医療イノベーション

「ガラパゴス医療でもいい」は平和ボケ

日本医療を襲う、「2023年問題」の衝撃

2014/10/9

連載第1回目(まだ100年前のまま、ガラパゴス化する医学部教育)では日本の医学部教育が、いまだに100年以上前のドイツをモデルとした「知識詰め込み型」であるという現実について紹介した。導入部だけで早速色々なコメントをもらい、読者の皆さんの関心の高さを実感した。

医学部改革に同意する意見が多い中、「ガラパゴス化でも日本の医療水準は高いんだからいいじゃないか」といったコメントもある。実は、筆者も取材を始めるまでは全く同じ思いを抱いていた。

しかし、日本には世界一の高齢化と国際化の波が同時に押し寄せている。100年前とは明らかに異なる医療環境に突入しようとしているのだ。増えすぎた医学知識ひとつとっても、詰め込み教育を続けることで医師への負担がかなり増えている。

医療水準が高いからとあぐらをかき、医学部教育は現在のままでいいと割り切るのは不自然だ。むしろ医学部教育を変えていくことで、よりよい医療を患者に提供できるのではないだろうか。世界はめまぐるしく変わっている。国際社会に認められる日本医療であり続けるには、医学部の教育も変革が迫られている、と考えるのが自然だろう。実際、多くの医療や政府関係者がそう感じている。

さて、前回の終わりでは「日本の医学会に待ち受ける『2023年問題』」などと大げさなヒキを作って終わった。だが、本当にシャレにならないほど大きな問題であるにもかかわらず、実は医学生の間でもあまり知られていない。

「ガラパゴスでいい」は平和ボケ

2023年問題とは、2010年9月にアメリカのECFMG(外国の医学部卒業生のための教育委員会)が医学教育の世界基準をつくると宣言したことに端を発する。2023年から、アメリカ医科大学協会またはWFME(世界医学教育連盟)が決めた医学教育基準に達しない外国の医学部卒業生は、米国の医師免許試験であるUSMLEへの受験資格を失うことになる。

今、米国の医師免許試験を受験する日本の医学部卒業生は年間約60名いる。受験人数は多くはないが、日本の医学部が少人数教育の上、英語圏ではない事を考慮すると、すでに一定の需要がある。しかし、現状では日本の医学部を卒業しても、アメリカでの医師免許取得の道が閉ざされることになる。

「日本とは異なる医療環境にあり、移民の多いアメリカが勝手に設けた基準」と思っている医者も国民も一部にいるかもしれない。だが、それは完全な平和ボケだと言っていい。アメリカの基準を無視するのは簡単だが、医学部教育が世界基準に達していないと判断されることによる弊害は深刻だ。それはなぜか。

優秀な医師が国外流出する可能性も

世界的に医学教育基準を統一しようとする背景には、メディカルツーリズム(患者の国際間移動)やフィジシャンマイグレーション(医師の国際間移動)といった国際社会の動きがある。近い将来、医療も医学教育も国境がなくなると言われているほどだ。にもかかわらず、国際基準を満たしていなければ、海外でも開業はおろか、医療行為自体が制限される可能性もある。

また、これから、患者サイドも国際基準を満たしていることが医師選定の1つの基準になるだろう。仮に基準を満たしていなければ外国の患者から敬遠されることもありえる。

だが、世界基準に達していないことで、国際間の移動が難しくなれば、外国のスーパードクターが日本に来て難病患者の手術をするケースも減るかもしれない。一方で、今後は優秀な日本の医学生が国際基準の医学部教育を受けて、グローバルキャリアを歩みたいと思っても不思議ではない。

特に、医者の家庭は比較的裕福なこともあり、幼少時から子供を海外留学させて、「英語が堪能な医師に育てる」ケースも増えている。今後は、国際基準の教育をしている医学部を選んで受験させたり、日本の医師がより給料や待遇の良い海外の病院に移ることも十分に考えられる。

今の医療システムに持続性はない

では、多くの人が疑問に思う医学部教育の仕組みが遅れていても、日本の医療基準を世界トップレベルを保てているのはなぜか。「国民皆保険制度と、日本の医者の献身性だ」と、東京慈恵会医科大学の教育センター長であり、日本医学教育学会副理事長をも勤める福島統教授は言い切る。

医療レベルは、その国の医療システムが大きく関与している。日本のように全国一律の治療費で、自由に医師と病院を選べる環境は世界的にみても珍しい。フリーアクセスのできる日本の制度を評価する声も多いが、それは同時に、高齢化社会が進み、患者が相対的に増えて行く中で大学病院の忙しすぎる悪環境を生んでいる。医師への負担は大きくなる一方だ。

大学病院や都心への集中を緩和するために、地域に根差した総合診療医の必要性が現場で叫ばれている。しかし、今の医学部教育では総合診療医の教育が追いついていないため、若手医師の選択肢は限られている。これまでの日本の医療水準を保つためには、医学部教育の改革が不可欠なのだ。

これは、すぐ目の前にやってくる未来。一刻も早く日本の医学部は、ドイツから100年以上前に学んだカリキュラムを大々的に変革しなければならない。次回では目下急ピッチで進められる日本の医学教育イノベーションについて紹介していこう。

※本連載は毎週木曜日に掲載する予定です