iモードの猛獣使い

橋本雅史さんから受けた薫陶

部下が悲しまないように仕事をせよ!

2014/10/8

私は熊本で3年勤めましたが、橋本雅史さんから目からうろこの話を毎日毎晩のように聞きました。

商売の仕方ばかりではありません。経営の心構え、帝王学のような薫陶も彼から受けました。

ある時、深夜、熊本市中心部の銀座通りにあるショットバーで「部下が悲しまないように仕事をしなさい」と言われました。当時、私は35歳で、社員30人の組織の部長でした。その中に10歳年上の課長さんがいました。橋本さんは、彼が悲しまないように仕事をしろと私に言ったのです。

今はありませんが、当時のNTTには霞が関の役人と同じくキャリア制度があり、私はその試験を通って電電公社に入りました。入社時点で新幹線特急券を手に入れたのと同じです。以後、全国の職場と東京の本社間を2年毎に行き来して出世して行きます。一方、私の部下の課長さんは大卒ですがキャリアではないため、私より年上なのに部下でした。

橋本さんが言うには、その課長さんの気持を考えろということでした。

たった1回のキャリア試験を通らなかったが故に10歳も年下の若造の部下にならなければならないと思ったら、悲しくなる。自分の人生は何だったのだろうと思う。

私が頑張って、踏ん張って、部下の出せない成果を上げれば、「さすが榎さんだ、たいしたものだ、俺にはできない。と思い、心が安らぐ」と言われました。

しかるべき地位に就いたものは、その地位にあぐらをかくのではなく、見合う仕事をしろということです。

怒鳴ったり、土下座したり腹をくくったり……

以後、30年間、サラリーマン人生、いろいろなことがありました。会社を辞めなければならないかもしれないと思った失敗もありました。営業店のフロアで前科5犯の顧客に土下座をしたこともあります。私の部下よりも社外のブランドのある人物の意見を一方的に信じる上司に逆らい、彼を怒鳴りつけたこともありました。もちろんサラリーマンの鏡として翌日は謝りに行きましたが。

キツイ仕事に直面したことも多々ありましたが、橋本さんの言葉を思い出してできるだけがんばりました。

その後、「部下が悲しまないように仕事をしろ」と同じ意味の言葉を大星さんから聞きました。「Noblesse oblige(高貴なる者の務め)」です。彼はこの言葉を信条に生きて来たとのことでした。

Noblesse obligeは、フランスやイギリスで、戦争時の死亡率が、一般人よりも貴族のような上層階級の人間の方が高いことから来た言葉だそうです。戦線から遠く離れた安全な場所から号令をかけるのではなく、最前線に出るので死亡率が高い。有事の時にがんばるから平穏時に貴族としての存在を認められるのだそうです。

現代日本には身分制度はなく貴族はいません。

似たような地位にあり、処遇されているのが政治家や高級官僚、会社の経営幹部でしょう。彼らにNoblesse obligeの気構えを持ってもらいたいものです。

もっと広く捉えれば部下を持つすべての人々が「部下が悲しまないように仕事をする」気持ちを持てれば、この国はもっとよくなると思います。

冒頭、私は大星さんのことを日本の携帯電話市場の創造者だと書きました。

ドコモ発足当時の日本の携帯電話市場は、保証金10万円、新規加入料5万円、基本料が毎月1万円以上と高額で、電話機はお客さまの所有物ではなくレンタルでした。

そこで、大星さんは、社内の大多数の反対を押し切って、保証金を廃止し、新規加入料も段階的に廃止しました。また、電話機をお客さまの所有とするお買い上げ制も導入しました。

この結果、お客さまの負担がドラスティックに軽くなり、携帯電話機選びの選択肢が増え、携帯電話市場が大ブレイクしたのです。

大星さんがいなければ、日本の携帯電話市場の立ち上がりはもっと遅いものになっていたと思います。

ドコモ創業時に大星さんとタッグを組んでいたドコモの副社長が武内宏允さんです。彼からは、「責任規定」という言葉を学びました。

いわゆる権限規定のことです。職位毎、ポスト毎に、何ができるか、例えば支出権限の限度額が決められている規定です。

私は、偉くなると、権限が増えるのでよいなぁ~と単純に思っていましたが、武内さんから、「責任があるから権限がついてくる」、「責任を取らずに権限だけ持つことはありえない」と聞き目からうろこでした。

Noblesse obligeに通じるものがあります。部下であった私が言うのも何ですが、実に経営者らしい経営者達でした。

※本連載は毎日掲載する予定です