じます。個人的に会うとナイスで才能のある人も多いのに、国レベルになるとややこしくなってしまうのは本当に残念です。
シティポップブームが加速したのは、海外というよりはYouTubeで2015年辺りからドンドン広がって行ったのが大きいです。

元々、Nighttempo自体も2019年ぐらいから徐々に動画上げてた記憶があります。彼の功績は、山下達郎や細野晴臣のようなある程度評価が確立していたシティポップを取り上げるのではなく、winkとか角松敏生辺りをプッシュしていたことかなと思います(当時のクラブシーンだとこの辺、ほとんど黙殺状態だったと思います)

カワイイフューチャーファンクみたいなジャンルを切り開いたのは、彼の功績でしょう(80sのアニメとフューチャーファンクを組み合わせた動画)

なので、海外輸出なんか気にせずにやったから、受けたというよりは「音楽が良かったのに、知られてなかったのを掘り返した」という方が適切なんだと思います。
それをレコメンドしたのがYouTubeのサジェスト機能というのが面白いですね。

ちなみに、欧米のポップシーンがシティポップに介入してきたのは、2013年以降ブギ―ファンクやフューチャーファンクがポップシーンの中で中心になっていたというのがあります。
2013年にダフトパンクがRAMでブギ―ファンクをやって以来、このトレンドがポップシーンでずっと受けてます。BTSの去年のButterやデュアリパのフューチャーノスタルジアとかモロにこの路線です。

この辺りの欧米のポップシーンのトレンドとマッチしたのも大きいでしょうね。
デュアリパのこれとかモロにnighttempoの影響出てます。
https://www.youtube.com/watch?v=N000qglmmY0
アジア人は欧米に認められることこそがすごい、と考えてしまいがちという指摘にどきっとしました。日本のカルチャー、韓国のカルチャーの両方に通じているNight Tempoさんだからこその考察、とても興味深かったです。
去年の12月に、night tempoがJ-Waveの番組で竹内まりやを語る番組をしていて聴いてました。土岐麻子もゲストだったのですが、night tempoの竹内まりやのみならずいわゆるシティポップへの広範な知識と聴き込みがすごくて、土岐麻子の出る幕なかった内容でした。

https://news.yahoo.co.jp/articles/de7468e2d9ebf550d6f2a8e62a4ee552b35768c1

日本独特のものって、少しすぎるとダサい扱い受けてたりしますけど、洗練させると全世界で再評価されたりするのは、喫茶店文化がサードウェーブコーヒーになったりと結構あるので、外の視点持って再構築するといいんだろうなあと思います。
適切な指摘。海外ウケを狙えば狙うほど外す。本当に当てようと思うと動画で指摘の通り、自然な伝播を狙うのが望ましいのだろう。「濃厚な日本の素」こそがウケる。
ナルト、ドラゴンボール、ワンピース、最近だと鬼滅の刃もそうか?漫画発のアニメは狭い世界で濃縮された世界観。たとえば、それは週刊少年ジャンプという狭いところで濃縮された世界。影山ヒロノブは世界をツアーすれば日本語でチャラヘッチャラを観客が熱唱してくれる。そこには言語の壁は存在してない。
宇多田ヒカルもFirst Loveは名盤だが、Utadaが米国でそこまでウケなかったのはそういうところにあるのだと思う。
たとえば、コンマリは近年アメリカでウケたが、Netflix動画で彼女は無理に英語を話してない。

過去に日本人は懸命にロック、ジャズ、ポップス、AORなどを日本に輸入しては日本語に訳して歌ってきた。桑田佳祐や氷室、B'z、GLAYなど懸命にロックの曲調に日本語を載せようと試行錯誤してきたし、有名な作曲家の多くはアイドルソングなどで様々なジャンルの曲をさりげなく日本のリスナーに紹介しつつ、日本語を載せてきた。それに対して、近年は焼き直しが多いのでは?という指摘はたしかにそうかもとは思う。
まずシティポップというものがタブーであった。
吉田美奈子さんなどは容認していない。
商業的に成功した事で解禁されたワードだった。

楽曲そのもののクオリティは素晴らしいものもあるが、
どうしても「日本人でもロック、ソウル、AORやブラジリアンフュージョンできるんだ」という欧米に影響受けてしまった楽曲として、自虐し卑下して見ている。欧米史観での「評価」である。

当時のミュージシャン達は素晴らしい面子とミュージシャンシップで録音空間を作り上げていた。それが世界に今届いた。

欧米に対する評価、というものを掲げたのはYMO結成の理由でもある。
その前に内田裕也さん率いるフラワートラベリングバンドもいる。ブレッド&バターや山下達郎も評価意識ではなく海外視野での活動をしていた。

YMOに関してはマーティンデニー、クラフトワークのサンプリングだが、見事に日本のオリジナルに仕上げ世界で売れるものとして達成した。

細野さんの意図は、そもそも欧米史観で物事を見るアジア日本において、日本のマーケットは逆輸入で売れるからという考えだった。敗戦国として致し方ないのだろうか。

しかし、先日上映していた細野さんのUSツアーのドキュメンタリーを見て、「戦後、欧米の文化に思い切り触れ、魅力に浸り、アメリカの音楽にのめり込んだ。それが自分の音楽を作っていった。」と述べていた。

古き良きアメリカの音楽を今のアメリカの観客に細野さんがライブで聴かせる、

観客のアメリカ人はこう言う「自国の音楽がこんなに素敵だったなんて。古い音楽に馴染みないが、改めてアメリカのアイデンティティを考えたよ」と。

果たしてシティポップにこの日本のアイデンティティはあるのか。
今のシティポップ再燃によるアナログのリプレスはほとんどが中国、韓国、欧米向けの再発リリースである。
シティポップだけでなく、昭和歌謡など様々な日本の音楽が世界で「評価」されている。が、まだ日本には知られていない。

高度経済成長からバブル崩壊までの日本の音楽シーンで生まれた作品達、当時泣かず飛ばすのアーティストもいて、消えていった。
シティポップにおいては、
磨いて蘇らせるヒップホップのサンプリング美学はなく、
墓場から掘り出したミイラに光を当ててるだけで弔いの心がない。ここぞとばかりに売りにかかっているのでブームで終わるだろう。

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