2021/12/28

コンテンツ→EC。心を動かすSNSコマースのつくりかた

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 月間200万人が利用するECサイト「北欧、暮らしの道具店」。運営のクラシコム社は、店舗を構えるかわりに自前のサイトを持ち、さまざまなチャネルから写真や動画、音声、テキストコンテンツを発信。オンラインだけでリテール×メディアビジネスを展開してきた。

 そんな同社のコンテンツ発信やコマースに欠かせないチャネルが、Instagramだ。世界観やストーリーを伝えることで人の「ほしい」気持ちを醸成し、自社サイトへの圧倒的な送客につなげる。オンラインシフトが加速する時代の新しいマーケティング手法について、Facebook Japan コマース事業部の丸山祐子氏が、クラシコム代表の青木耕平氏に聞いた。
INDEX
  • カートボタンがついた雑誌をつくりたかった
  • 実現したい「世界観」を先に見せる
  • ソーシャルの運用は“片手間”がいい
  • ビジネスに必要なクリエイティブとは?

カートボタンがついた雑誌をつくりたかった

丸山祐子 「北欧、暮らしの道具店」は、Instagramのフォロワー数が117万人を超えていて、投稿から自社サイトへとうまく誘導されています。どんな戦略でソーシャルを活用されているのでしょうか。
青木耕平 戦略というほどのものではないんですが、自社サイトでは読み物や動画コンテンツを織り交ぜて、とくに目的を持たずに訪れてもらえるサイトを目指しています。
 ほしいものが顕在化し、幅広い選択肢のなかからどれを買うかと絞り込んでいく段階のお客様を、大手ECモールと取り合っても勝ち目がないし、意味もないと思うんですね。
 クラシコムとしては、まずは「暇だな」という人たちと関係をつくることを大切にしています。だから、Instagramというプラットフォームと相性がいいのだと思います。
「北欧、暮らしの道具店」の自社サイトでは、コラムや動画コンテンツも充実。商品もコーディネート例や質感を伝えるコンテンツとして構成されている。
丸山 Instagramも、商品を検索したり比較したりする手前で消費者との接点を持てるところに特徴があります。
 買い物に限らず、「なにかおもしろい情報がないかな?」というモチベーションで利用されているので、ショッピングのためのアプリとはそもそもの動機が違うんですよね。
青木 「北欧、暮らしの道具店」のサイトやInstagramアカウントが多くの方に訪れてもらえるのは、買わなくても得られるものがあるから。
商品を買っていただいた方に対してお土産を渡すのではなく、そこに行けば良い体験を得られると思っていただけることによって、なにかを買うときの選択肢にあがりやすくなる。結果的に、商品との出会いが生まれたときに買いたい気持ちになるのだと思うんです。
丸山 まさに、Instagramのコマース機能が目指していることです。私が言いたかったことを代弁していただきました(笑)。
青木 実は、2006年にクラシコムを設立した当初、私たち自身がこういう場をつくりたかったんです。当時は「ECサイトのメディア化」と言っていましたが、カートボタンがついた雑誌みたいなサービスを考えていました。
 でも、Instagramが少しずつコマース機能を拡張して、気がつけば我々にとって理想的なプラットフォームになっていた。「もうこれを使えばいいじゃん」となって(笑)。
 Instagramのコマース機能によって、リスティング広告などによる「刈り取り型」だけでなく、消費者との関係を育むようなビジネスのやり方がインターネットに追加された。それくらいエポックメイキングなプラットフォームだと思っています。

実現したい「世界観」を先に見せる

丸山 「北欧、暮らしの道具店」のアカウントは、ショップを見ても商品画像を見ても、世界観がつくり込まれていますよね。
 たとえば、コップの写真だけを見ても家にあるからいいやと思ってしまうけれど、プリンを焼くのに使っていたり、シリンダーに花を挿してみたり。
 一枚の写真にサイズ感や使用例、ガラスに耐熱性があることや、インテリアとしても使えるといった情報が盛り込まれていて、使っている姿をイメージさせるショーケースになっています。だから、見ているとついほしくなってしまう。
青木 ありがとうございます。クラシコムは「フィットする暮らし、つくろう」というミッションを掲げています。
 目指しているのは、私たちがアウトプットするコンテンツや商品に触れた人たちが納得できるものを選び、自分の暮らしを自分らしいと感じて満足していただけること。
 なにかを選んで買うことの動機には、それを得ることでなりたい自分や、実現したいライフスタイルがあります。その潜在的な需要を呼び起こすには商品情報だけでは足りなくて、「こうありたい」という世界観や完成図を提示する必要があります。
丸山 そうですね。Instagramでも、アパレルやコスメ、生活雑貨やキッチン雑貨などさまざまな商品が投稿されていますが、カテゴリにかかわらず「そのアイテムを使うことで、どう変わるのか」を表現している投稿が注目され、購買などのアクションにつながっています。
青木 これまでのECでは、先に商品写真を見せてから補足的に利用シーンを紹介していました。ところがInstagramでは、写真や動画で世界観を先に見せ、興味を持った方に商品情報を表示する導線になっています。
 だから、「写真を見たらほしくなった」という偶発的な出会いが起こりやすいんでしょうね。
 こういった顧客獲得の方法がInstagramによってメインストリームになったことは、私たちにとってラッキーでした。ECとコンテンツをつなげる工夫を、創業からずっと続けてきましたから。

ソーシャルの運用は“片手間”がいい

丸山 「北欧、暮らしの道具店」は世界観や利用シーンが伝わるコンテンツを、フィードやストーリーズ、リールなどいろんな機能を活用して発信されています。
 更新頻度も高く、投稿数は1万3000を超えていますが、どんなチーム体制で運用されているのでしょうか。
青木 まず、ソーシャルの運用チームというのがないんです。
丸山 担当者はいないんですか?
青木 はい、みんな片手間でやっています。仕入れチームがInstagramを運用して、カスタマーサービスはTwitter、ドラマや映画を製作するチームはYouTubeといった感じで。
丸山 人的リソースが足りないという理由でソーシャル運用に踏み切れない企業も多いなか、クラシコムさんに専任者がいないというのは驚きです。チームをつくらない理由はありますか?
青木 ソーシャルの使い方やマーケティング手法は次々と変わっていくから、SNSの専任にしてしまうと個人のキャリアに奥行きがなくなると思うんです。それよりは、ほかの業務とのかけ合わせでソーシャルに慣れてもらったほうがいい。
 それに、チームをつくって始めても、そのSNSがブランドに合わないこともありますよね。「いつやめてもいい」くらいのスタンスで運用するほうが、いろいろと挑戦もしやすいですから。
丸山 なるほど、仕入れ担当者がInstagramを運用しているなら、見せ方もよくわかっていますよね。写真や動画のクオリティが高く、世界観が統一されているのは、Instagram用のフォーマットがあるんですか。
リールに投稿される短尺動画も「北欧、暮らしの道具店」の人気コンテンツ。出演者が着ている服や家具など、動画に出てくるアイテムも購入できる。
青木 実は、Instagramのためだけのコンテンツはつくっていないんです。
 テキスト、写真、映像、音声……自社サイト用にストックされている大量のコンテンツ素材があり、それぞれのSNSのルールに則って投稿することで、量と質を保ちながら持続的にコンテンツを提供できます。
 YouTube用の映像を切り取って、Instagramのリールで流す。そうすることでどのプラットフォームでも一貫したブランドを保つことができます。

ビジネスに必要なクリエイティブとは?

丸山 撮影やコピーライティングも自社で行われているんですよね。社員の皆さんはどうやってクリエイティブスキルを磨いているんですか。
青木 私たちは小売りをベースにしながらも、メディアやコンテンツ制作の会社でもあります。入社前にはほぼすべての職種の応募者が商品のスタイリングや撮影などの実技テストを受けますし、入社後半年ほどはメンターがついてコンテンツづくりを指導します。
 でも、我々のようなビジネスに突き抜けたクリエイティブが求められるかというと、そうではありません。一定以上のクオリティのものを、手を替え品を替え、継続的に出し続けることのほうが重要です。
 クラシコムのクリエイティブに一貫性があるとすれば、社員の8割がもともとお客様で、我々が提示してきたコンテンツや世界観をよく理解して入社しているからです。
丸山 テンプレートみたいなものもないんですか。
青木 どちらかというと、テンプレートに当てはめないことをよしとするカルチャーが根付いています。もちろん分析するといくつかの型はありますが、オンラインは変化が激しいですから、1年か2年ごとにガラッと見せ方を変えるタイミングがあります。
 テンプレートに頼る習慣がついてしまうと、その変化に対応できなくなる。売り上げも大事ですが、自分たちが取り扱う商品の見せ方を日常的に思考し続けることに、もっとも価値を置いています。
丸山 型を決めないから、変化し続けられるんですね。いろいろ勉強になります。
青木 いえいえ、いまのInstagramにどんな勝ち筋があるのかは、むしろ丸山さんに教えていただきたいです。
 3年くらい前にインスタグラマーの方から「商品タグをつけたりつけなかったりするのは特別なテクニックなんですか?」と聞かれたんですが、実はタグのこともよくわからないまま運用していただけだったんです。
丸山 それはもったいない。もっとも初歩的で、犯しやすい間違いです(笑)。
 私が考えるポイントのひとつは、ラインナップや機能、利用イメージなど、いろいろな角度から商品の魅力を伝えること。この点については、クラシコムさんはお手本にしたいくらいうまく投稿されています。
 もうひとつは、すべての投稿に「買う」までの導線をつけることです。フィードに流れる写真だけでなく、ストーリーズやリールなどにも商品タグがつけられます。一枚の写真に複数の商品が写っている場合は、すべての商品にタグ付けされていないと、せっかくほしいと思っても、商品にたどり着けません。
Facebook Japan 丸山祐子氏の講演資料をもとに作成
 ブランドとしてはトップスを見せるつもりでも、「このボトムスがほしいんだけどな」という人がいたら機会損失になってしまうんです。
青木 ユーザー体験としてもよくないですよね。そういった機能をちゃんと理解すると、どうやってスタイリングしようか、どんな仕掛けをつくろうかと利用者を楽しませる方法論がいろいろと出てきます。
 Instagramでコマースを運用するのは、クリエイティブの総合格闘技みたいな感じがしますね。
丸山 インスタライブなども使っていただくと、より即興的なコミュニケーションが加わってクリエイティブの幅が広がると思います。
 私たちも新しい機能や使い方を発信していきますので、これからも素敵なコンテンツでInstagramを盛り上げていただければと思います。