2021/12/22

UX/CX人材が、今ビジネスで求められる理由

NewsPicks Brand Design Editor
 UX(ユーザー・エクスペリエンス)CX(カスタマー・エクスペリエンス)という言葉が浸透し、各所で顧客起点のサービス・商品設計の重要性が説かれている。
 しかし、こうした概念を本質的に理解し、ビジネスに実装できている企業はほんの一握りだ。
 では、UXやCXを事業や組織に取り込めている企業と、そうではない企業は何が違うのか。
 また、これらの導入に際し、コンサルはどのような役割を果たすのか。
 連載「クリエイティビティ×コンサル新時代」第3回は、20年以上にわたってUXデザイン事業を展開してきたビービット代表の遠藤直紀氏と、さまざまな企業のデジタル化を支援する電通デジタル CXトランスフォーメーション部門 部門長の小浪宏信氏が、UX・CXの意義を語り合う。
INDEX
  • UXの定義は「10個以上」も存在する
  • 新規顧客の獲得単価が跳ね上がっている
  • 「ミニCEO」が日本には足りない
  • 心に火をつけられるコンサルは強い

UXの定義は「10個以上」も存在する

遠藤直紀(以下、遠藤) ここ数年で、UX(ユーザー・エクスペリエンス,ユーザー体験)やCX(カスタマー・エクスペリエンス,顧客体験)など、顧客を起点にしたサービスや事業の設計が注目されるようになりました
 20年ほど前にビービットを立ち上げ、UXデザインをやってきた僕たちとしては、隔世の感があります。
 実は今まで言いづらかったんです、「UXの仕事をしています」って。なぜなら、言っても理解してくれる人がほとんどいなかったから(苦笑)。
小浪宏信(以下、小浪) 私もこの業界に20年以上身を置いていますが、UXやCXの盛り上がりを肌で感じています。
 電通デジタルでは、さまざまなクライアントのDX(デジタル・トランスフォーメーション)を支援していますが、特に最近多いのが、「UXの専門組織を立ち上げたい」「CXを軸にサービス設計がしたい」といった相談です。
 これまでは、私たちやビービットさんのような専門組織が、クライアントから発注を受けてアプリなりWebサイトなりを納品するのが一般的でしたが、近年はUXやCXにインハウスで取り組みたいという企業が増えていますね
遠藤 そもそも「UXとは何か」と聞かれる機会も増えました。
 ですが、この質問に答えるのはかなり難しい。
 というのも、世界のUX専門家が集まる会議で決まった定義が10個以上あって、「好きなのを選んでいい」と言われるくらい、定義があいまいなのです。
 僕がよく引用するのは、ソフトウェアの世界で使われる「ユーザビリティ(=使いやすさ)」の定義です。
 ユーザビリティは、①有効さ(正確に使えるか)、②効率性(手間なく使えるか)、③満足感(不快感はないか)の3つの要素で決まります。
 このユーザビリティをサービスや製品だけではなく、商品を入れる箱やマニュアル、店舗での接客など、企業と顧客のすべてのタッチポイントで実現するのが、UXではないでしょうか。
小浪 そう思います。UXとCXはどう違うのか、という質問もよくいただきますがソフトウェアに近い領域から生まれたワードがUXビジネスやマーケティングの領域から生まれたワードがCXと考えています。
 ですので、両者は重なる部分も多いのですが、最近は、UXが、CXやEX(従業員体験)を内包する、より大きなワードとして捉えることが多いです。
 とはいえ、まずはユーザーにとっての価値を考え、快適な体験設計をするのが、UXであり、CXである、と理解いただくのがわかりやすいかもしれませんね。

新規顧客の獲得単価が跳ね上がっている

遠藤 UXが注目されるようになったのは、2010年ごろ。
 スマートフォンが普及し始めて、あらゆる業界でデジタルシフトが加速し、それによってサービスの「セルフ化」が始まりました。
 たとえば、AmazonなどECサイトの普及によって、それまでわからないことはお店で店員さんに聞けばよかったのに、アプリ上で商品を再検索したり、ヘルプページに飛んだりしなくてはいけなくなった。
 そこで、ユーザーにとって使いやすいサービスを作る=UXの思想が発達したのだと思います。
 また、BtoBベンダーのシステムは「導入したらそれしか使えない」場合が多いですが、BtoCの世界はAmazonに対して楽天市場など、オルタナティブなサービスがあります。
 つまり、丁寧に体験を設計しなくてはすぐにユーザーが離れてしまうのです。
小浪 それがわかっていたから、ビッグテック企業は早くから優れたUXの構築を目指したんでしょうね。
 よく言われる話ですが、かつては大量生産・大量消費で、モノを買うことで楽しみを得ていた消費者が、今はその先にある体験にまで価値を求めるようになった。
 それに呼応して、企業も中長期的な関係づくりに乗り出しています。
 当社も、いわゆるマーケティングファネルの後半、リピート購入やアップセル(上位商品の購入)、クロスセル(別の商品の購入)など、既存顧客管理に関する問い合わせがここ2、3年で増えています
 この変化も、UXやCXが注目される理由といえるでしょう。
遠藤 ファネルの上部、新規顧客獲得が難しくなってきたのも関係していそうですね。
 デジタルマーケティングでの差別化が難しくなり、この5年で、アメリカではデジタル上のCPA(顧客獲得単価)が約1.5倍になったというデータもあるほどです。
 日本でも新規顧客獲得のハードルは上がっていますし、人口減によるマーケットの縮小も目に見えている。
 だからこそ、なおさら既存顧客を大切にした、より使いやすいサービスを作ろう、という風潮が強まっているのでしょう。

「ミニCEO」が日本には足りない

遠藤 UXやCXの重要性は高まる一方で、これを日本で体現できている企業はまだまだ少ないと感じます。
 理由はいくつかありますが、一番大きいのはそもそもプロダクトマネジメントをできる人材が少ないこと。
 顧客体験を考えるには、サービスや商品への理解、そしてビジネスとテクノロジーへの深い造詣が必要になります。
 ですが、日本ではプロダクトマネジメントの専門職を置いている企業はほぼありませんし、教育の機会や情報も極めて少ないです。
小浪 私たちも、CXをインハウス化する一環で、人材育成についてご相談をいただくことがあります。
 通常のCX支援では、顧客体験をもとにサービス設計やUI/UXデザインまでご一緒するのですが、そういったご相談には、通常のサポートとセットで、スキルアセスメントや研修、1on1などの人材育成までご提案しています。
 窓口の部署も、事業部門と人事部門両方になるケースが出てきています。
遠藤 プロダクトマネジメントは、「ミニCEO」とも呼ばれるくらい、高度な知識やセンス、経験が求められる職能です。
 育成支援を受けるクライアント企業にとってはもちろん、電通デジタルの社員にとっても勉強になる環境でしょうね。
小浪 ありがとうございます。私たちCXトランスフォーメーション部門では、現在サービスや事業をゼロから作る「0→1」既存事業を伸ばす「1→10」の2領域を担っていて、その両方で必要となるのが、遠藤さんがおっしゃったプロダクトマネジメント的な思考と、ユーザーを基点に考える姿勢です。
 その2つの能力を育みつつ、さらに「0→1」と「1→10」、両方を行き来できるようなCX人材を目指せるアサインメントを心がけています。
 ちなみに、出身もビジネスプランナー、UXデザイナー、データサイエンティスト、マーケターと本当にバラバラで、異なる強みを持ったメンバーとタッグを組みながらプロジェクトにあたれるので、手前味噌ながらその意味でも面白い環境だと思います。

心に火をつけられるコンサルは強い

小浪 長くこの業界にいる遠藤さんから見て、UXやCXのコンサルに求められる役割は今後どう変わっていくと思いますか。
遠藤 単に受注をもらって納品をするだけの間柄でなく、もっとクライアントの内部に入って並走するようなコンサルが求められると考えています。
 というのも、今はVUCAの時代で、あらゆる不確実性と戦わなくてはいけません。
 当然、消費者のニーズもどんどん変わっているので、試行錯誤を重ねる必要がありますが、これまでのサイクルでは限界がある。
 もっと、アジリティを担保して仮説・検証を回せないと、変化に対応できないと思うのです。
小浪 同感です。私たちと他社との一番の違いは、実行フェーズまで支援を行う点。
 プロジェクトの並走はもちろん、クライアント企業への常駐も頻繁に行っています。
 単に、いい顧客体験をお手伝いするチームではなく、組織変革や企業変革にまでコミットしたいという思いが根底にあるからです。
 顧客体験には組織のサイロ化を突破する強いパワーがあります。
 部署ごとに個別最適で体験が構築されていたとしても、横軸を刺してユーザー基点での顧客体験を見せてあげると、「これいいね」とみんなで一丸になる機運が生まれるんです。
 最近あったプロジェクトでも、新サービスのプロトタイプを作って、15人ほどのユーザーインタビューを3分ほどのムービーにまとめました。
 今、ユーザーはこんな課題を感じていて、プロダクトをこう使いたいと言っていますよ、と。
 すると、経営層レイヤーも部署レイヤーもスムーズに合意形成できたんです。
遠藤 いい話ですね。クオリティの高いムービーを作れたり、エグゼクティブとのコミュニケーションが取れたりするのは電通グループならではの強みでしょう。
 結局、UXやCXを本当の意味で実現するためには、常に摩擦との戦いです。青くさい表現にはなりますが、関わる人全員の心に火がつかないとみんな動かない
 私はよく、コンサルに必要なのは「認知的共感」の能力だと言っています。
 クライアントの課題に深く共感しつつも、第三者視点を持って冷静な頭で変革を進めていく、という意味です。これは、「中に入る」コンサルならではの醍醐味ですよね。
小浪 おっしゃるとおりです。中に入るからこそ見える景色がありますし、クライアントとコンサルというより、一緒に事業や組織をつくるパートナーとしてプロジェクトを進めている感覚があります。
 同時に、今後はチーフ・エクスペリエンス・オフィサーというCxO職が生まれるのではないかというくらい、日本企業からの強いUX・CXに対するニーズを感じていますね。
 私たち電通デジタルとしても、実行力を武器にさまざまなクライアントに向けて、一貫したCX支援を提供していきたいと思います。