2022/1/12

【5分でわかる】東証「市場再編」、注目ポイントを全解説

NewsPicks Brand Design editor
2022年4月4日、日本の株式市場に大きな変化が起きる。東京証券取引所の市場区分が再編されるのだ。

具体的には、現行の市場第一部、市場第二部、新興企業向けのマザーズ、JASDAQの4市場を廃止。新たに生まれる、「スタンダード市場」「プライム市場」「グロース市場」の3市場区分へと移行する。

この市場区分の見直しによって何が起きるのか、それを投資家はどのように見ているのか。株式会社Zeppy代表取締役であり、自身も億単位の資金を運用する個人投資家、井村俊哉氏に話を聞いた。

株式市場の課題は「東証1部に上がったもん勝ち」

2022年1月現在、東京証券取引所(以下、東証)の市場は「市場第一部(以下、東証1部)」「市場第二部(以下、東証2部)」「マザーズ」「JASDAQ」の4つ(厳密にはJASDAQに「スタンダード」「グロース」があるため5つ)に区分されている。
現在は東証に統合されているが、元々は東証に「1部、2部、マザーズ」、大阪証券取引所(以下、大証)に「1部、2部、JASDAQ」と、それぞれに市場区分が存在していた。
2013年7月には東証と大証が経営統合することとなったが、その際に市場関係者(上場会社や投資家など)への影響を最小限とするため、1部と2部のみ統合し、現在の構造が生まれることとなった。
これが22年4月4日以降、「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」の3つの市場区分に再編される。いわゆる「市場再編」だ。
上場企業は、原則として、新市場区分を選択して移行する。また、選択する市場区分の基準を満たしていない場合でも、数値を改善していく計画を実行していく場合、希望する市場に移ることも可能だ。
そもそも、なぜ今回の市場区分再編に至ったのか。その理由について、中小企業診断士の資格を持ち、ファンダメンタルズ分析を得意とする投資家、井村俊哉氏は、「東証1部の存在感の低下が原因では」と分析する。
「現状の市場区分で最大の問題は、『東証1部に上がったもん勝ち』という点です。元々東証1部は、日本を代表する企業が所属する市場だったはずです。
そのため、5〜6年前までは『初心者は東証1部の企業から投資先を選びましょう』という言説をよく見聞きしました。しかし、今の東証1部銘柄を見ていると、正直そうは言えない状況です」(井村氏)
井村氏がこのように感じるのは、東証1部への「昇格」問題がある。
企業が株式を公開して東証1部に上場する場合、時価総額250億円の壁を超えることが1つの条件となる。これは簡単に超えられるハードルではないため、「東証1部上場企業=日本を代表する企業」であるはずだった。
しかし、1度、マザーズや東証2部などに上場し、そこから東証1部に昇格する場合、クリアすべき時価総額は40億円と極端に小さくなる。
こうした設計を踏まえ、東証1部は、時価総額40億円規模の企業から数兆円規模の企業までが幅広く存在することとなり、コンセプトがわかりにくい市場になってしまったのだ。
もちろん、昇格が一概に悪いわけではない。しかし、看過できないのが「株価指数」との関係だ。
株価指数とは、取引所全体や特定の銘柄群の株価の動きを表す数値のことで、日本の株式市場で最も重要なのがTOPIX(Tokyo Stock Price Index 東証株価指数)だ。TOPIXは、東証1部に上場する全ての企業の時価総額を元に計算されている。
「TOPIXはいわば日本の株式市場の『顔』となるべき存在です。だから今回の市場再編には、『TOPIX=日本を代表する企業である』と定義し直す意味もあると理解しています」(井村氏)

再編後の3市場区分は並列の関係

そうした背景を踏まえて、具体的な市場の変化を見ていこう。
前述の通り、再編後は「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」の3市場区分に整理される。東京証券取引所上場部、池田直隆氏によれば、今回最も特徴的なのが、3市場区分それぞれが対等な立場になる点だ。
「まず、上場企業として十分な流動性やガバナンスを備えた市場区分として『スタンダード市場』があります。それとの比較で特色があるのが、『プライム市場』と『グロース市場』です。
『プライム市場』は、海外機関投資家の投資対象になる潤沢な流動性や一段高いガバナンスに取り組む企業が上場する市場、『グロース市場』は、ベンチャー企業、すなわち高い成長可能性を有する企業が上場するイメージです。
各市場区分の関係は並列で、今回、それぞれのコンセプトを改めて位置付けています」(池田氏)
現状は、まず最上位に東証1部があり、登竜門的な市場として東証2部やJASDAQ、マザーズという階層構造になっている。そのため、まず下位の市場に上場し、その後、上位の市場を目指す企業も多かった。
一方、再編後は1度スタンダード市場に上場してからプライム市場に移行する場合と、未上場企業がプライム市場に上場する場合の審査基準は同じだ。つまり、「昇格」手法が通用せず、3市場が完全に「独立・対等」になるのだ。
これにより、株式市場がどのように変わるのか。大きな変化として、下記の3つのポイントが期待されている。
1つ目は「適正市場の見直し」だ。
「プライム市場は東証1部に代わるポジションとなるため、今後も移行や新規上場を考える企業は多いと予想されます。その一方で、流動性やコーポレートガバナンスなど、3市場の中で最も厳しい基準をクリアし続けるのは企業にとってコストがかかることです。
そうなれば、自分たちの企業理念やビジネスモデルを振り返り『無理してプライム市場に上場し続ける必要もないのでは』という議論も起こりうる。実際に、東証1部からあえてスタンダード市場に移行する企業も出てきています。
その意味で、市場再編は企業が『どの市場区分が適正なのか』を改めて考えるきっかけにもなると思います」(井村氏)
それと併せて期待されるのが2つ目の「企業努力の促進」だ。
従来、1度、東証1部に上場してしまえば、そこから東証2部に指定替えとなるケースはほとんどない。
しかし、今回の市場再編によって、プライム市場で上場を維持する基準は明確に引き上げとなり、結果、希望する市場に上場し続けるための企業努力も求められる。
例えば、流通株式時価総額や流通株式比率などが基準に達していない場合、企業側は、事業計画を見直し新たな成長戦略に取り組んだり、流動性の改善に努めたり、あるいは、決算資料などを通じて、投資家を納得させられる情報発信を積極的に行う必要があるのだ。
「すでに、基準に達していない企業から『上場維持基準への適合に向けた計画書』が開示されています。
中身を見ると、中期業績目標や株主還元の強化など意欲的な内容が並んでいることも多く、計画書を材料視して株価が急騰する例も散見されます。さっそくポジティブな影響が表れていると評価しています」(井村氏)

なぜ、再編が市場を「健全化」させるのか

3つ目に期待される変化は「市場の健全化」。その鍵となるのが先述の「流通株式比率」だ。
今回の市場再編にあたり、3市場区分それぞれで一定の流通株式比率を確保することが新規上場・上場維持の基準のひとつとして定められている。スタンダード市場とグロース市場は流通株式比率25%以上、プライム市場は35%以上だ。
この基準を定めることで得られる効果の1つが「売買の活性化」だ。
「例えばプライム市場に移行したい企業の流通株式比率が35%に満たない場合、大株主や社長が持っている固定株式を流通させようと努めることになります。
これにより、市中に出回る株数が増え、市場の流動性が高まる可能性があります」(井村氏)
また、流動性の障害となっていた日本企業独自の慣習も、徐々に解消される可能性がある。
特に旧財閥系など伝統的な企業は、互いの株式を保有し合うことで取引先との関係維持や買収防衛を行う「政策保有」を行っているケースが多く、市場の流動性を下げる要因となっていた。
しかし、今回の再編で政策保有株が市場に出回る可能性が高まっている。
同じような観点で、「親子上場」にも影響がある。親子上場とは親会社と子会社、双方が上場している状態のこと。
基本的に子会社の多くの株を親会社が保有し、かつ手放さないため、流動性が乏しくなる上に、ガバナンス(健全な企業経営を行うために企業自身が監視・統制する仕組みのこと )の観点からも問題が指摘されていた。
「親子上場には、商取引において親会社が利することを選択してしまい、少数株主が不利益を被る利益相反が起こり得ます。
上場企業の株主構成を調べていると、親が子の株式の80%など大多数を抑えていることがあり、流動性やガバナンスの観点からも健全とは言えず、別々に上場している意義もよくわかりません。
それが昨年、市場再編の話題が出たあたりから、市場から株を買い取り完全子会社化するなど、親子上場を解消する企業が増えています。あるいは、親会社が子会社株を売って、その独立性を確保するような動きも出てくるでしょう。
今回の市場再編は『市場の健全化』という意味でも、良い影響があると見ています」(井村氏)

投資家にはチャンス! 市場再編がらみで利益を狙う

では、投資家は何を気にすればいいのか。井村氏によれば、市場再編がらみで利益を狙うチャンスが大いにあるという。まず、注目すべきは「すでに構成銘柄になっている企業が、TOPIXに残れるか」だ。
現状、東証1部に上場している企業は、22年4月以降スタンダードに市場変更したとしても、自動的にTOPIXに残る。
「ただし、流通株式時価総額100億円未満の銘柄については注意が必要です。
基準に満たないからといって即刻TOPIXから外されるわけではありませんが、条件を満たせないままだと段階的に構成比率を落とされ、『TOPIX落ち』もあり得る。すると、機械的な売りが発生し、株価には下押し圧力がかかってしまいます」(井村氏)
TOPIXの基準は「流通株式時価総額100億円未満」である。
なぜ、TOPIXから外れると株価が下がるのか。それには「インデックスファンド」が関係している。
インデックスファンドとは、TOPIXや日経平均株価などの「株価指数」との連動を目指すファンドのことで、指数の構成比率に沿って運用を行う。
つまり、トヨタ自動車のTOPIXにおける構成比率が3%であれば、それと同じ比率でインデックスファンドもトヨタ自動車の株式を買う。TOPIXから外れてしまうと、すでに組み入れられていた分の売りが発生してしまうというわけだ。
「基準を満たしていない企業は、なんとしても残留するためにポジティブな材料を出す可能性が高い。流通株式時価総額には算定期間があり、基準に満たない企業は、期間中に好材料を出して株価を刺激してくると見ています。
そのほかに、前述の適合に向けた計画書を投資のアイデアにするのも良いでしょう。また、市場再編を機に親会社が子会社を完全子会社化する例も見受けられます。TOB狙いで子会社の株を買うのもありですね。
市場再編は市場の健全化を促す、大局的に見て良い変化です。投資家としてはこのチャンスを、しっかりと利益に変えていきたいですね」(井村氏)